2019/02/01

支える、支えられる


私たちは、支え、支えられる関係の中で生活している、生きていると思います。

必ずしも、2人が支え、支えられている・・・というのではなく、ある人、ある人達を支えているが、他方である人に支えられている、という意味です。

私は左足首を怪我してから、手足の筋トレが出来るデイサービスに週2回通っています。柔道整復師の男性が足、肩などのマッサージをしてくれて、また手足や腰などを温めたり振動を足裏なでの与える器具を順番に使ったりしています。足首を怪我した後、整形外科に通ったのですが、3ヶ月後に年齢的にこれ以上良くならないと言われました。でも、“元に戻るはずた”と思い、ケアマネージャーに話したら、高齢者向けの、足の訓練をするデイサービスを探してくれました。週2回午前、通い、1年半位たちましたが、だいぶ楽に歩けるようになりました。「支えられている」という実感があります。

一方、「青年の集い」に参加する青年を、私は“支えている”と思いますし、青年と話すことで、青年のエネルギーをもらい、私も「支えられているんだなー」と感じます。

道草


昨日、十年ぶり位に青年が訪れました。スーツを着てすっかり変わっていました。個人で営業をやる仕事をしているとのことでした。

「今日は時間が空いたので、道草の家に行ってみようと思い立ち、来てみた」と言います。「道草」をしに来た、「道草の家」の意味そのものと言えるでしょう。

二月


あっと言う間に一月が終わり、もう二月になりました。会報の発行が迫ってきました。迫ってこないと、「何を書こうか」、テーマも決まりません。

二月は、春でもなく(でも春が近いような)、冬でもなく(でも千葉も二月に雪が降ることが多い)、そして新しい年度(四月)が近づいています。不思議な月です。

個人的には、冬になったせいもあるのか、心身のエネルギーが落ちるのを感じますが、また新しい年度も近づき、「復活できるか」という思いもあります。

私の言動は、若い頃から「のんびり」でしたが、年齢のせいもあり、更にのんびりになったかな、と思います。


一月は風邪をひいて、窓際のベッドに横になっていることが多かったせいもあって、窓から色々な音が聞こえて来たのを感じました。

 風の音…(風が強い時、木の葉が窓をたたきます。)小さな庭の向こうの竹林が、ざわざわ音をたてています…いや、あれは風の音ではなく飛行機の音、成田から羽田の方に行く(と思われる)飛行機の音だろう・・

また県道を走る車の音、時折、パトカーのサイレンも。速度制限を超えて走るバイクを追いかけているに違いない…。

 そして、かなり離れているのに千葉港の辺りから汽笛の音…。

 小鳥の鳴き声も、一羽の鳥の声だ。仲間はいないのだろうか。