2011/06/06

一日の鴬

 5月半ば、朝方、窓の外の鴬の声に目覚めました。他の鳥の鳴声は区別がつかないことが多いのですが、「ホーホケキョ」という声は、はっきりと分かりました。今年も来たんだ、毎年、遅い春に、一日か二日鴬の声がします。どこから来てどこへ行くのか分かりませんが。青年の集いでその話をしたら、ある青年も、4月頃、父親の畑で(千葉市の外れ、借りている農園)うぐいすが鳴いた、と言いました。早春の鳥と思われますが、千葉では晩春のようです。
 うぐいすの声は子どもの頃から聴いてますし、懐かしさを感じます。毎年来てくれるんだ――という思い。小平の家に週末帰ると、猫が待ってくれてます。膝に乗ったり、布団にはいったりします。
 動物はほっとしますね。
 東北大震災で犬や猫を残して、避難せざるを得なかった人が多かったのですが、そういう方たちはどんな思いだったでしょう。残された犬や猫たちはどんな思いで過ごしたでしょう。後からペットとめぐり会ったり、新しい飼い主が決まったりしているニュースを見ると胸がなごみます。
 でも、原発の事故のため、酪農家が、急いで避難したために多くの乳牛をそのまま残して避難し、1ヶ月(?)位して戻ってみると、放した牛は、そこここに何とか生き延びた姿を見せたが、放さなかった牛は、重なるようにして死んでいた、というニュースを見て、胸がつまるような思いがしました。人間の勝手?で無残な死に至らせてしまった。
 自然の状態から、余りにもかけ離れたものを作り出す、人為的な過度な操作をしたものに、事故が起きた場合、人間の力でなかなか修復できない――ことを見せつけられたように思います。
人間は一つの有機体
 青年の集いで青年が言った言葉、「体に心地いいことを少しずつやって行けば元気が出る」ということ、自分の体験を通して感じたこの言葉は、カウンセリングの創始者ロジャースの著書「人間論」に書かれていることを思い出させます。「人間はいろいろの有機体の中の一つの種である」。動物、植物が、類、種に分かれていますが、同じ有機体の中の、人間という種だというわけです。(燃やせば、動物も植物も人間も、C、O、Hという元素になります)
 松の木が、枝を切っても伸びて行くように、もやしや草が明るい方に伸びていくように、人間も元来、明るい方、いい方向に進む方向性をもっている。ただし、それは、人間特有の頭脳だけで考えるのではなく(意識的思考だけでなく)、全身(有機体)で感じるものだ、というのです。
 ですから、頭だけで意識的思考だけで考え、行動しようとしても、有機体が求めているもの、経験していることと一致しないならば、矛盾が生じ、葛藤が起こり、神経症などの症状が出る。「~すべき」と頭で考え、「頑張らないと」と無理をすると、精神的病にひき起こすことにもなります。
 人間特有の能力として言葉やイメージ、抽象化の能力があります。私たちの生活に効果的に役立つこともありますが、自分自身を欺くのにも役立ち、経験していることを否定し、歪んだ自覚にもなります。
 また、それは創造性と密接に関係があり、意識的思考にだけ頼るのではなく、全体的、有機体的反応を信頼して進めることで、創造性が発揮できる。例えばアインシュタインが相対性理論に至ったのも、有機体的反応、感情(「言葉では表現するのは難しい」と言っています)が示す方向に従ったからで、理論を後から考察したそうです。

できることをする
 先月号「青年の思い」の中で、精神科医フランクルの言葉「…むしろ人生が何を我々に期待しているかが問題だ」という言葉が書きましたが、それも、全身で有機体として感じられる、身近な、無理しないで“できること”をして行くことが大切だと思います。
 今回の震災では多くのボランティアが様々な形の支援をしています。人間には「何か、自分のできることをしたい」という自己実現欲求があります。あまり無理でなく、自分のできることを考え、行ったのだと思います。(一日のことでも)
 「働くのは当然」「働けないのはおかしい」―と親や一般の方は思いがちですが、“社会で働くこと”を目標にし過ぎると、とても遠くて、とても無理だと思ってしまい、「何もできないんだ」「働けない自分はダメだ」と思い、何もしないで、できることもしないで過ぎてしまうことが多いのではないかと思います。
 SAT療法(筑波大学教授、宗像恒次先生らが開発)に「行動目化支援カウンセリング法」があります。
 辛い思い、怒りとか、不安、悲しみなどの感情があった時、その感情を、「何か期待通りに行かない時の感情」「見通しが立たない時の感情」として見つめて行きながら、「本当はどうしたいのか」「どうなりたいのか」を考えます。そして具体的にどのような行動ができるか、直感で考えます。実行自身度が80%以上になるような、できそうな行動を考えて行きます。始める時には思いつかなかったことが思いつき、浮かんで来たりします。
 「自分が本当に求めているのは何か」「何がしたいのか、何ができるのか」有機体である全身で感じながら、感情を大切にしながら、できることをして生きたいものです。