2012/10/02

自己否定感、自己肯定感について

  先月と今月、青年(20~30代男女)たちに自己否定感、自己肯定感について尋ねました。(会報に載せてないものも)。中学生の時にいじめに会って不登校になったり、摂食障害になったり、そして高校も登校できず、次第に自己否定感が強くなったと思われます。

 その後親の理解を得られるようになっても、なかなか自己否定感から抜け出せない。それは競争主義が学校にも根強く、どうしても人と比較してしまう。また、ひきこもっていた時期が長いと、「ふつう以上にならないと社会の人から認められない」という思いにもなります。

 日本は「個人個人を大切にしよう」という社会、教育ではなく、「努力すればできる、頑張ればできる」と言う。でもいくらそう言われても、それぞれ、能力や性格に違いがあります。「何のために頑張るの?」自由な時間、楽しみ、遊びも犠牲にして――と私は思ってしまいます。

 そして、中学生ぐらいが特にあると思いますが、仲間グループにはいれない子は教室に居づらくなる、同じ興味を持たないとグループにはいれない、また「空気が読めない」ということも非難の対象になったりします。

2012/10/01

思春期

 道草の家で青年たち(主に女性ですが)と話をすると、自分の思春期、青年期を思い出し、重ねるところがあるようで、ふっと懐かしさを感じます。20代の青年は私にとって孫ぐらいになりますが、私の子ども(今、40代半ば)の思春期を思い起こし出しますし、三世代の思春期、青年期、20数年づつの差の中で、共通なところと社会、学校などの変化の影響も強く感じます。

 子どもから大人になる過程の思春期、私自身も、自我に目覚めて思い悩む時期でした。でもそれを話す友だちがいました。

 今、道草の家に来ている女性は、中学で不登校になった人が多く高校も登校できず、20代初め(或いは半ば)まで強い屈折の中にいたり、高校に行った人も心の悩みを話す友だちはいなかったようです。

 道草の家が、そうしたことを話す場、機会になれば、と思います。思春期は親から自立して行く時期ですが、不登校などであることの苦しみ(自分を責めて)が強く、親は守ってあげなければならないということもあり、親ばなれは遅くなります。依存関係になってしまうと、それから抜け出すのも容易ではなくなります。

2012/09/07

こころ

 文明が発達するにつれ、本能のままに生きられないことが多くなりました。こころが複雑になって、また微妙、あいまいでもあります。心の問題は数式のように「2+2=4」というようなすっきりした解答があるわけではなく、難しさを感じます。

 青年たち(10代~40代の男女)も親の方も、そうした明確な解答がないだけに、モヤモヤした不全感をいつも感じているのではないでしょうか。はっきりした道筋、方法があれば、それに向かって努力したい、と思わない方はいないでしょう。

 今の社会(日本)に生きている、という運命かもしれません。他の国より複雑で、悩み苦しむ人が多いような気がします(ひきこもりの青少年が多い)。ある青年が「自分は社会に合わないように生まれた」と言いました。子どもの頃からグループで一緒に行動することが苦手だったし、社会に出ても(アルバイトをした)流れに乗れない、積極的に動けない、職探しもすごく難しかった、と言います。「親としてもどう答えたらいいのだろう」と、親も悩みます。

 私は、今の社会に合わないだけであって、他の時代、他の国だったら自分の特性を生かしながら生きられるはず、と思います。そして、青年たち、知性、感性など能力は豊かなのに自信が持てません。自信、自己肯定感が持てれば能力を発揮できるのに、と思います。(「青年の思い」の所で、自己肯定感について尋ねました)

 父親は、年齢的に大人になっても、働けない、自立できない子どもの事があまり理解できないのでしょう。伝統的にも働いて経済的に支えることが父親の役割というのがありましたし、自分は頑張って、仕事をやり抜いて来たのだから、我が子も頑張ればできる筈――との思いになる・・・

 男にとっては私的なことより公けの方が大切だ――という思いも昔からあって、会社優先の生活、(この頃の若い人は変わったようですが)子育て、家族のことにもそんなに関わらなくてもいいような錯覚があったように思います。自分もそう育ってきた(父親との関わりは薄い)のだし。

 でも社会の環境は変わっています。昔は、農業、漁業、そして街中の商店街など、親の働く姿や、近所の大人たちの働く姿や生活をいつも見て育っていました。

 子どもは、親の(他の大人の)生き方、生活の仕方を見て、学び取り入れて成長します(同一化)。そして、社会で生きるための社会性も身につけて行きます(社会化)。それが、今の、青年が育つ過程には余りなく、特に男子は、大人として、男性として、社会人として、父親から学べず、自信が持てないまま、成人したのでは、と思います。それが、ひきこもる青年が圧倒的に男子が多い大きな理由ではないか、と思います。(将来の期待が女の子より男の子に対して大きく、男の子の方がプレッシャーを感じる、ということもありますが)

2012/09/06

小さな自然と大きな自然

  8月は、蝉や小鳥の大合唱に起こされる毎朝でした。あんな小さな体であんな大きな音を出すなんて・・・7日間の全生命をかけるのでしょうか。また新聞を取りに外に出たついでに階段を上って、空を見上げるのが楽しみです。一回転しながら、ぐるっと見渡すと、白い雲が、実に様々な形で空に浮かび、芸術作品を見るようです。雲のない青空は、本当の青色でないような気がして、余り楽しくありません。

 8月の画廊巡りは、千葉市科学館のプラネタリウムに行きました。千葉の星空を映していて、久しぶりに星空を見ました。千葉の夜空も本当はこんなに沢山の星があるのだ!千葉で夜の空を眺めても「星がきれいだ」と思った記憶はありません。月はきれいだと思いますが。

 子供の頃は名古屋の住宅街に住んでいましたが、星空がはっきり見え、きれいだったことを思い出します。夜、お風呂をもらいに知り合いの家に行く道は北に向かった広い坂道で、北斗七星がよく見えました。夏には天の川が見え、流れ星も度々見ました。

 青年たちは、天の川も流れ星も見たことがない、と言います。星空を眺めると宇宙が出来てからの350億以上の年月、そして、地球が出来、人間が現れ、原始人から、今の私たちまでの何億年の遠い年月を感じます。現在の私たち――って何なのだろう・・・

2012/07/02

ゆるやかな架け橋

 先日、なの花会の講演会で、放送大学教授の宮本みち子さんの話を聞きました。ドイツ、デンマーク、オーストラリアなどでは、義務教育を修了できなかったり、高校中退した若者に対し、「学校に行かないなら働くこと」ではなく、就労までの「ゆるやかな、長い架け橋がある、とのこと、考えさせられました。

 ワークショップという形で自分の好きなことをやりながら、ゆるやかに地域社会とつながる体験をする。例えば音楽が好きな子数人を集め、楽器の練習だけでなく、地域のイベントを計画し参加したり、洋裁、手作りが好きな子たちは、地域から仕事をとってコスチュームを作ったり、動物が好きな若者たちは、牧場で馬や牛などの飼育を手伝うなど。そして、ワークショップの期間も手当て9万円ほどつき、親に負担をかけない、ということで誇り、自信もつく。

 日本では、学校に行かないなら仕事―ということで、どちらにも行かれない若者への配慮がなされていません。不登校になったり、ひきこもったりした時、こういう場があったら、エネルギーのあるうちに早期に手を差しのべる手だてがあったら、と思います。学校に行かれなくなったり、働けない自分を責めることが長く続いたために精神的不安定がひどくなり、通院、服薬が必要になった青年が殆どです。

 こうした青年たち、居場所に来たり、仲間との交流の中でエネルギーが出て来た者も多くいますが、すぐ「就労」を考えるのではなく、楽しみながらゆるやかな社会体験の場があれば、と思います。

 KHJひきこもり親の会関連の活動ですが、青森の果樹園で就労への過程(かけ橋)として、自由にいつでも参加してりんごを育てる――という活動が計画されています。なの花会の一人の青年が準備から参加する、と言っています。青森は遠いので千葉にもあれば、そして色々な内容のものがあれば、と思います。宮本さんの言葉のように、学校とは違った成長の場、学校と社会の間の、人間発達の多様な場が必要だと思います。

対人恐怖

 道草の家で関わる青年たち、表現力も豊かで社会に出ている人と何ら変わらないように感じますが、就労の方にはなかなか進めない状態――落ちこんで外に出られない時もあり、また一時働いても続かなかったり――何が主な原因なのだろうか、を考えると、「対人恐怖」が最も大きく共通するような気がしました。

 日本でひきこもる青年が多いのは、日本人の傾向として「対人恐怖」が強いからではないかと思います。私自身もなかなか対人恐怖から抜け切れず、未だに電話をかける時、非常に緊張します。(親しい人はいいのですが)

 対人恐怖――外国では殆どなく、英語ではその言葉はなく、日本語「Taijinkyofu」と書くそうです。人と自分の考え、感じ方が違う場合、すぐに「自分が間違ってるのでは」と思い、「自分はダメだ」という思いが浮かぶ。自分を否定的に感じるのは辛い、それを予想するために人と会ったり話をする時、非常に緊張するわけです。青年たちはいじめなどで傷ついた体験がある場合が多く、傷つき易く、また相手を傷つけないよう気を使ったり、まわりと違う行動をとることを怖れたりしがちです。

 相手から、自分とは違う考えや思いを言われると、全否定されたように思ってしまう。でも外国では、人と考えや思いが違うのは当たり前、その部分だけ否定したにすぎない、人間として否定したわけではない、という自覚があるのでしょう。オーストラリアや欧米に行って、「その国の人とつき合うのは、気が楽、裏表がなくて」という話もよく聞きます。「傷ついた」とか「傷つけた」ことによる心の痛みのない世界―に解放されたいものです。

 また、日本では「失敗」への責任が重い―ということもあるように思います。日常的には勘違い、ということもあり、失敗も色々とあります、そして、不登校やひきこもること(働かない)を、多数派からはずれることを「失敗」とみなしてしまう。ある青年が、高校生の時、不登校になった時に教師から「高校ぐらい卒業できないのは人生を失敗したことだ」と言われた、と話したことがありました。10代のうちに「人生の失敗だ」と決めつけられる!・・・

 失敗(本当に失敗かどうか分かりませんが)に気がついた時、やり直しができる、「やり直そう」という気持をまわりも認め、応援する、という社会風土であれば、と思います。日本は「自己責任」ということに厳しすぎるのではないでしょうか。

 これは、いろいろな考えがある、色々な生き方がある、――とはなかなか思えない、青年たち(親も)の生き辛さにつながっているように思います。

 自己表現ができたり、仲間と交流するエネルギーもあるのに、なかなか社会に(就労の方に)出られない、青年たちの几帳面な性格もありますが、「失敗は許されない」という思いも強いのかもしれません。

2012/07/01

小さな大自然

 先月号ではイタリアの小さな村のことを書きましたが、その後テレビのドキュメンタリー番組を何となく見ていると、ドイツから来た青年がかやぶき屋根の古い民家とまわりの自然に魅せられ、その民家を修復して、日本の女性と結婚し、農業をやりながら住んでいる様子が映されていました。ヨーロッパの青年が日本の田舎に魅せられるのだ、と思いました。その番組の題は「小さな大自然」でした。

 それから日本のあちこちにかやぶき屋根の民家が映されているのを見て、皆が大事に考えている様子を感じました。近くでは筑波山の麓に数軒、かやぶき屋根の民家があり、是非訪ねてみたいと思っています。

 私が子どもの頃、叔母の家、大きなかやぶき屋根の家に遊びに行った時のことが思い出されます。広い土間の一角には馬がいました。裏には、上の方から引いて来た湧き水が、竹筒からいつも水が流れていました。裏山には小学校の分校があり、学生の頃行った時も、木造の小さな校舎はそのままあり、運動場の端に腰をおろして眺めると、村の家々、そしてまわりには山なみが幾重にも広がっており、心も広がる思いになったことを思い出します。

2012/06/05

心の豊かさ

  必死に働いて来た男性(父親)、否定するわけではないのですが――「頑張った」という肯定感はあるのでしょうが、――生きていることを、生まれてよかった、という肯実感はあるのでしょうか。物質的には豊かになりましたが、心に豊かさを感じるでしょうか。家族とのつながり、まわりとのつながり、自然とのつながりを感じ、心が満たされること―は?(勿論、いつも、というわけではありませんが)・・・

 外国で暮らした方の外国の生活について書いた本を読むにつけ、外国では、働くことだけに時間を費やすのではなく、自由な時間を大切にするとの事――ある程度の物質的、経済的ゆとりも必要ですが、時間のゆとりが大切だと思います。

 家族や地域の人々と過ごす時間一人で過ごす時間、自由な時間を楽しむ時間がないがしろにして来たことが、現在の生き辛さを感じる一つの要因ではないかと思います。

 そして殆ど部屋にひきこもっている青年、ネットでゲームなどして過ごしているようですが、どんな気持なのでしょう。

2012/06/04

施設と家庭

 社会に出られない、ひきこもる青年たちと関わっていると、様々な要因はありますが、社会の影響も大きいし、その影響を受けた家庭の問題も感じます。35年前から10年ほど関わった、児童養護施設から社会へ出た青少年のことについて、やはり社会適応が難しいのは、それは、施設という集団生活の中で育ったことが大きい、その時思ったのですが、今は家庭で育っても難しい――という課題を改めて感じます。

 私がそうした青少年に興味を持ったのは、(財)青少年福祉センターが中心になって、養護施設から社会に出た人達の追跡調査をしたものをまとめた本「絆なき者たち」を読んだからですが、そこでは、「親子という絆、家族という絆がないために、社会に出た後、心の支えになるものがなく、そのために『もうちょっと頑張ろう』とか、ドロップアウトの方に向かう気持を抑える意識が弱い」というようなことが書かれていました。

 その青少年福祉センターは、その頃は養護施設(親の死亡、離婚、虐待などで、家庭では育てられない子どもを集団で育てる)で育った少年少女が中卒で働かなければならず(今は高校卒業までいられますが)「仕事が続かない」「ドロップアウトしていく」などの場合が多いため、そういう青少年のアフターケアをする所で、生活寮もあり、その活動を手伝いました。

 なぜそんなに社会適応が難しいか、を青少年たちと話したり、養護施設を訪問したりして、考えたのですが、集団生活であり、指導員や保母が交代で面倒をみるので、親密な関係が作れない、人間関係を作る能力が育たない、ということがあり、また集団生活なので大体の日課によって生活するので、主体性が育たない、など、大人になるための社会化がなかなかできない、というようなことを感じました以前は施設に育ったから社会適応力がないと思ったのですが、家庭に育った場合も、社会適応力が低いことも多いという現在・・・。

 どこが共通でどこが違うのか。養護施設で育ち、中卒でやむおえず社会に出る。けれど、今のひきこもる青年は社会が怖くて出られない、でも共通するのは人間関係が築けない、人間関係が怖いということだと思います。それは人間関係の体験が少い、希薄な人間関係の中で育った――からではないかと思います。

 高度成長期から現在まで、男性(父親)は仕事、会社中心で、厳しい、残業が多い職場でもそれをやり抜くことが、生きる目的のように頑張った。それ故、家庭で過ごす時間も少くなり、エネルギーもなくなり、自由な時間もなく夫婦や、親子の会話も少くなったり、殆どない状態、それは家庭の中でも人間関係が希薄になった、と言えるのではないでしょうか。特に父親から男の子に伝わる。社会性(社会で生きる力)が伝わらなかった、と言えるかと思います。

2012/06/03

木賃アパートのこと

  道草の家の海側の窓からは、高層マンションが林立しているのが見えます。都市は40年、50年前と大きく変わりました。

 約40年前、広島市の木賃アパートを調査した時の事が思い出されます。

 5年ほど勤めた中学校の教師を、自分に合わないと思い、長女の出産を機にやめた後、好きだった建築設計を学びたく、工学部の建築科に編入学したのですが、戦前に建てられた(小高い丘の陰にあるため原爆を免れた)木造アパートの調査をすることになりました。薄暗い6畳間に親子5人が住んでいたり、3畳にも、2人3人とすんでいる人達を見て、「こんな環境に住んでいる人達がいるのに、お金の余裕のある人のために建築設計をしていいのだろうか」という思いが浮かび、社会に対する意識が目覚めました。

 地域社会が、崩壊し始めた頃ですが、アパートとアパートの間の狭い空き地で子供たちが遊んでいる姿もあり、お互いの接触もあるように感じました。

2012/06/02

小さな村の物語

  5月は金環日食やスカイツリー開業など賑やかな話題がありましたが、一方、夜行バス事故やホテル火災、トンネル爆発など多数の死傷者を出す事故が相次ぎました。

 新検見川駅から道草の家までの道筋に高層マンションが次々と建っています。こんな大きな多世帯のマンションにはいる人々がいるのだろうか、全部埋まるだろうか、疑問でなりません。

 でも、BSで毎週放映される「小さな村の物語、イタリア」を見るとホッとします。低い山々の尾根に数10軒の家々が建ち並ぶのが見え、ゆったりとした音楽(歌)をバックに村人の生活描かれています。そんなに山奥というわけではなく、家の中の様子は、私たち都会の生活と変わりません。むしろ、ゆったりとした台所、食堂、居間などが柔らかい色合いで使いやすそうで、羨ましいほどです。台所のテーブルで昼食のためのパスタを粉でこねることから始めて作っている姿もあります。毎週2,3組の家族の生活が紹介されています。息子が都会から戻って来て父親と一緒にぶどうの木を育てる、とか、母親と息子たちが、馬、牛、羊などの牧畜をやっている、とか、初老の男性がカフェを開き、そこに村人が集まり、コーヒーや酒を飲みながら談笑したり、音楽に合わせてダンスをしたりしている様子が描かれています。イタリアという明るく暖かい気候もあるのでしょうか、必死に働いている、という姿ではなく、楽しみながら働いており、また村人同士の交流も楽しんでいる、都会から戻った青年は「自分の家族も村も好きだから」と言っています。こんな生活をしてみたい、と思います。

2012/05/07

働けない子への思い

 精神的に不安定になり、外へ出ない、人と交わらない、働かない―という自分の子どもを何とか理解し、自分なりの生き方を見つけることを信じ、日々関わる、寄りそうことに必死な親の方もいれば、「何で働かないのか、何で頑張らないのか」と、どうしても理解できない親の方(主に父親)もいます。以前働いていた心理研究所で開いていた父親の勉強会に私も参加していた時のお父さんの言葉を思い出します。「子どもが働かないことを認めることは自分に”死ね”ということと同じだ」、それほどまでに「働くことは絶対的価値観、頑張るべき、頑張ればできるはず」と思えてしまうことは何なのでしょうか。私などは、子どもが働かないのは、「何らかの理由があって働かないのだ」と思ってしまいます。私の息子は、数ヶ月働かない時期がありましたが、「私自身、不完全で、葛藤の多い人間、それが一番繊細な子どもに影響しないはずがない」と思いました。

 高度成長期に男性は「生産性をあげること、それには頑張って働くこと、だれでも努力すればできる」―という思いで必死に働いてきたのでしょう。企業戦士とも言われた。自分の子どもが働けないことが受け入れない位に、絶対的価値観だったのでしょう。そして、感情を持ったら仕事はできない―と感情を感じないようにしてしまった。感情がなければ、辛い思いをしている人の気持もわからない。

 でも、その結果の今の社会、住み易いでしょうか。物が豊かで効率的で便利になって来ました。でも、リスクの多い原発を作り、また便利な車がスピードを出し走り回っている街中―とてもとても悲しい子どもの死をひき起こす事故が度々あります。

 そういう社会に適応できない青年たち。青年たちが弱いのでしょうか。がんばらないからでしょうか。怠けているのでしょうか。

2012/05/06

春が広がって・・・

  5月を迎えて、若葉の黄緑が街路を明るくさせ、垣根のつつじも咲き始めました。

 早朝、窓の外に小鳥の声がするようになりました。

 また、先月青年の集いでパステル画を描いている時、カラスの鳴き声がしたので窓の外を見ると、からすがたくさん電柱の上や電線にとまっているのが見えました。そして、しばらくすると、30羽以上のように思われるカラスが鳴きながら一斉に飛び立って行きました。何か打ち合わせをしているように鳴きながら。

 静かになりました。「子どもの声も聞こえないなー」とお互いに話したのですが、

いつ頃から子どもの遊ぶ声が聞こえなくなったのでしょう。

 道草の家も少し変化がありました。以前、しばらく通って来てた青年、大勢で元気な青年が多い、他の居場所の方で過ごしていたのですが、仕事を頑張ったせいか、急激に落ちこみ、しばらく外へ出ない生活、でもだいぶよくなったものの、大勢の中にははいれない、ということで少人数で穏やかな道草の家に来ました。それからホームページを見て、雰囲気がよさそうなので来てみた、という青年も続きました。

 青年の集いに参加する青年はそう多くはなく、間をあけたり社会参加(働く)も、波があったりしてます。なかなか安定して動ける青年は少ないです。私も落ちこんだりしてしまいます。でも、会報をお送りしていて、読んで下さってる方から、心温まる励ましのお手紙を頂きました。「・・・青年たちは成長してよい結果を出しているようですが、すぐに結果の出ない難しいお仕事で月日を要し大変なお仕事ですね。

2012/04/03

春・・・?

  4月になってようやく春の暖かさが訪れましたが、桜の花が街路を飾ることはまだまだ先のようです。でも道を歩くと家の庭に咲いた水仙がフェンスの間から何本も顔を出しておじぎをしています。

 これから沢山の花が咲き出すことを思うと、胸がふくらむ思いになりますが、東北にはまだまだ春はやって来ない、課題は山積みされたままです。

 道草の家で関わっている青年たちにも「春はまだ・・・」と思われる青年が何人もいて、心が痛みます。なぜ悩み苦しまなければならないのか、なぜ自己否定感がそんなに強いのか、と考えてしまいます。他の時代、他の土地に生まれたら、こんなに苦しまなくてもいいのに!とも思います。

 今の日本社会、混沌とした文明社会、繊細な心を持つ青年たちが、その影響を大きく受けたのではないか、と思います。

「文明とは何か」―宇宙からの視点で

  「これまでと同じ速度で人間圏を営み続ければ、もはや我々の人間圏は100年も存在できないかもしれない」という言葉を本の中で読んで、私たちはそんなに悠長にしてはいられない、と思いました。『我関わる、ゆえに我あり―地球システム論と文明』(松井孝典著、集英社新書)という本ですが、「私たち人類、地球の緊急課題は宇宙からの視点、地球を俯瞰することで解明される」と述べています。「人間とは何か」「文明とは何か」を問い直しています。

 地球システム論で文明を定義しており、地球に生命ができ、生物圏に人類が生まれた時から現在までを4つの図で描いているのを紹介します。

図1―人間圏が他の圏と一緒に地球システムの中に収まっていいる、狩猟採取時代

図2―人類が生物圏をとび出し、新たに人間圏を作った、初期の農耕牧畜時代。調和的で構成要素が円に収まっている。

図3―「文明の惑星」は産業革命以降のストック依存型(石炭石油を使う)の文明の

時代、現代。地球システムを大きくはみ出す

ことによって地球システムに大きな乱れが生じて来る。

図4―21世紀の地球システム。これまでの人間圏の発展をそのまま延長した場合の圏。人間圏と地球システムの関係は非常に不安定になる。

 現在の状況は図3から図4の状態への過渡期、様々な問題を招いているわけです。

 そして、今回の大震災を機に(被災地の復興は当然だが)、「復元」ではなく、地球システムと調和した新たな人間圏の「創造」、新たな文明の「創造」を考えるべきだ――と述べています。

 未来の人たちのことを考えれば――考えなければ、今の自分たちのことだけでいい、と思えば、別ですが――今の文明をどう考えるか、どう変えて行くか、どう「創造」するか、を考えるべきでしょう。今の文明にどっぷり浸かっている私たちには非常に難しいことですが。「このままの経済政策では他の国に負けてしまう」と言う人もいますが、他の国に勝つ、負けるの問題ではなく、人類、地球の存亡の問題だと思います。

 でも、著者は、「人間は、他との関わりの中で問うていく存在」だと述べています。地球システムの中の他の圏と関わりながら考えることができる存在、それは人間が存在する意味である、と言うのですが・・・

アイヌの人たちの生き方

 新しい文明の「創造」――なかなか見当がつきませんし、狩猟採集の時代に戻るわけにも行きません。でもその要素を持っている人たちの暮らしはあります。



 先日はテレビでブータンの生活が放映さえていましたが、道路を作る時に山にトンネルを作れば短距離になるのに、それをしない。なぜなら「自然を傷つけたくない。そのまま大切にしたい」と言ってました。

 そして、千葉県君津市の山奥に、アイヌ民族の長老が暮らしており、カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)という施設がある―という新聞記事を読みました。その長老の浦川治造さんの生活、生き方を追ったドキュメンタリー映画が上映されているのを知り、観に行きました。北海道に住む先住民族アイヌのことは多少興味を持っていましたが、改めて、現在もその伝統を守り、それを伝え続けていることを知りました。

 北海道のアイヌの村は、内地から多くの人が移住して来たり、国の政策によって、だんだんと、浸食されて行き、”先住”なのに偏見も受けました。治造さんも生活のため東京に出て様々な仕事をして来ましたが、同時に、出身地の北海道や千葉県のカムイミンタラの他、全国各地に、アイヌ民族の伝統を伝える施設を作りました。

 アイヌとして生まれ、育ち、今もアイヌとして生きる治造さんの暮らしに常に自然と共にあり、先人から受けついだ知恵、生き方が描かれ、自然を敬い、自然への感謝を忘れない・・・動植物や自然現象などに「カムイ」が宿っているという”自然に生かされ、自然と共に生きる”姿が現実にある、ということを知り、感動しました。

 そうした生活を、私たちがすぐ出来るわけではありませんが、それを実際に見たり接することは、何かを感じるのではないか、と思います。私の幼い頃は薪でご飯を炊き、風呂をわかし、暖炉裏がありましたが、今の青年たちには想像もつかないでしょう。でもカムイミンタラでしばし過ごすことは、心が癒され、生きるヒントがわずかでも得られるのでは、と思います。



カムイと生きる(パンフレットより)
天から役割なしに 降ろされたものは ひとつもない
それは アイヌに伝わる言い伝え
この大地に生きるものすべて
空や大地や水との関わりなしに
生きることはできない
人間より”力”のあるものが
カムイである
火のカムイ 山のカムイ 川のカムイ 風のカムイ
 (以下略)

2012/03/07

3月を迎えて

  談話室で青年たちと話し合ってる時、鳥の鳴き声が間近かに聞こえ、窓の方を見ると、少し大きめの小鳥が手すりに止まっているのが、くもりガラスごしに見えました。頭を動かしているのが私たちに挨拶しているような仕草に見え思わず顔がほころびました。こんなことは始めて。春になったからかな、と思いました。

 2月は千葉も小雪が降ったり、例年にない寒い冬でしたが、3月、ようやく春が近づいたようです。でも3月は、去年、東日本大震災が起こった月、もう1年になります。親戚や身近かな人が被害に合ったわけではなく、具体的な行動もしないまま、距離をおいた感じで過ごしていることに申し訳なさを感じます。ただ一向に復興の兆しが見られず、被災地のガレキがそのままであることは心が痛みます。ガレキを受け入れる県はごくわずかです。

 そして、原発事故、放射能の問題は今もなお大きな不安です。納得行くような方向は定まらず、「脱原発」の声は多く聞こえ、その理由を述べる本も多く出ていますが、政府の方にはなかなか届かないようです。高レベルの放射性廃棄物の処理もできない状態ですのに。そして子どもたちのために道路や校庭の除染も少しずつ行われていますが、その中の放射能はどこに流れて行くのでしょう。

 福島の小学生が世界中から来た励ましのメッセージに対し、感謝の気持ちを絵や言葉で書いて送ろうとしている様子がテレビで放映されていましたが、痛々しい感じがします。

 子どもたちは放射能の問題に安心したわけではなく、また世界の人々も、日本の、原発事故の取り組みを安心して見ている訳ではないと思います。このような大問題をひき起こした日本人としてどう考えたらいいのでしょう。

 多くの人は、放射能は怖い、原発はない方がいいと思うだろうと思いますが、国民の総意にはならない、決心できない。それは根本的な価値観を変えない限り難しいのではないか、と思います。

 私たちは、経済的豊かさ、物の豊かさ便利さを求め、それが幸せだと思う価値観のもとに、高度な科学技術を駆使して自然の営みにそぐわないやり方で、物(電気も)を作り出した、自然を支配し、自然を奪い取ってもいい、という思い上がった思い、価値観で。その結果、原発を作り出し、事故が起きたのではないでしょうか。「想定外」という言い訳はできない、と思います。人間が自然に対し優位に立つ訳ではなく、自然の一員、宇宙ができて、生物が生まれて、人間が生まれて・・・長い長い期間の中に、人間が現れたに過ぎないと思います。

 経済的、物質的豊かさが幸せだ、という価値観ではなく、そして、自然に対して畏敬の念を持ち、自然の営みに沿って生きる、という価値観を持ちたいものと思います。

ひきこもる青年の多さ

 ひきこもる青年の居場所を開き、青年や親の方と関わる日々、適切な関わりができてるだろうか、役に立ってるのだろうか、とよく考えます。自分の生き方、考え方が問われます。

 私は高校生頃からコンプレックスが強く、思い悩むことが多く過ごして来たので、青年たちや悩んでる人、生き辛さを感じる人とは重なる部分があるのを感じます。憂鬱感を感じることがよくあるし、対人恐怖もあり、特に電話をかけるのに緊張して延ばし延ばしにしたりします。自分がしたいことを思うようにできない辛さ、自己否定感、そういう人の辛さ苦しさが割と分かります(勿論それぞれですので「よく分かる」とは言えませんが)。親の方や一般の方が「頑張って働こうと思えば働けるはずだ」とよく言いますが、私はそう思いません。「やらなくては」と思いながら、意欲や自身が出なくてなかなかできない、大げさに言えば、「自分との闘いかな」と思う時があります。

 ひきこもりの問題は前ほどメディアに取り上げられなくなりましたが、100万人とか150万人とも言われ、その数は非常に多いし、やはり個人の問題というより社会の問題が大きいと思います。社会の縮図かもしれません。

 60代の両親と30代の息子が餓死したニュース、民生委員は「30代の息子がいるから大丈夫だと思ったと」と言っていますが、多分、息子は、“働けない”、外へ出られない、ひきこもりの状態だったのではないかと思います。

 全国で150万人という数から判断すると、親や本人が居場所や親の会、相談機関に行かない場合が非常に多い(2/3以上?)と思われます。(居場所や親の会の数は、非常に多い、とは言えませんので)

 目立たないようにひっそりと暮らしているのでしょうか。働いていない、ひきこもっていることを恥ずかしい、と思って相談にも行かない、「人に相談したいと思うような人」に対する信頼がない、人間関係がないのでは、と思います。親自身もひきこもりの心の状態では、と思います。また親子の関係も、「子どもの問題なのだから、子どもの責任」と思ったり、親子のコミュニケーションもなく「どうしようもない」と諦めてしまう―という場合が多いのでは、と思います。

 家庭の中でも、近隣でも人間関係が希薄になっているように思います。

 戦後、民主主義のもとに「個人の自由」が大切だと言いながら、本当には自由ではなく、まわりを気にし、まわりと違うことを言ったり、したりすることを怖れる・・・そして人に合わせたり、比較する・・・。

 私たちは一体”どう生きたい”のでしょうか。

生きること、とは

  「どう生きたいか」を青年たちに問う前に「今、自分にとって生きるってどんなことか、どんな感じか」を尋ねてみました。「青年の思い」の所に載せましたが、「難しい」と言いながらも多くの青年が答えてくれました。簡潔に、また気持ちのことを表現しながら。

 本当にそれぞれです。悩み苦しんで来た青年の言葉だな、と思います。そんなに意識しなくても、生きることに必死だったと思います。自分の辛さに向き合ったり、耐えたり、そして少しずつ乗り越えたり。マイナス(と思われるだけですが)の自分を肯定しようとしたり。感性が豊かであり、繊細である故と思います。

 青年たち(とは限らず誰でも)はそれぞれの能力、個性を持っています。人とくらべないで、自分の持てる力を発揮しながら自分自身を生きてほしいと思います。

2012/02/02

夕日

 道草の家の2階の窓から夕焼が見えます。高いビルが建つまでは富士山シルエットで見えたのですが。
先日は夕焼の名残り、少し黒ずんだ茜色の空に墨ではいたような雲が浮かび、こんな美しさもあるのだな、と思いながら眺めました。一昨年は青年たちと夕日を見に検見川海岸まで歩いて行きました。橙色の夕日が空を茜色に染め、海に沈んで行くのをじっと眺めた時の感動を思い出します。

 夕日と言えば先日、映画「Always三丁目の夕日’64」を見ました。ちょうど私が若い頃の東京の下町、商店街の人間模様が描かれています。ただ、私は名古屋の住宅街に住んでいたので、雰囲気がかなり違います。映画の中で近所の人たちが、他の家のことをお互いに自分の家族のように、喜んだり、怒ったり、心配している様子に、複雑な思いと羨ましさを感じました。ありのままの自分の感情を出してつき合える―という人間関係があるのだ―と。

 今は、外で遊ぶ子どもたちの声も聞こえませんし、道を歩いていて顔なじみになる子もいません。近所の人のことも殆ど知りません。

 今の日本は特に、近所づき合いがないように思います。テレビなどで、ヨーロッパや中国の田舎や小さな町がよく放映されますが、私は自分はなかなか旅行できないので、旅番組が好きでよく見ます。 懐かしく、ほっとする場面・・・。

 中国などの田舎(下町)で路地にテーブルといすを出して老夫婦がお茶を飲んでいる様子には、(通る人も寄って一緒にお茶を飲んだり・・・)あんなふうにゆったりと過ごせたらいいな、と思います。イギリスの田舎では、村人がパブに集まって、酒を飲み、歌い、踊っている。またイタリアなど、複雑に建てこんだ(何階だて?)家の窓からカメラに向かって「家の中へどうぞ」と言い、屋上まで案内する場面など。

 このような所で過ごせば、自室にひきこもって人と接しない、交わらない、そしてそれを親子で悩み、苦しむ―というようなことは起きないのでは、と思ったりします。

青年(男、女)たちに学ぶ

 青年の集いの活動としては特別なこともなく過ぎた1月でしたが、個々の青年から色々なことを学び、考えさせられました。それぞれに歩む過程は違いますが、自分の課題に真剣に取り組んでいる様子を感じます。

 まずTさんがホームページをリニューアルしてくれました。道草の家の特色をよりよく伝えるため、写真を豊富に使い、色もパステル調に随所に使ったり、言葉も適切なものに変えたり、つけ加えたり。他の同じような居場所のホームページなどを参考にして、色々模索しながら作成してくれました。こうしたものを綿密に考える豊かな感性―をこれから生かせないものか、と思います。(まだ外で働いたことはないのですが)(ホームページを見てください)

 また2年続けたパートの仕事をやめた青年、やめる決心をするにはどんなに悩んだことかと思います。でも、混乱しながらも、今自分ができること(家事など)をやって、できた自分を認めてあげる、そして、できないことは許してあげる、自分を励ましてあげる―ことを続けてるうち、少しずつ落ちついて来ました。「仕事をやめてよかった、と思える時が来る」と信じながら―と言っています。一つずつ体験しながら、失敗の体験を乗りこえながら、決断力、回復力を高めて行くのだと思います。

 もう一人、仕事をやめた、という青年は、もっと積極的です。積極的になりました。青年の思いの所で「思っていることを言えた」として述べていますが、「いい体験も悪い体験もいっぱいしたい」と言ってます。失敗を怖れて動けなかった自分がある時、はじけた―というのです。

 今は嬉しいことばかりでなく、怒りや憎しみを感じる自分に驚き、これからも多様な自分を感じることに期待があるようです。ずっと”いい子”で来たとのことです。

 そして、「生きる意味」を模索して来た青年。(「働かないでそんなことばかり考えてるなんて!」と思う方もいるでしょう)10代から人間関係に緊張するようになり、20代でアルバイトをいくつかするのですが、どうしても続けられなくなって、家にいるようになりました。「働けない自分」を考え続けてもどうしたらいいか分からない。抜け出せない、苦しいだけ、それで、考えるのをやめた。では、そういう自分にも「生きる意味」があるのだろうか・・・。 ロシア文学や日本の古典、平家物語、仏典などを読みました。(無常、そして死への親近感を感じた―そうです)

 そして、最近は荘子(紀元前の中国の思想家。仏教伝来より先、仏教にも影響した)の本を読んだ。共感することが多い、と言います。 その主な思想は、

 ○「無為自然」(宇宙に存在するもののすべてをありのままに認め、これにいかなる作為も施さない、という思想)

 ○「万物一斉」(ものごとは、ちがうという視点からすればみんなちがう、しかし、おなじという視点からすれば万物はみなおなじなのだ)

具体的に行動するわけではないが、心の中では、少しづつ安定したと言います。

 私も前に、同じ「道家」としての「老子」を読んで共感しましたが、荘子の言葉も私にかなり合いそうです。

 みなそれぞれ、宇宙の中で(遠く、目に見えないものも)存在し、地球に存在している。遠い遠い昔に宇宙が作られた時から。それには、人間が価値がある、とか、ない、とか勝手に決めるものではない。人間は動物より偉いとか、草木よりも価値がある―とは言えない、そして”絶対的な正、絶対的な誤もなく、絶対的な善悪も決められない。違った視点で見れば様々な見方ができる。バリバリ働ける人がいい(善)とは限らず、ゆっくりしたペースの人が悪いわけでもないと思います。それぞれ”できること””できないこと”がありますが(それも変化します)いい悪いで判断することではないように思います。

自縛からの解放

 子どものことで長い間苦しんできた方が「ふっ切れた」ことを話され感動しました。

 自分で自分を苦しめていた、期待通りにならない子どもに不満を感じ、まわりにもひけ目を感じ、みじめだ、と思ってしまう自分、それは、自分で自分を縛っていたことに気づき、「自分が子どもから逃げる、離れればいい」のだときづいたのです。”自分の方が”―それは自分の気持ちを楽にし、それは、表情や態度にあらわれ、子どもの気持ちを楽にすることでしょう。楽になれば動きたい気持になれる。

 働けなくなったのにはそれぞれが葛藤、苦しみがあったわけですし、それぞれが回復していく過程もありますし、「みんなと同じように」とはならないこともあると思います。

 子どもたち青年たちが悩み苦しんでいることを(それを表現できない場合も多いでしょう)を分かってあげて、それが分からないまわりの人からは自分から離れる。

距離を置く。(全てを断つ、という意味ではなく)働く働かない、を人間の良し悪しの基準にしない。荘子の言うように人間として万物の一人として同じ価値がある―のだと思いたいです。