2010/09/03

10年、経ちました

『10年、経ちました』
道草の家の活動を始めてから、この9月でちょうど10年経ちました。

あっという間に、もう10年経ってしまったのか、という思いです。
よくも悪くも大きな問題がなかったから、そう思えるのかもしれません。
勿論、色々と困難はありましたが、何とか1日1日が過ぎて行き、1ヶ月が過ぎて行き(会報発行がそのけじめでしょう)、そして1年が過ぎて行くという積み重ねだったかと思います。
暗中模索の中で始めた頃の青年たちの顔が浮かびます。
そして、遠ざかったり、また現れたり、だんだんと遠ざかったままの青年、望んだ方向に行かれた青年も多くないけどいるな(仕事に、或いは学校に)、でも、精神的な不安定さが強くなって来られなくなった青年、対応が適切でなかったのでは、と思われる青年には心が痛みます。
今どうしているだろう、電話をかけたい気持も時々起こるけど、元気になっていればいいですが、不安定なまま、或いは、より不安定になっているのを知るのは辛い、受話器に手が伸びません。
また、青年の集いに来なくなり、道草の家が必要でなくなった、それは精神的に自立していくことであり、嬉しいことですが、少しさびしい感じもします。
みんなが道草の家の青年の集いの雰囲気に合うわけではなく、1回とか2~3回で来なくなる青年もやむをえない、と思いながら、残念に思ったり、また学校のような義務があるわけではない、自由な気持で集う場、でも人と人と心の触れ合いが中心の居場所、出会いと別離があり、喜びもありますが、さびしさを伴うのは仕方がないことでしょう。
ひきこもる青年をとりまく社会も変わってきました。
就労の格差、収入の格差、そして貧困の問題も多くなってきました。
ひきこもりの問題も、解決の方向に行くのではなく、長期化、高年齢化が進み、社会に出る、自立する、ということは『難しい!』――と親も支援する人も、感じるこの頃です。
また人と人とのつながりが一層弱くなり、支え合う感覚が鈍くなっている感じがします。
自分の欲得で人を殺したり、自分の鬱積をはらすために(自分も死にたい気持で)見ず知らずの人を殺したり、子どもの虐待、死に至るものも多く起こっています。

『支援は、理解する、理解しようとすることから』
 若い母親が幼い姉妹を放置し、死に至しめた事件、「母性に欠けている」とか頼る人(親、兄弟、友人)がいなかった、と思われがちですが、「経済的な援助があったら」というよりも「理解者、自分を理解して受けとめてくれる人」がいなかった、ということが大きいように思います。SAT療法によれば、「情緒的理解者」がいない時、自信がなく依存心が強くなり、自分に快を与えてくれる人、物に依存し、のめりこんでしまう――と言われます。彼女は夜の商売にのめりこみ、子どものことを考えられなくなったのでは、と思われます。大人になるまで、自分を理解してくれる人、安心できる人、そういう存在があることを体験していなかったのでしょう。
 ひきこもる青年の、「社会に出られない」「働けない」という心の葛藤をなかなか理解できず、社会の多くの人は「甘えている」と思うようです。親でも、子どもが心の中のことを話してくれないと、理解できず、「甘えているのでは」という思いに傾きがちです。
 殆んど話してくれない青年、話してくれてもなかなか理解できない場合もよくあります。そして、本人も言葉になかなか表現できないこともあります。人それぞれ、体験も違うし、心の中も違います。表面的には似ている場合も多いですが。
 そして、親と子どもは、気質も違うし、育った環境、時代も違います。「親として子どもを大切に思って育てた」「愛情をもって育てた」「子どもを束縛しないで、子どもの気持を尊重した」――「それなのになぜ?」と思う親の方も多い。勿論完璧な親はいないので、親を責める気持は毛頭ありませんが、ただ、人間の心は複雑であり、「こうすればこうなる」「善意で育てたのだから、よく育つはずだ」と言えないところがあります。(科学万能的な考えでは)
 また、「親が変われば子どもも変わる」と、ひきこもりの問題の勉強会ではよく言われます。でも「どう変わればいいのか分からない」と親の方からよく聞きます。私は100%は理解できない、でも理解しようという気持があることが、「理解しようとしてくれてるのだな」という安心感を与えると思います。また、理解することは(部分的であっても)親の考え方、感じ方を変えるわけで、それは子どもにとって、「親が大いに変わった」ということになると思います。

『心の支援の場に』
 来所する青年が増えず、収入、運営費の不安がつきまとう今の状況、道草の家の方向性は、今のままでいいのか――という思いも浮かびます。
 長く続けるには財政的基盤が重要、それには行政の中に組み込まれた、障害者支援センターやひきこもり支援センターのような形をとれば、行政からの人件費、運営費がもらえます。でもそれには多様な状態の人を受け入れ、多様な相談に応じ、また、他の機関との連携、書類提出など雑務も増えることになり、個々の青年との心の関わりや、辛い心の人のカウンセリングをする時間、余裕が少くなるだろうという危惧を感じます。
 私の力の限界もあり、自分がしたいこと、できることを考えると、今の方向性を少しづつでも充実していくことかと思います。先に述べた「情緒的支援」の場となること、「道草の家に行けば、理解してくれる人、受けとめてくれる人たちがいる」という場になること――だと考えます。勿論それは私一人ではできないことですので、多くの方の応援をお願いしたいと思います。
 私にとっても、精神的な支援が必要ですし、勿論経済的支援も、私の思いに共感して下さる方、具体的にボランティアとして参加して下さったり、できれば後継者になって下さる方がいつか現れたら――と願っています。
不登校クラスも、まだ希望者がいなく、開設してませんが、何時からでも開設し、充実した活動をしたいと思っていますのでよろしくお願い致します。