こんもりとした、濃い緑の森がいくつか連なっている風景、少し上の方から映されている――映画「地球交響曲第7部」の中で――のを見た時、「こういう世界もある」「世界は広いんだ」という言葉が浮かびました。そして胸に風が通ったように感じました。
日頃、辛さを抱えている人と関わったり、道草の家の課題を考えたり、そして、今の社会の厳しく見通しのつかない問題を目にし、耳にしていると、“生きる”ということが辛く厳しいものに感じがちですが、そればかりではない、との思いも浮かんで来ました。
映画では3人の方の生き方、人間と自然との関係などが映像と共に語られ、そして、神社とそれを囲む森、神社で行う行事が映されていました。
その中で「大自然の目に見えない力に生かされていることを思い出す時、人は素直になり、元気をとり戻すことができるのではないでしょうか」という言葉が胸に響きました。「生かされている」という確信までには思えないのですが、でも「そうかもしれない」という思いはあります。
人間も自然の一部だと思います。動物や植物と同じように。そしてこうも言ってます。「我々一人ひとりは、皆地球の大きな生命が進化する過程で生まれた、ひとときの姿なのです」
でも人間は科学を発達させ、どんどん人工化が進んでいます。「人間も自然の一部」ということを忘れ、科学によって何でもできる、という思い上がりが、かえって生き辛さを作り出している面が大きいと思います。
科学によって縛られていることはないでしょうか。
ちょっとでも体に臭いがあってはならない、家の中もちょとでも臭いや菌があってはならない――など。昔(そんな遠い昔ではなく)は賞味期限など記載されることはなく、においや味で(ちょっとだけ食べてみて)食べられるかどうか判断したものでした。
コンピューターが発達し、何でも計算し、予想し、追跡できるようになったのに、それを“格差”を縮めるために、弱い立場の人のために使えないのか――単純に不思議に思います。
自然に癒される
私が自然に惹かれ、自然に癒されるのは、幼い頃、自然に囲まれて育ったからだと思います。
山(子どもでも登れる低い山)や川(泳いだものでした)そして田んぼや森があったから、そこで遊んだからだと思います。広々とした明るいイメージの田んぼ、深く暗い森、山の中腹にある大きな石もおままごとの家でした。森に囲まれた神社も遊び場、社(やしろ)の前にしかれたきれいな砂で、蟻地獄を作り、蟻をいれたり…また田んぼになる前、れんげの花が一面に咲いた中で、冠を作ったり、でんぐり返しをして遊んだこと、秋に稲が稔った時はいなご取りをし、刈った後は落穂拾いをしたこと――などが思い出されます。今はもうそんな遊びはないでしょうね。
さて、青年の集いで青年がいみじくも言った「子どもの頃から家族の葛藤が強く、心の触れ合いがなかったせいか、外(自然)への関心がなかった。関心があったら“自然”からエネルギーをもらい“自然”に癒されたであろうに」という言葉にはっとしました。青年たち、人間関係に傷つくことが多いわけですが、それを癒すのにそんなに強く“自然”を求めていないようにも思います。勿論、「人間関係で傷ついたものは人間関係で癒す」という面もありますが。また、育つ時に、まわりにそうした自然が少なく、家族や友だちと自然の中で過ごすことが少なかった――ということもあるでしょう。
青年たちが自然からもエネルギーをもらい、楽な気持になって、自分を肯定し、生き生き生きられる時間が少しでも多くなることを願っています。
出会いの場
新たなことをする、新しい行動をする時、予想したようには行かない、そして「ああすればよかった、こうすればよかった」と後悔の念が起きます。初めて開く「生き生き生きるカウンセリング講座」も定員が少ないし、参加費も共同募金からの助成を受けて安いのですぐ集まるだろうと安易に考えていたのですが、申込み者がわずかで「もっと早くから、もっと広くPRすればよかった」と後悔、そして憂鬱感がふっと浮かんできます。それは私の気質、育ち方によるのでしょうが、カウンセリングを学んでだいぶよくなって来ましたが「行動しなければこんな気持にならないだろうに」と私の弱さが出てきます。
青年の集いの参加者も(暑さのせいもありますが)少ない日が続き「どうして行ったらいいのだろう」と思うと気持が沈みます。でも「このままのことがずーっと続くとは限らない、色々と工夫して行けば、もっと増えるだろう」「カウンセリング講座も初めてなのだから、次回はもっとよく考えて行えば、参加者も増えるだろう」と思い直しました。
そして“数の問題ではない”ということにも気づきました。「青年の思い」の中でもあるように、2人の青年の出会いがお互いに心が通じ合い、充実した時間を過ごせた、という思いにさせ、肯定感、生きるエネルギーにもなったと思う時、2人だけでもそういう思いになること、そういう出会いを道草の家で作れたことは居場所を続けて来た意味がある、という思いにさせてくれました。
ひきこもり、うつ等精神疾患、発達障害の方の出会いと憩いの場所。 他不登校児支援。社会福祉士による行政支援および生活の困り事に対しての解決に向けての相談。心理カウンセラーによるカウンセリングも行っております。
2010/08/11
2010/07/10
引越し奮闘記
6月末の引越しのため、会報の発送が遅くなりました。
引越しの準備を心がけていたものの、やっぱり細々したものが間に合わず、引越し屋さんが来てから、バタバタと追われながら箱につめたり、トラックに載らない、ということで多くの小さな家具を残して処分することになったり、2日にわたって奮闘し、何とか終わりました。(箱から出して整理するのはまだです)
色々なものを処分したものの、「とっておけばよかった」「早くから予想し、準備すればよかった」と後悔しきり!でも娘はそんなこともないので救われました。そして、こんな時でないと思い切りができないわけで。(母の残した寝具や、布きれや食器などが後から後から出て来て、大事にとっておく母の時代の生活がしのばれます)
そして約1日心を痛めたのは、猫を小平の家に連れて行ったものの、夜中に少し開けておいた窓から出て行ってしまい、朝気がついて家のまわりだけは名前を呼びましたが、応答がなく、そのまま今までの家に掃除に行きました。「新しい家の臭いも覚えないまま出て行ったから戻れないかもしれない。そういう縁なのだろうか。縁があったら戻ってくるだろう」と話し合いました。ところが夜遅く帰ってみるとドアのそばにいるではありませんか。「縁があったのだ」と3人で大喜び!
さて、1階の私の部屋を少し整理し、朝、雪見障子から外を見てみようと、障子を上げたのですが、少しの草木と前の家の壁ばかり。船橋の家とは大違いです。船橋の家は23年住み、木々が育って、窓からは緑ばかりが見えて、それに慣れていたのですが。小平の家も草木を植えたら育って緑いっぱいになるだろう、どのくらいで?私が生きて、住んでる間に…?
生きる意味(2)
皆さんは「生きる意味」をどんなふうに考えていらっしゃるでしょうか、「余り意識していない」「分からない」という方も多いかもしれません。或いはそういうことを考えなくてすむほど満たされて過ごしている方もいることでしょう。
私は若い頃、「生きる意味などない、生まれたから生きているだけ」と思ったり、「人生は不条理だ」と思ったり、否定的な思いがありました。でも好きなことをして、充実感を感じて生きたい、とも思いました。そんな中でいくつかの挫折をしながら今の仕事、活動に至ったわけですが、今も難しい課題を抱えて過ごしている中で、ふっと「ヒマラヤが見える山の中腹で、一日中、ヒマラヤが、日の光で変化して行くのを(朝、夕は茜に映えたり)眺めていたい」思ったりします。悠久の中にいる自分の存在を味わえるかなと思います。
また私も高齢になってきて「後何年生きられるだろうか」と思う時「死は無になること」という思いもあり、怖さを感じたりしますが、宇宙の始まりから今まで原子、分子が生命となってぼう大な時間の中で進化し、人間が生まれ、私が生まれた、そうしたつながりの中の一つの輪に自分がいて、死は宇宙の原子、分子に戻るのだから無ではない、とも思ったりします。
或いは仕事などに精一杯頑張っている自分に、逆にゆっくりと自分の体を、呼吸を味わい、聞こえてくる島の声を感じる時、“生”の実感を味わえるかもしれません(座禅がそんな感じでしょうか)
おいしいものを食べた時、好きな音楽を聴いている時、庭の花を眺めている時などささいなことに幸せ感を味わい、生きる意味を感じるということもあります。
あるお母さんに生きる意味を尋ねたら、「生きていてよかった」と思えること、「楽しし」と感じること、を大切に生きたい、との答でした。「こう思う前は、他の人の目、評価を気にして心の安らぎもなく過ごしていたが、子どもがひきこもるようになって、気づかされた」とのことです。
高度成長期は、成功、沢山働いて、沢山収入を得ること、そして社会から認められることが、生きる意味のように思われていましたが、それには適応できない人が多く出て来て、少しは見直されて来ているようですが、まだまだ、根強くあります。
働いていない、働けない青年は「自分は社会から認められない、それは自分には生きる意味がないことなのだ」と思ってしまう場合が多い、と思います。「どんな人も生きる意味はあるのだ」と言っても簡単には同意できないでしょう。
自分の存在を肯定的に感じることが根本にあることが必要かもしれません。でもどうしたら、存在を肯定できるのか。人は社会一般的ではない人を否定しがちです。でも、存在そのものを誰が否定できるのでしょう。否定する権利はないように思います。
まわりの人がその人の存在を肯定する――状態全部を受け入れられなくても――ことはできないでしょうか。
そして、小さな楽しさを感じることの積み重ねが、自分を肯定し、生きる意味を感じさせるのかもしれません。青年の思いでのT.Nさんも言ってるように、しばしの間でも瞬間でも、楽しさや心地良さや嬉しさを感じることを大切にして。
引越しの準備を心がけていたものの、やっぱり細々したものが間に合わず、引越し屋さんが来てから、バタバタと追われながら箱につめたり、トラックに載らない、ということで多くの小さな家具を残して処分することになったり、2日にわたって奮闘し、何とか終わりました。(箱から出して整理するのはまだです)
色々なものを処分したものの、「とっておけばよかった」「早くから予想し、準備すればよかった」と後悔しきり!でも娘はそんなこともないので救われました。そして、こんな時でないと思い切りができないわけで。(母の残した寝具や、布きれや食器などが後から後から出て来て、大事にとっておく母の時代の生活がしのばれます)
そして約1日心を痛めたのは、猫を小平の家に連れて行ったものの、夜中に少し開けておいた窓から出て行ってしまい、朝気がついて家のまわりだけは名前を呼びましたが、応答がなく、そのまま今までの家に掃除に行きました。「新しい家の臭いも覚えないまま出て行ったから戻れないかもしれない。そういう縁なのだろうか。縁があったら戻ってくるだろう」と話し合いました。ところが夜遅く帰ってみるとドアのそばにいるではありませんか。「縁があったのだ」と3人で大喜び!
さて、1階の私の部屋を少し整理し、朝、雪見障子から外を見てみようと、障子を上げたのですが、少しの草木と前の家の壁ばかり。船橋の家とは大違いです。船橋の家は23年住み、木々が育って、窓からは緑ばかりが見えて、それに慣れていたのですが。小平の家も草木を植えたら育って緑いっぱいになるだろう、どのくらいで?私が生きて、住んでる間に…?
生きる意味(2)
皆さんは「生きる意味」をどんなふうに考えていらっしゃるでしょうか、「余り意識していない」「分からない」という方も多いかもしれません。或いはそういうことを考えなくてすむほど満たされて過ごしている方もいることでしょう。
私は若い頃、「生きる意味などない、生まれたから生きているだけ」と思ったり、「人生は不条理だ」と思ったり、否定的な思いがありました。でも好きなことをして、充実感を感じて生きたい、とも思いました。そんな中でいくつかの挫折をしながら今の仕事、活動に至ったわけですが、今も難しい課題を抱えて過ごしている中で、ふっと「ヒマラヤが見える山の中腹で、一日中、ヒマラヤが、日の光で変化して行くのを(朝、夕は茜に映えたり)眺めていたい」思ったりします。悠久の中にいる自分の存在を味わえるかなと思います。
また私も高齢になってきて「後何年生きられるだろうか」と思う時「死は無になること」という思いもあり、怖さを感じたりしますが、宇宙の始まりから今まで原子、分子が生命となってぼう大な時間の中で進化し、人間が生まれ、私が生まれた、そうしたつながりの中の一つの輪に自分がいて、死は宇宙の原子、分子に戻るのだから無ではない、とも思ったりします。
或いは仕事などに精一杯頑張っている自分に、逆にゆっくりと自分の体を、呼吸を味わい、聞こえてくる島の声を感じる時、“生”の実感を味わえるかもしれません(座禅がそんな感じでしょうか)
おいしいものを食べた時、好きな音楽を聴いている時、庭の花を眺めている時などささいなことに幸せ感を味わい、生きる意味を感じるということもあります。
あるお母さんに生きる意味を尋ねたら、「生きていてよかった」と思えること、「楽しし」と感じること、を大切に生きたい、との答でした。「こう思う前は、他の人の目、評価を気にして心の安らぎもなく過ごしていたが、子どもがひきこもるようになって、気づかされた」とのことです。
高度成長期は、成功、沢山働いて、沢山収入を得ること、そして社会から認められることが、生きる意味のように思われていましたが、それには適応できない人が多く出て来て、少しは見直されて来ているようですが、まだまだ、根強くあります。
働いていない、働けない青年は「自分は社会から認められない、それは自分には生きる意味がないことなのだ」と思ってしまう場合が多い、と思います。「どんな人も生きる意味はあるのだ」と言っても簡単には同意できないでしょう。
自分の存在を肯定的に感じることが根本にあることが必要かもしれません。でもどうしたら、存在を肯定できるのか。人は社会一般的ではない人を否定しがちです。でも、存在そのものを誰が否定できるのでしょう。否定する権利はないように思います。
まわりの人がその人の存在を肯定する――状態全部を受け入れられなくても――ことはできないでしょうか。
そして、小さな楽しさを感じることの積み重ねが、自分を肯定し、生きる意味を感じさせるのかもしれません。青年の思いでのT.Nさんも言ってるように、しばしの間でも瞬間でも、楽しさや心地良さや嬉しさを感じることを大切にして。
2010/06/02
正しい行動から愉しい行動へ
5月末、内外の社会情勢、ニュースを見聞きするにつれ、心が重くなります。沖縄の基地問題は沖縄の人々を“裏切る”決着になりそうです。韓国と北朝鮮の関係も険悪な状態になって来ました。
青年たち(男女)も苦しみからなかなか抜け出せない…。(かなり抜け出している青年もいますが)
先月号では「光と影」について述べました。世間一般が認めているものを“光”とし、個々にはどうしても起きてしまうが、一般には認められないものを“影”として、人生には両方ある――それを受け入れられれば、精神的な苦しみは弱まるのではないか…。
一人の青年が感想を送ってくれました。(「青年の思い」に載せました)「子供の頃に親から“光と影”の両方があることを教えてくれていたら、もっと素直に生きられたのに。でも気づいた時から、本当の意味での「生きる」が始まる…」と。
“光”については他の言葉で言えば「世間一般が言うことは“正しい”とする」ことだと言えるでしょう。正しいか、正しくないかを基準に考えてできるだけ“正しい”ことをすべきだ、と子供の頃から植えつけられて来ました。つまり他の人たちの評価を第一に考えてしまう。個々には能力的なもの、気質的なもの、環境的なものが違うわけで、いつも誰でもみんなに認められることができるわけではありません。それなのに、日本人は真面目で勤勉な国民性があって、「努力すればできる、頑張ればできる」と言われがちです。
真面目であればあるほど、それができない自分を責め、それが精神的な病を引き起こしたりします。
他から認められる、評価される“正しい”行動をしよう――ということは2月号でも述べた、他者報酬追求型行動(生き方)と言えます。そしてそれに対して自分を自分で認め、自分がしたいことをする。自分が愉しいことをする、という自己報酬追求型行動(生き方)があります。
本能で生きている動物や文明が素朴であった時代は、他者報酬追求型行動と自己報酬追求型行動の区別はなかったと思います。でも、現在はとても複雑になって来ました。考えてみれば皆が“正しい”と言っても、100人が100人同じ考えではないし、同じことができるわけではない、無理があります。“正しい”と思われる行動よりも、自分がしたいこと“愉しい”と思うことをする――という方向に向かえば、苦しさ、しんどさは弱まると思います。
それに気づいた青年がいます。職場の同僚と同じように働けない自分を責め、そのようにさせた(と思う)親を責め、そしてまた、親を責める自分を責める、そしてその辛さから過食に走り、またそういう自分を責めてしまう――という悪循環の中にいた、青年。でも、自分は“正しい”ことばかりしようとしている、でも、人と同じにできなくてもよい、できない自分を責めないで自分のために、自分が愉しい思いをするために行動する、働く、生きる――と考えるようになり、悪循環から抜け出しつつあります。
また、親が子供に「アルバイトくらいできるでしょう、なぜ働かないの?」と言ったりする場合もよくありますが、大人になるまでの過程や、働いた体験から、人がこわい、特に職場の人間関係や集団の中で過ごすことに苦痛、恐怖を感じる、ことがなかなか理解できません。世間が認める働き方、生き方しか“正しい”と思えない…
生きる意味
テレビで社会学者の上田紀行さんが話した言葉にはっとしました。
今、日本の社会は不況であり、自殺者も多い。でもそれは経済的不況よりも、「生きる意味の不況」の方が重大だというのです。経済の高度成長期は「よく勉強し、いい学校にはいり、いい会社に勤め、高い給料をもらって、豊かな生活をする」という生きる意味を持てた。でも今はそれを持てない、そして、それに代わる生きる意味がみつからない――というわけです。上田さんが学生に聞いたところ、半数が、「自分は使い捨ての存在」と言ってるそうです。
それぞれがそれぞれの生きる意味が持てる“生きる意味の自由、自立”が大切、そして、それを可能にする社会の支えが必要だ、様々な意味で弱さを持った人に対して、何としても支え切る社会のシステムが必要だ――とも言っています。
ある青年が「納得できるような生きる意味が見つかったら、自分は動けるだろう」と言った言葉を思い出します。
彼は高校生の時に学校の行事のための集団活動が非常に苦痛になって来て「自分はサラリーマンにはなれない、でもサラリーマン以外の働き方を知らない」:と絶望的になったそうです。「サラリーマンとしてお金のために頑張り、競争し、豊かな生活をする」という一般的な価値志向(生きる意味)に違和感を感じたようです。
その後、アルバイトをしましたが、なじめず、だんだん辛くなり、頑張ろうとしても仕事も続かず、働けなくなって、家にいるわけですが、「中学生、高校生の頃に、サラリーマンだけでなく、色々な職業があり、色々な生きる意味があることを教えてくれたら、学ぶことができていたら」とも言っています。
それぞれが自分の“生きる意味”が持てる社会、ハンディがあっても、障害があったり、老人になり、自分の力だけでは動けなくなっても、社会が支える、社会に、人に助けられながらも、自分の存在の意味を感じられる――という社会であったら!
老後も、人に援助を受けて生活しながらも、「迷惑をかけているから愉しんではいけない」と思わないで、「愉しんでいいんだ」と思える社会。そして、生活保護なども、「迷惑をかけるから受けない」と無理をしないで、弱さを持った人を助ける、お互いに助け合うことが同意される社会であってほしい、と思います。
ある青年の場合、幼い頃から、精神的な弱さを持った母親を助けてあげたい、と思いながら生きて来て、成人して母親と2人の生活を何とか支えて来たのですが、自分も様々な葛藤の中で心の病いを持ち、でも経済的には働かなければならないと頑張って来て、限界に来ている状態になっています。社会制度の援助を受けて働くことを休むか少くして、ゆっくりして愉しさも感じる生活をしてほしい、と思うのですが、抵抗があるようです。頑張ること、母親を支えることに生きる意味を感じていたからかもしれません。自分を大切にするような「生きる意味」に変えられたら、と思います。
青年たち(男女)も苦しみからなかなか抜け出せない…。(かなり抜け出している青年もいますが)
先月号では「光と影」について述べました。世間一般が認めているものを“光”とし、個々にはどうしても起きてしまうが、一般には認められないものを“影”として、人生には両方ある――それを受け入れられれば、精神的な苦しみは弱まるのではないか…。
一人の青年が感想を送ってくれました。(「青年の思い」に載せました)「子供の頃に親から“光と影”の両方があることを教えてくれていたら、もっと素直に生きられたのに。でも気づいた時から、本当の意味での「生きる」が始まる…」と。
“光”については他の言葉で言えば「世間一般が言うことは“正しい”とする」ことだと言えるでしょう。正しいか、正しくないかを基準に考えてできるだけ“正しい”ことをすべきだ、と子供の頃から植えつけられて来ました。つまり他の人たちの評価を第一に考えてしまう。個々には能力的なもの、気質的なもの、環境的なものが違うわけで、いつも誰でもみんなに認められることができるわけではありません。それなのに、日本人は真面目で勤勉な国民性があって、「努力すればできる、頑張ればできる」と言われがちです。
真面目であればあるほど、それができない自分を責め、それが精神的な病を引き起こしたりします。
他から認められる、評価される“正しい”行動をしよう――ということは2月号でも述べた、他者報酬追求型行動(生き方)と言えます。そしてそれに対して自分を自分で認め、自分がしたいことをする。自分が愉しいことをする、という自己報酬追求型行動(生き方)があります。
本能で生きている動物や文明が素朴であった時代は、他者報酬追求型行動と自己報酬追求型行動の区別はなかったと思います。でも、現在はとても複雑になって来ました。考えてみれば皆が“正しい”と言っても、100人が100人同じ考えではないし、同じことができるわけではない、無理があります。“正しい”と思われる行動よりも、自分がしたいこと“愉しい”と思うことをする――という方向に向かえば、苦しさ、しんどさは弱まると思います。
それに気づいた青年がいます。職場の同僚と同じように働けない自分を責め、そのようにさせた(と思う)親を責め、そしてまた、親を責める自分を責める、そしてその辛さから過食に走り、またそういう自分を責めてしまう――という悪循環の中にいた、青年。でも、自分は“正しい”ことばかりしようとしている、でも、人と同じにできなくてもよい、できない自分を責めないで自分のために、自分が愉しい思いをするために行動する、働く、生きる――と考えるようになり、悪循環から抜け出しつつあります。
また、親が子供に「アルバイトくらいできるでしょう、なぜ働かないの?」と言ったりする場合もよくありますが、大人になるまでの過程や、働いた体験から、人がこわい、特に職場の人間関係や集団の中で過ごすことに苦痛、恐怖を感じる、ことがなかなか理解できません。世間が認める働き方、生き方しか“正しい”と思えない…
生きる意味
テレビで社会学者の上田紀行さんが話した言葉にはっとしました。
今、日本の社会は不況であり、自殺者も多い。でもそれは経済的不況よりも、「生きる意味の不況」の方が重大だというのです。経済の高度成長期は「よく勉強し、いい学校にはいり、いい会社に勤め、高い給料をもらって、豊かな生活をする」という生きる意味を持てた。でも今はそれを持てない、そして、それに代わる生きる意味がみつからない――というわけです。上田さんが学生に聞いたところ、半数が、「自分は使い捨ての存在」と言ってるそうです。
それぞれがそれぞれの生きる意味が持てる“生きる意味の自由、自立”が大切、そして、それを可能にする社会の支えが必要だ、様々な意味で弱さを持った人に対して、何としても支え切る社会のシステムが必要だ――とも言っています。
ある青年が「納得できるような生きる意味が見つかったら、自分は動けるだろう」と言った言葉を思い出します。
彼は高校生の時に学校の行事のための集団活動が非常に苦痛になって来て「自分はサラリーマンにはなれない、でもサラリーマン以外の働き方を知らない」:と絶望的になったそうです。「サラリーマンとしてお金のために頑張り、競争し、豊かな生活をする」という一般的な価値志向(生きる意味)に違和感を感じたようです。
その後、アルバイトをしましたが、なじめず、だんだん辛くなり、頑張ろうとしても仕事も続かず、働けなくなって、家にいるわけですが、「中学生、高校生の頃に、サラリーマンだけでなく、色々な職業があり、色々な生きる意味があることを教えてくれたら、学ぶことができていたら」とも言っています。
それぞれが自分の“生きる意味”が持てる社会、ハンディがあっても、障害があったり、老人になり、自分の力だけでは動けなくなっても、社会が支える、社会に、人に助けられながらも、自分の存在の意味を感じられる――という社会であったら!
老後も、人に援助を受けて生活しながらも、「迷惑をかけているから愉しんではいけない」と思わないで、「愉しんでいいんだ」と思える社会。そして、生活保護なども、「迷惑をかけるから受けない」と無理をしないで、弱さを持った人を助ける、お互いに助け合うことが同意される社会であってほしい、と思います。
ある青年の場合、幼い頃から、精神的な弱さを持った母親を助けてあげたい、と思いながら生きて来て、成人して母親と2人の生活を何とか支えて来たのですが、自分も様々な葛藤の中で心の病いを持ち、でも経済的には働かなければならないと頑張って来て、限界に来ている状態になっています。社会制度の援助を受けて働くことを休むか少くして、ゆっくりして愉しさも感じる生活をしてほしい、と思うのですが、抵抗があるようです。頑張ること、母親を支えることに生きる意味を感じていたからかもしれません。自分を大切にするような「生きる意味」に変えられたら、と思います。
2010/05/09
光と影
4月は冬に逆戻りの日がくり返しましたが、5月を迎え、木々の新緑が光に映え、目にしみて、春は確実に訪れ、そして初夏に向かっているのを感じます。しばし心もなごやかに、ほっとするような感じになりますが、新緑を見ても、心が動かない、癒やされない人もいるだろう、道草の家の青年たち(20代、30代の男女)のことを考えます。
そして、最近、長谷川博一さん(カウンセラー、東海女子大学教授)の著書を何冊か読み、「ああそうなんだ、そうかもしれない」――と、私達の心、そして「なぜ苦しむのだろう」という問いへの答えが、かなり得られたように思います。悩み苦しみながら、「どうしたらいいか、どう考えたら心が落ちつくか」分からないまま、社会に出られない多くの青年たち、そしてその親の方たちのことを思いました。
それは、人には、人の生には、光と影があるのに、光ばかり求めて、それが得られない自分、影の部分がある自分を「ダメな人間だ」と思い、苦しみに陥るのではないか、と思うのです。
長谷川さんの本の中に、あるお坊さんの言葉として、木の葉が秋に落葉となる時、表を向けたり裏を向けたりしながらひらひらと舞い降りる、表だけ見せて落ちることはできない。人間の生も、表と裏があり、両方をみせながら生きるのがよい――とありました。そのことが長谷川さんがカウンセリングをした東ちづるさんの著書「<私>はなぜカウンセリングを受けたのか」に書かれています。
女優の他司会やコメンテーター、ボランティアなど多方面に活躍しているちづるさんが、一人になると、自責の念、自己嫌悪に陥り、虚しさ、さびしさに涙し、大声で叫びたくなる、死にたくなるという苦しみを抱えていたとは想像もしませんでした。
でも、30代半ばで、自分はAC(アダルトチルドレン)だったと気づきました。自分のことよりまわりに気を使い、“いい人”として生きて来た、自分の本当の気持ちを知ろうともせず、相手、まわりの期待に合わせてしまう…お母さん自身が、まわりの人、世間の人、家族にとって、いつも明るくしっかりした人でいることを一生懸命やって来て、それをちづるさんにも期待し、ちづるさんはそれに応えて、家でも学校でも“いい子”をやって来たわけです。相手の期待に「できない」とか「いやだ」とかも言うことなく。それはいつも“光”だけで生きようとして“影”を認めない、無理な生き方だったわけです。
また「子どもたちの『かすれた声』」の中では、「キレる」少年たち、ふつうの子がキレて(解離状態を起こし)犯罪を犯してしまうのも、自分の影の部分(「人と同じようにできない」とか、まわりから「ダメだ、ダメだ」と言われそれに反発できず自分も「ダメな自分」と思ってしまう)がふくらんで、自己否定感と、絶望感が爆発した、と言っています。女の子の場合、摂食障害やリストカットもそうした解離状態だとのことです。(みんなが「光」と「影」を認め、両面を生きることが大切なのに)
影を認めない社会
なぜそういうことが多くなったのでしょう。
一つは、社会全体が、進歩、発展とか高度成長に価値をおき、だれでも努力、頑張れば上昇できる――という風潮があって光の部分が強調されたのでは、と思います。「頑張る」ことに最大の価値があるような。(ちなみに外国では「頑張れ」という言葉はないそうです。強いて英語に訳せば「chin up」で「上を向け」「めげるな」「自信を持て」という意味
になる)
もう一つは、日本の伝統的な社会風潮として、「世間に合わせる」「人と協調する」ことを大切にしており、人と違ったり、一般的でないことを恥しいとか、いけないことに思ってしまう。そういう影の部分を認めない風潮があります。そしてそんな中で不登校、ひきこもっている、働いていない自分を「ダメな人間」と思って、それはまた、対人恐怖、神経症、うつなどの症状にもなって行きます。そして働く自信、意欲を奪います。
たとえば、子どもが小さい頃、一人遊びが好きなのを、「仲間と遊ばなければ」、という親の価値観があり、親は子どもを一生懸命、仲間と遊ばせようとした、子どもは自分の気持に合わないことを強いられ、でもそれが十分できないことに「自分はダメな人間なんだ」という思い、そのまま大人になる。いざ働こうとしても、働くことに恐怖を感じる。でも親は「自分が頑張って来た、頑張って働けたのだから、子どもも頑張れば働けるはず」という思いから抜けられない。親子の溝は埋まらない…。
私のことを言えば、母は完璧主義、「失敗してはいけない」という思いが強く、私も「失敗することはいけないことだ」という価値観を植えつけられたように思います。でも、性格的にのんびりしているので、母の言うことをきちんきちんとはできず、頑張ることもできず、いわゆる“いい子”にはなりませんでした。ただコンプレックスばかり強くなり、悩むことが多くなりました。それでも社会に出られたのは、時代がのんびりしていたことと、幼い頃は親の干渉も少なく、友達と自由に遊び、友達関係を作る力がついていたからだと思います。でもこの頃も、「うまくいかないのでは」とか「失敗したのでは」と思って、ゆううつ感をふーっと感じる時があります。
これが、本人が完璧主義で頑張り屋の気質があれば、まわりもそういうことを評価するという現代の風潮の中で(学校が特に)完璧にしよう、頑張ろうとする気持が助長されます。でもそれは続かず力がつきる、でも完璧であることを求め失敗をする自分を責めて苦しむ、という状態になる場合もあります。
或いは、親がまわり、世間に合わせ、協調する生き方をして来ても生き辛くなかった場合、同じ様に子どもにそれを期待してしまった時、性格的にも時代的にも同じでないので、子どもは内向的で繊細のため、主体的に人と関われず、「人を傷つけないよう」という思いも強くなる、そして人と関われない自分をダメな人間だと自己否定感が強くなる…
人間は、「できないことも、失敗することもある」「まわりと違うことも多い」。光に照らされることばかりではないはず、「不登校だった」「働いていない」「通院している」など、多数派ではない、影の部分を認めない社会、――そしてそれを感じて自己否定感に陥っている青年たち。
青年たちは、様々な力、知性も感性も豊か、表現力、器用さもあります。ですから、自己否定感から抜け出せれば、仕事もできるように思います。それには、生きていく中には光ばかりでなく影の部分があるのが自然なのだ、人と違っても、失敗しても、それは自然なことなのだ――と思えることではないでしょうか。
そして、最近、長谷川博一さん(カウンセラー、東海女子大学教授)の著書を何冊か読み、「ああそうなんだ、そうかもしれない」――と、私達の心、そして「なぜ苦しむのだろう」という問いへの答えが、かなり得られたように思います。悩み苦しみながら、「どうしたらいいか、どう考えたら心が落ちつくか」分からないまま、社会に出られない多くの青年たち、そしてその親の方たちのことを思いました。
それは、人には、人の生には、光と影があるのに、光ばかり求めて、それが得られない自分、影の部分がある自分を「ダメな人間だ」と思い、苦しみに陥るのではないか、と思うのです。
長谷川さんの本の中に、あるお坊さんの言葉として、木の葉が秋に落葉となる時、表を向けたり裏を向けたりしながらひらひらと舞い降りる、表だけ見せて落ちることはできない。人間の生も、表と裏があり、両方をみせながら生きるのがよい――とありました。そのことが長谷川さんがカウンセリングをした東ちづるさんの著書「<私>はなぜカウンセリングを受けたのか」に書かれています。
女優の他司会やコメンテーター、ボランティアなど多方面に活躍しているちづるさんが、一人になると、自責の念、自己嫌悪に陥り、虚しさ、さびしさに涙し、大声で叫びたくなる、死にたくなるという苦しみを抱えていたとは想像もしませんでした。
でも、30代半ばで、自分はAC(アダルトチルドレン)だったと気づきました。自分のことよりまわりに気を使い、“いい人”として生きて来た、自分の本当の気持ちを知ろうともせず、相手、まわりの期待に合わせてしまう…お母さん自身が、まわりの人、世間の人、家族にとって、いつも明るくしっかりした人でいることを一生懸命やって来て、それをちづるさんにも期待し、ちづるさんはそれに応えて、家でも学校でも“いい子”をやって来たわけです。相手の期待に「できない」とか「いやだ」とかも言うことなく。それはいつも“光”だけで生きようとして“影”を認めない、無理な生き方だったわけです。
また「子どもたちの『かすれた声』」の中では、「キレる」少年たち、ふつうの子がキレて(解離状態を起こし)犯罪を犯してしまうのも、自分の影の部分(「人と同じようにできない」とか、まわりから「ダメだ、ダメだ」と言われそれに反発できず自分も「ダメな自分」と思ってしまう)がふくらんで、自己否定感と、絶望感が爆発した、と言っています。女の子の場合、摂食障害やリストカットもそうした解離状態だとのことです。(みんなが「光」と「影」を認め、両面を生きることが大切なのに)
影を認めない社会
なぜそういうことが多くなったのでしょう。
一つは、社会全体が、進歩、発展とか高度成長に価値をおき、だれでも努力、頑張れば上昇できる――という風潮があって光の部分が強調されたのでは、と思います。「頑張る」ことに最大の価値があるような。(ちなみに外国では「頑張れ」という言葉はないそうです。強いて英語に訳せば「chin up」で「上を向け」「めげるな」「自信を持て」という意味
になる)
もう一つは、日本の伝統的な社会風潮として、「世間に合わせる」「人と協調する」ことを大切にしており、人と違ったり、一般的でないことを恥しいとか、いけないことに思ってしまう。そういう影の部分を認めない風潮があります。そしてそんな中で不登校、ひきこもっている、働いていない自分を「ダメな人間」と思って、それはまた、対人恐怖、神経症、うつなどの症状にもなって行きます。そして働く自信、意欲を奪います。
たとえば、子どもが小さい頃、一人遊びが好きなのを、「仲間と遊ばなければ」、という親の価値観があり、親は子どもを一生懸命、仲間と遊ばせようとした、子どもは自分の気持に合わないことを強いられ、でもそれが十分できないことに「自分はダメな人間なんだ」という思い、そのまま大人になる。いざ働こうとしても、働くことに恐怖を感じる。でも親は「自分が頑張って来た、頑張って働けたのだから、子どもも頑張れば働けるはず」という思いから抜けられない。親子の溝は埋まらない…。
私のことを言えば、母は完璧主義、「失敗してはいけない」という思いが強く、私も「失敗することはいけないことだ」という価値観を植えつけられたように思います。でも、性格的にのんびりしているので、母の言うことをきちんきちんとはできず、頑張ることもできず、いわゆる“いい子”にはなりませんでした。ただコンプレックスばかり強くなり、悩むことが多くなりました。それでも社会に出られたのは、時代がのんびりしていたことと、幼い頃は親の干渉も少なく、友達と自由に遊び、友達関係を作る力がついていたからだと思います。でもこの頃も、「うまくいかないのでは」とか「失敗したのでは」と思って、ゆううつ感をふーっと感じる時があります。
これが、本人が完璧主義で頑張り屋の気質があれば、まわりもそういうことを評価するという現代の風潮の中で(学校が特に)完璧にしよう、頑張ろうとする気持が助長されます。でもそれは続かず力がつきる、でも完璧であることを求め失敗をする自分を責めて苦しむ、という状態になる場合もあります。
或いは、親がまわり、世間に合わせ、協調する生き方をして来ても生き辛くなかった場合、同じ様に子どもにそれを期待してしまった時、性格的にも時代的にも同じでないので、子どもは内向的で繊細のため、主体的に人と関われず、「人を傷つけないよう」という思いも強くなる、そして人と関われない自分をダメな人間だと自己否定感が強くなる…
人間は、「できないことも、失敗することもある」「まわりと違うことも多い」。光に照らされることばかりではないはず、「不登校だった」「働いていない」「通院している」など、多数派ではない、影の部分を認めない社会、――そしてそれを感じて自己否定感に陥っている青年たち。
青年たちは、様々な力、知性も感性も豊か、表現力、器用さもあります。ですから、自己否定感から抜け出せれば、仕事もできるように思います。それには、生きていく中には光ばかりでなく影の部分があるのが自然なのだ、人と違っても、失敗しても、それは自然なことなのだ――と思えることではないでしょうか。
2010/04/21
貧しい国 豊かな国
母が亡くなって1年半、小じんまりした家に引っ越すことになり家具や、衣類、食器類などの整理に追われてる日々を過ごしています。使われてない(進物の)食器も沢山あり、どう処分したらよいか、また子どもたちが残した本や子ども文庫をした時の本も沢山あり、余り古く汚れてしまった本はリサイクルに出すとしても、簡単には廃棄できず、それを選別するにも時間がかかります。溢れてしまった“物”に、使われない物に囲まれてしまったことを痛感します。
そんな、すっきりしない気持、また、青年たちも、様々な状態で苦しんでいるのを感じる日々。過去のことを思い出して(ふっと浮かんでしまう)苦しい思い、うつの気分になってしまったり、強迫観念と戦う日々苦しさに耐えていたり経済的に厳しく、不安定な気分を抱えながら働かざるを得ない青年。
そして、外(日本の社会)に目を向ければ、年間3万人以上の自殺者そして、孤独死の老人・・・
こんなことを(いつもではありませんが)感じている時「インパラの朝」(中村安希、集英社)という本に出会い、一気に読み、“生きることの本質”について考えさせられました。
これは27才の女性が約2年かけて、東南アジアから中近東そしてアフリカに一人旅(バックパッカー)をした記録ですが、観光旅行ではなくその国の人々のふつうの庶民の、暮らしを体験したい、というものでした。
私がまず、驚いたのは、どの国の人々も、前からの知り合いのように声をかけ、家に招き、ご馳走をし、宿泊もさせたりもしたこと。外国の人を警戒もせず、最初からの友達のように、家族のように扱う、誰にも、裏表なく、接することができる人間信頼感!
彼女(著者)は、自分は女性だからかもしれない、と言ってますが、以前、ある青年から、トルコなど中近東を一人旅した時、街などですれちがった、現地の人が、自宅の食事に誘ってくれた、と言い、「中東を旅してる時は、現地の人々は裏表がない。気持が安らいでいた。モスクなどにも誘われて、お祈りの場にいたが、違和感はなかった。でも日本に帰ると、人に意地悪されている思いになって人が怖くなる、とても働く気にならない」と言っていました。男性でも、旅人を歓迎してくれるようです。
彼女がイランにはいった時、誘ってくれたイラン人に「テロなどこわいイメージがあるのだけど」という言葉に「外国にはそういうイメージしか伝わってないようだけど、私たちは仲良く、楽しくくらしている。私たちの生活を知ってほしい」との答えでした。アフリカに渡ってからの旅、エチオピア、ケニアなどの東アフリカ、ザンビア、南アフリカなどの南アフリカ、ガーナ、ニジェールなどの西アフリカ、そして、サハラを北上しモロッコへ…という実に沢山の国々をバスやトロッコの列車、そしてヒッチハイクのトラックなどに乗って旅した訳ですが、いつも、バスなどで一緒になった人が、あるいは、通りで出会った人が困っているのを助けてくれ、何泊もさせ、ご馳走をしてくれたり、次の行先のための交通手段を考えて手配してくれたり、それも殆んど無償で。
それを読むにつれ、私たちは見ず知らずの人にそんなことはできない、国民同志でも助け合う気持は低く、格差が広がり、“貧困”という言葉が日常的に出て来る日本。物に溢れ、飲食も衣類などもまだまだぜいたく、でも本当に困っている人を救えない。将来への不安は殆んどの国民は持っている…。アフリカと日本はどちらが貧しい国か、どちらが豊かな国か…。彼女の言葉は印象的です。(まとめると)
「私はアフリカへ行って貧困と向き合い、現地の惨状を確認し世界に現状を知らせ、アフリカの貧困の撲滅を訴え、慈愛に溢れる発想を示すはずだった。けれど、あてがはずれた。なぜなら予想していた貧困が思うように見つからなかった、人々は不幸な顔をしてなかった。
アフリカは教える場所ではなくて、教えれくれる場所。助けてあげる対象ではなく、助けてくれる人々だった・・・
アフリカは小さな声で、小さなその手で、助けてくれた。迷い込んだサバンナで、体力の尽きた路地裏で、意味も分からず乗り込んだバスや、暗くなった街角で、私に多くの暖かい手をアフリカはいつも差し伸べてきた」
感動した本、癒されるアニメ…
青年の集いでは、笑いの絶えない楽しい会話がなされたり、今自分が抱えている悩みが話されたり(それへのみんなの思いが語られる)様々なことが話し合われます。
先日は、自分の好きなアニメ、ストーリーに感動した、ということが話されました。「その主人公の思いがけない死の場面から、『自分は死んではいけない、生きなければいけない、苦しくても』という思いになった。原作者に『ありがとう』と言いたいけど、手紙ではなく、実際に会って伝えたい。それは、もっと自分が成長してから」。一つのアニメ、映画、一冊の本、マンガが、見る人に読む人に生きる勇気を与えてくれる――すばらしいと思いました。
私も本が好きでよく読みます。心が癒されるものもあれば、心の問題や社会問題をより理解できるようなものもあります。
家の本を整理しながら、「この本は読んだ時感動したな。もう一度読んでみたい」という本にいくつも出会いました。内容のくわしいことは覚えてませんが「よかったな」とう思いは残っています。今後「不登校クラス」が始まった時、子どもたちに読んでほしい、と思い、道草の家の方に移そうと思ってます。そして出歩けなくなった老後も本を読みながら過ごせば、退屈しないでしょう。
絵本は、短く、すぐ読めますが、少ない言葉の中に、絵の中に作者の凝縮された思いが伝わってきます。
私の子どもの頃は、終戦前後で子どものための本もあまりなく、また買ってもらえず、私の子どもが、子どもの頃に私が子ども会の役員になった時「子ども文庫」を作ろうという案が出て、各家から本を持ちよって「子ども文庫」を作りました。その時、絵本や童話に目覚めました。
絵本や童話を読むと、心が癒されたり、豊かになった気持になります。現実には起こり得ないことも、自然に感じます。動物が話す、違う種の動物が話し合ったり、人間と動物が話をしあったり、助け合ったりします。勧善懲悪ではないけど、人間同志もこうなれるのではないか、こうなりたい…というものを感じます。或いは、自然の豊かさ、親と子の思いやり(動物の形のも多い)、友だちへの思いやり、旅人への思いやり、本来は人間、親子や、訪れる人と信じ合える、助け合える、思いやれるものではないか、そして楽しくすごせるものでは?――アフリカの人々のように――という思いにさせられます。
そんな、すっきりしない気持、また、青年たちも、様々な状態で苦しんでいるのを感じる日々。過去のことを思い出して(ふっと浮かんでしまう)苦しい思い、うつの気分になってしまったり、強迫観念と戦う日々苦しさに耐えていたり経済的に厳しく、不安定な気分を抱えながら働かざるを得ない青年。
そして、外(日本の社会)に目を向ければ、年間3万人以上の自殺者そして、孤独死の老人・・・
こんなことを(いつもではありませんが)感じている時「インパラの朝」(中村安希、集英社)という本に出会い、一気に読み、“生きることの本質”について考えさせられました。
これは27才の女性が約2年かけて、東南アジアから中近東そしてアフリカに一人旅(バックパッカー)をした記録ですが、観光旅行ではなくその国の人々のふつうの庶民の、暮らしを体験したい、というものでした。
私がまず、驚いたのは、どの国の人々も、前からの知り合いのように声をかけ、家に招き、ご馳走をし、宿泊もさせたりもしたこと。外国の人を警戒もせず、最初からの友達のように、家族のように扱う、誰にも、裏表なく、接することができる人間信頼感!
彼女(著者)は、自分は女性だからかもしれない、と言ってますが、以前、ある青年から、トルコなど中近東を一人旅した時、街などですれちがった、現地の人が、自宅の食事に誘ってくれた、と言い、「中東を旅してる時は、現地の人々は裏表がない。気持が安らいでいた。モスクなどにも誘われて、お祈りの場にいたが、違和感はなかった。でも日本に帰ると、人に意地悪されている思いになって人が怖くなる、とても働く気にならない」と言っていました。男性でも、旅人を歓迎してくれるようです。
彼女がイランにはいった時、誘ってくれたイラン人に「テロなどこわいイメージがあるのだけど」という言葉に「外国にはそういうイメージしか伝わってないようだけど、私たちは仲良く、楽しくくらしている。私たちの生活を知ってほしい」との答えでした。アフリカに渡ってからの旅、エチオピア、ケニアなどの東アフリカ、ザンビア、南アフリカなどの南アフリカ、ガーナ、ニジェールなどの西アフリカ、そして、サハラを北上しモロッコへ…という実に沢山の国々をバスやトロッコの列車、そしてヒッチハイクのトラックなどに乗って旅した訳ですが、いつも、バスなどで一緒になった人が、あるいは、通りで出会った人が困っているのを助けてくれ、何泊もさせ、ご馳走をしてくれたり、次の行先のための交通手段を考えて手配してくれたり、それも殆んど無償で。
それを読むにつれ、私たちは見ず知らずの人にそんなことはできない、国民同志でも助け合う気持は低く、格差が広がり、“貧困”という言葉が日常的に出て来る日本。物に溢れ、飲食も衣類などもまだまだぜいたく、でも本当に困っている人を救えない。将来への不安は殆んどの国民は持っている…。アフリカと日本はどちらが貧しい国か、どちらが豊かな国か…。彼女の言葉は印象的です。(まとめると)
「私はアフリカへ行って貧困と向き合い、現地の惨状を確認し世界に現状を知らせ、アフリカの貧困の撲滅を訴え、慈愛に溢れる発想を示すはずだった。けれど、あてがはずれた。なぜなら予想していた貧困が思うように見つからなかった、人々は不幸な顔をしてなかった。
アフリカは教える場所ではなくて、教えれくれる場所。助けてあげる対象ではなく、助けてくれる人々だった・・・
アフリカは小さな声で、小さなその手で、助けてくれた。迷い込んだサバンナで、体力の尽きた路地裏で、意味も分からず乗り込んだバスや、暗くなった街角で、私に多くの暖かい手をアフリカはいつも差し伸べてきた」
感動した本、癒されるアニメ…
青年の集いでは、笑いの絶えない楽しい会話がなされたり、今自分が抱えている悩みが話されたり(それへのみんなの思いが語られる)様々なことが話し合われます。
先日は、自分の好きなアニメ、ストーリーに感動した、ということが話されました。「その主人公の思いがけない死の場面から、『自分は死んではいけない、生きなければいけない、苦しくても』という思いになった。原作者に『ありがとう』と言いたいけど、手紙ではなく、実際に会って伝えたい。それは、もっと自分が成長してから」。一つのアニメ、映画、一冊の本、マンガが、見る人に読む人に生きる勇気を与えてくれる――すばらしいと思いました。
私も本が好きでよく読みます。心が癒されるものもあれば、心の問題や社会問題をより理解できるようなものもあります。
家の本を整理しながら、「この本は読んだ時感動したな。もう一度読んでみたい」という本にいくつも出会いました。内容のくわしいことは覚えてませんが「よかったな」とう思いは残っています。今後「不登校クラス」が始まった時、子どもたちに読んでほしい、と思い、道草の家の方に移そうと思ってます。そして出歩けなくなった老後も本を読みながら過ごせば、退屈しないでしょう。
絵本は、短く、すぐ読めますが、少ない言葉の中に、絵の中に作者の凝縮された思いが伝わってきます。
私の子どもの頃は、終戦前後で子どものための本もあまりなく、また買ってもらえず、私の子どもが、子どもの頃に私が子ども会の役員になった時「子ども文庫」を作ろうという案が出て、各家から本を持ちよって「子ども文庫」を作りました。その時、絵本や童話に目覚めました。
絵本や童話を読むと、心が癒されたり、豊かになった気持になります。現実には起こり得ないことも、自然に感じます。動物が話す、違う種の動物が話し合ったり、人間と動物が話をしあったり、助け合ったりします。勧善懲悪ではないけど、人間同志もこうなれるのではないか、こうなりたい…というものを感じます。或いは、自然の豊かさ、親と子の思いやり(動物の形のも多い)、友だちへの思いやり、旅人への思いやり、本来は人間、親子や、訪れる人と信じ合える、助け合える、思いやれるものではないか、そして楽しくすごせるものでは?――アフリカの人々のように――という思いにさせられます。
2010/03/06
心のことは割り切れない
「心のことは割りきれない、十分には理解できないことが多い」と思うのですが、どうでしょうか。
薬が日々開発され、病気(体の)治療も日に日に進んでるような感がします。体の病気も、心、精神と結びついていて、“薬だけで”とは言えませんが、薬の効果はかなりあると思います。
そして、「精神的な病気も薬で直る」と思いがちですが、(特に身近にそういう人と接してない人は)、非常に複雑であり、難しさを感じます。科学的に論理的には割り切れない“心”を大切にして来なかった“つけ”が――科学が発達しても――今来ているのかと思います。
私たちのように、居場所を開いたりして社会復帰を目指しているプロなのに、なぜ青年たちを“働く方向に”持って行かれないのか――を疑問を持つ方もいるようですが、青年たちと接していると、そう簡単ではないと感じます。
皆「働きたい、働けるようになりたい」と思ってます。でもそれは、ほど遠いことのように思ったり、また、「一歩勇気を出せば」と思ってもその一歩が出なかったり、ということがあります。働くことを考える以前に日々過ごすことの辛さ(精神的な不安定さ、――不安、うつ、いらいらなど)と闘っている青年もいます。調子がいい時は出てくるのですが。
さらに、対人恐怖が強く、働くことが大変でも、経済的にどうしても働かなければならない、と頑張っている青年もいます。それよりも、働かない自分を許せない、働かないで毎日家にいてゆっくりすることもできない(「ゆっくりして病気を直したら?」と言うのですが)という、複雑な気持を抱いているのです。つめて働くことはストレスがたまり無理なので1日おきぐらいに働いて、障害者年金などで補うものがあるといいのですが、成人した後、年金を払えなかったので、障害者年金はもらえない状況です。
過去のことを色々と後悔したり、働けない自分を責めたり、今の自分をダメだと思ったり、また人と接する中でも、傷つくことが多く、否定されるのではないか、と言う不安を抱いている青年たち、先に述べたように、何げない話を楽しくしたり、悩みを分かち合ったり、そして、積極的に心を癒す心理療法の必要性も感じるこの頃です。
和田ミトリ
薬が日々開発され、病気(体の)治療も日に日に進んでるような感がします。体の病気も、心、精神と結びついていて、“薬だけで”とは言えませんが、薬の効果はかなりあると思います。
そして、「精神的な病気も薬で直る」と思いがちですが、(特に身近にそういう人と接してない人は)、非常に複雑であり、難しさを感じます。科学的に論理的には割り切れない“心”を大切にして来なかった“つけ”が――科学が発達しても――今来ているのかと思います。
私たちのように、居場所を開いたりして社会復帰を目指しているプロなのに、なぜ青年たちを“働く方向に”持って行かれないのか――を疑問を持つ方もいるようですが、青年たちと接していると、そう簡単ではないと感じます。
皆「働きたい、働けるようになりたい」と思ってます。でもそれは、ほど遠いことのように思ったり、また、「一歩勇気を出せば」と思ってもその一歩が出なかったり、ということがあります。働くことを考える以前に日々過ごすことの辛さ(精神的な不安定さ、――不安、うつ、いらいらなど)と闘っている青年もいます。調子がいい時は出てくるのですが。
さらに、対人恐怖が強く、働くことが大変でも、経済的にどうしても働かなければならない、と頑張っている青年もいます。それよりも、働かない自分を許せない、働かないで毎日家にいてゆっくりすることもできない(「ゆっくりして病気を直したら?」と言うのですが)という、複雑な気持を抱いているのです。つめて働くことはストレスがたまり無理なので1日おきぐらいに働いて、障害者年金などで補うものがあるといいのですが、成人した後、年金を払えなかったので、障害者年金はもらえない状況です。
過去のことを色々と後悔したり、働けない自分を責めたり、今の自分をダメだと思ったり、また人と接する中でも、傷つくことが多く、否定されるのではないか、と言う不安を抱いている青年たち、先に述べたように、何げない話を楽しくしたり、悩みを分かち合ったり、そして、積極的に心を癒す心理療法の必要性も感じるこの頃です。
和田ミトリ
思ってもできないことがある
科学が発達し、近代化社会になり、科学的に――科学で全て分かるわけではないのですが、――計算して、計画をたて、実行すれば、努力すれば計画通りに物ができる、という考えにもとずき、生産性が高まり、高度経済成長期が続きました。その中で病気に対する薬も開発されて来ました。
努力すれば、計画が達成できる、成功する――という考えは、人々の中に浸透して、今の中高年は、そうした中で頑張って来て、高度成長を支えて来ました。今はバブルもはじけ、反省も出て来ましたが、でも、努力、頑張ることが大切だ、という思いは根強くあるように思います。
「なぜ働かないのか」「働こうとしないのか」(働きたくても働く場がない現状とは別にして)ニートやひきこもる青年に対し、疑問を感じる人も多いと思います。特に父親は、働くのは当然と思って来ましたし、外との交流を断ち、親にも心を閉ざす子どもを、或いは外に出られても、働こうとしない子どもをなかなか理解できない。また、男女問わず、仕事のことだけでなく、日常生活の中でも、人間関係などにも、頑張って、努力して、思うことができた人は、「やってみればいいのに」「やってみないとできるかどうか分からないのに」と思いがちです。
私は「思うことが、思ってもできないことがいっぱいある」という感じで生きて来た様に思います。例えば人前で緊張して話せない(高校生の時、英語など当てられても、ささやくような声しか出なく、隣に座っていた男子に「蚊のなくような声で聞こえない」と言われました)、ぼーっとしていて気がつかない、気配りができない、勉強会でも発言できない…などここには気質、性格の問題(失敗を怖れる、傷つきやすさ、など。)もあるかもしれません。そして、それは育ち方も影響しているかもしれません。
和田ミトリ
心の悩みを分かち合う
雪が降った2月でしたが、蕗のとうが、道草の家の崖にも生え出しました。スタッフの山元さんが摘んできて、すぐに天ぷらにして、青年たちと味わいました。うすみどり色、少し苦く、そして何とも言えない香りが、春をつげているように感じました。
去年から、休んでいた青年(女性たち)もまた参加するようになり、話も広がり嬉しく思います。
去年は明るく話をし、聞き役をしていた青年が、自分の辛い気持を話し、涙も見せたのを、他の青年たちが、「ここは悩みを話せる場、辛い気持をそのまま出してもいい場」そして「自分も辛い時がよくあるので、〇〇さんの気持が分かる、話してくれて嬉しい」などと言い、道草の家が心の悩み、辛さを分かち合える場であることを、青年たちが再確認させてくれました。具体的にすぐ解決策が出なくても、辛さがすぐなくならなくても、仲間やスタッフの共感によって、分かち合うことによって、辛さを少し柔らげることができるでしょう。
はっきりしたトラウマだったら、それを取り除く心理療法がありますが、継続的な不安感、恐怖感、対人恐怖などは、それを取り除くのは、簡単ではありません。でも仲間、スタッフとたわいのない話をしたり、時々は自分の悩みを話すことで、「楽しかった!」という気持、そして悩みなども受けとめてくれて「人は信頼できるのだ」「信頼できる人もいる」と思えれば、対人恐怖なども少しづつ薄らいでいくと思います。
でもまた、こうした集りに参加できない青年たちの問題があります。
和田ミトリ
去年から、休んでいた青年(女性たち)もまた参加するようになり、話も広がり嬉しく思います。
去年は明るく話をし、聞き役をしていた青年が、自分の辛い気持を話し、涙も見せたのを、他の青年たちが、「ここは悩みを話せる場、辛い気持をそのまま出してもいい場」そして「自分も辛い時がよくあるので、〇〇さんの気持が分かる、話してくれて嬉しい」などと言い、道草の家が心の悩み、辛さを分かち合える場であることを、青年たちが再確認させてくれました。具体的にすぐ解決策が出なくても、辛さがすぐなくならなくても、仲間やスタッフの共感によって、分かち合うことによって、辛さを少し柔らげることができるでしょう。
はっきりしたトラウマだったら、それを取り除く心理療法がありますが、継続的な不安感、恐怖感、対人恐怖などは、それを取り除くのは、簡単ではありません。でも仲間、スタッフとたわいのない話をしたり、時々は自分の悩みを話すことで、「楽しかった!」という気持、そして悩みなども受けとめてくれて「人は信頼できるのだ」「信頼できる人もいる」と思えれば、対人恐怖なども少しづつ薄らいでいくと思います。
でもまた、こうした集りに参加できない青年たちの問題があります。
和田ミトリ
2010/02/12
愛の欲求
1月は活動開始が遅かったせいか、あっという間に過ぎ、もう2月です。梅の蕾も開き始めました。
しばらく遠ざかっていた青年も、久し振りに青年の集いに参加できるようになり、また新しく来所した青年も仲間に迎えられ、割合自然に集いの中にいられたようでほっとしています。でも一方では、調子が悪くなり、12月、1月と参加がなかった青年もいます。なかなか連絡が取れない青年もいて心配です。
親の会でも子どもの将来が見通せない、どう関わっていいか分からない――という話が多く出ます。私も、関わっている青年が、不安定な気持で苦しんでいるのを、どう関わっていいか分からず、考えると胸がひきしまるような感じがします。
親の方達も、子どもの将来、自分がいなくなった後のことを考えると、どんなに不安を感じることでしょう。でも多くの方が、穏やかに話しておられます。私だったら不安でいっぱいになってしまいそうなのに。
でも、とても苦しんでいる方もおられます。
そうした苦しみはどうして起こるのでしょう。親としての子どもに対する心配、不安は当然ですが、それだけではなく、他の人、世間の人たちが、自分たちの親を、ダメな親と非難しているという、思いがあるからではないでしょうか。それが一層、苦しさを増しているように思います。人に認められたい欲求は誰にでもあり、その欲求が満たされず、認めてもらえないことが苦しさになってしまう。それは子どもを愛する気持を邪魔することになりかねません。
どうしたらいいか、どう考えたらいいか・・・
人間が生き続けるための欲求として、大きく2種類に分けられます。一つは生理的、身体的欲求(食欲、性欲、睡眠欲など)の一次的欲求と、それが満たされた社会での心理社会的欲求、心の欲求の二次的欲求があります。
それが不足している場合を図示すると(宗像SAT療法)次のようです。
(図)
そして、宗像氏は心の欲求を「愛の欲求」と呼び、(この欲求が充たされないと、恐れ、怒り、悲しみ、苦しみなどの二次的情動が生まれる)本質的欲求として3つの欲求をあげています。
①慈愛願望欲求(愛されたい欲求):他者に自分の欲求を無条件に充足されることで満足する欲求。
②自己信頼欲求(自分を愛したい欲求):自分で自分の欲求を充足することで満足する欲求。
③自分が他者の欲求を無条件に充足することで満足する欲求。
「人に愛されないと自分を愛することができず、自分を愛することができないと、人を愛することができない」という原則があります。
親の方は心の中では「できれば子どもを無条件に愛したい」という気持はあると思います。でも、「子どもがひきこもってるような親はダメな親で社会、人からは認められない」と思って苦しみます。その苦しみは子どもを否定することになり、その思いは子どもに伝わり、子ども自身も自分を否定して一層動けなくなる――ことも考えられます。
とは言え、私たち日本人にはまわりに合わせ、世間を気にする風潮がありますし、私たちは親に十分に愛され、認められてその欲求を満たして育った、と言える人は少ないと思います。
では、どうしたらいいか…人から認められなくても、“自分を認め愛する”ようになるには、親の会などで分かり合える仲間の中で認め合う、ということも大事だと思いますが、自分が好きなこと、楽しいことをすることによって自分を愛することができる脳の仕組みがあります。そして自分を愛することができれば、人を愛する方向に向かうことができるでしょう。
他者報酬追求型生き方と自己報酬追求型生き方
「青年の思い」の中でも青年たちが言ってるように、青年たちも、「人から認められたい」「社会から認められたい」という思いが強く、傷つき易さもそうしたところから来てることが大きいように思います。競争社会の中で、人との比較に敏感になってるところもあり(繊細な気質もありますが)、不登校だったコンプレックスなどが強かったりして、なかなか自分を認められません。
親や周りから十分に愛され、認められなかった、ということもありますが、近代社会・産業社会、生産をいかに多く効率よく行えるか、ということが期待され、他者からの評価が中心の社会の影響も大きいと思います。つまり他者報酬型生き方(他者報酬で、認められたい、愛されたいという心の欲求を充足しようとする生き方―SAT理論から)です。そこではどうしても人と比較してしまい、上には上もあり多くの人から賞賛される人はごく限られた人ですし、なかなか自分を認めるようにはなりません。
他者からの報酬を期待するのではない、自己報酬追求型生き方(自分を愉しみ、他者を愉しむ満足感という自己報酬を追及する生き方)に方向を変えることが大切だと思います。現在は情報化社会に移って来ており、近代社会での他者報酬追求型生き方は行きづまって来ております。今の社会で他者報酬で生きられる人はごく少数ですし、それを求めることは、生き辛さにつながるように思います。生き方、方向を変えるのは、なかなか難しいと思いますが、そうしたことを2月13日(土)の「生きることを考える会」で話し合えればと思います。
(参考文献「SAT療法を学ぶ」金子書房)
和田ミトリ
しばらく遠ざかっていた青年も、久し振りに青年の集いに参加できるようになり、また新しく来所した青年も仲間に迎えられ、割合自然に集いの中にいられたようでほっとしています。でも一方では、調子が悪くなり、12月、1月と参加がなかった青年もいます。なかなか連絡が取れない青年もいて心配です。
親の会でも子どもの将来が見通せない、どう関わっていいか分からない――という話が多く出ます。私も、関わっている青年が、不安定な気持で苦しんでいるのを、どう関わっていいか分からず、考えると胸がひきしまるような感じがします。
親の方達も、子どもの将来、自分がいなくなった後のことを考えると、どんなに不安を感じることでしょう。でも多くの方が、穏やかに話しておられます。私だったら不安でいっぱいになってしまいそうなのに。
でも、とても苦しんでいる方もおられます。
そうした苦しみはどうして起こるのでしょう。親としての子どもに対する心配、不安は当然ですが、それだけではなく、他の人、世間の人たちが、自分たちの親を、ダメな親と非難しているという、思いがあるからではないでしょうか。それが一層、苦しさを増しているように思います。人に認められたい欲求は誰にでもあり、その欲求が満たされず、認めてもらえないことが苦しさになってしまう。それは子どもを愛する気持を邪魔することになりかねません。
どうしたらいいか、どう考えたらいいか・・・
人間が生き続けるための欲求として、大きく2種類に分けられます。一つは生理的、身体的欲求(食欲、性欲、睡眠欲など)の一次的欲求と、それが満たされた社会での心理社会的欲求、心の欲求の二次的欲求があります。
それが不足している場合を図示すると(宗像SAT療法)次のようです。
(図)
そして、宗像氏は心の欲求を「愛の欲求」と呼び、(この欲求が充たされないと、恐れ、怒り、悲しみ、苦しみなどの二次的情動が生まれる)本質的欲求として3つの欲求をあげています。
①慈愛願望欲求(愛されたい欲求):他者に自分の欲求を無条件に充足されることで満足する欲求。
②自己信頼欲求(自分を愛したい欲求):自分で自分の欲求を充足することで満足する欲求。
③自分が他者の欲求を無条件に充足することで満足する欲求。
「人に愛されないと自分を愛することができず、自分を愛することができないと、人を愛することができない」という原則があります。
親の方は心の中では「できれば子どもを無条件に愛したい」という気持はあると思います。でも、「子どもがひきこもってるような親はダメな親で社会、人からは認められない」と思って苦しみます。その苦しみは子どもを否定することになり、その思いは子どもに伝わり、子ども自身も自分を否定して一層動けなくなる――ことも考えられます。
とは言え、私たち日本人にはまわりに合わせ、世間を気にする風潮がありますし、私たちは親に十分に愛され、認められてその欲求を満たして育った、と言える人は少ないと思います。
では、どうしたらいいか…人から認められなくても、“自分を認め愛する”ようになるには、親の会などで分かり合える仲間の中で認め合う、ということも大事だと思いますが、自分が好きなこと、楽しいことをすることによって自分を愛することができる脳の仕組みがあります。そして自分を愛することができれば、人を愛する方向に向かうことができるでしょう。
他者報酬追求型生き方と自己報酬追求型生き方
「青年の思い」の中でも青年たちが言ってるように、青年たちも、「人から認められたい」「社会から認められたい」という思いが強く、傷つき易さもそうしたところから来てることが大きいように思います。競争社会の中で、人との比較に敏感になってるところもあり(繊細な気質もありますが)、不登校だったコンプレックスなどが強かったりして、なかなか自分を認められません。
親や周りから十分に愛され、認められなかった、ということもありますが、近代社会・産業社会、生産をいかに多く効率よく行えるか、ということが期待され、他者からの評価が中心の社会の影響も大きいと思います。つまり他者報酬型生き方(他者報酬で、認められたい、愛されたいという心の欲求を充足しようとする生き方―SAT理論から)です。そこではどうしても人と比較してしまい、上には上もあり多くの人から賞賛される人はごく限られた人ですし、なかなか自分を認めるようにはなりません。
他者からの報酬を期待するのではない、自己報酬追求型生き方(自分を愉しみ、他者を愉しむ満足感という自己報酬を追及する生き方)に方向を変えることが大切だと思います。現在は情報化社会に移って来ており、近代社会での他者報酬追求型生き方は行きづまって来ております。今の社会で他者報酬で生きられる人はごく少数ですし、それを求めることは、生き辛さにつながるように思います。生き方、方向を変えるのは、なかなか難しいと思いますが、そうしたことを2月13日(土)の「生きることを考える会」で話し合えればと思います。
(参考文献「SAT療法を学ぶ」金子書房)
和田ミトリ
2010/01/21
明けましておめでとうございます
昨年は社会情勢が激しく揺れ、環境問題も厳しく、不安に満ちた一年でした。
今年も、それがどう変わるか、どう変えて行くのか、先の見通しのない年明けになりました。
社会の渦にひきこまれずに(無視するという意味でなく)、自分の生活を、青年たちやまわりの人々との関わりの中で、気持が明るくなるような、できるだけのこと、できることをして共に生きたいと思います。
若者もそうでない者もまだ発揮してない力があるはずです。その可能性を信じながら。
スタッフ一同
新しい年をむかえて
新しい年になりました。1月1日、今年はどんな年になるのでしょう。
本当に、社会の情勢のことを考えれば、不安と、私には何もできない無力感を感じます。でも私たちは社会情勢の中にいるものの、全てがそれに重なるわけではなく、個人の生活、精神的な生活、人と人との交わり、芸術や創造的なものを楽しむ生活、自然との交わりなど、人間として、根源的なもの、古来から受けついで来たものが、あるように思います。
そういう意味で、新しい年に、自分にとっても、まわりの人、気になっている人にとってもいい方向に向かう期待を胸に感じます。
苦しんでる人に苦しみがやわらぐように、絶望と諦めに陥っている人に「そんなに絶望しなくてもいい、みんなでお互いに支え合えばいいのだから」と言いたい気持ちです。(年の始めだから、気軽に言えるのでしょうが)
宮沢賢治の「雨にも負けず」を思い出します。こんなふうに悩んでる人、悲しんでる人に声をかけ、話を聴き、慰め、一緒に労働し(手伝って)困っている人を助けられたらどんなにいいでしょう。でも今の日本は非常に複雑になってしまって、心も複雑になってしまって、どういう言葉がいいのか、探さなければなりません。悩みが軽そうに見える場合も、他人にはなかなか理解できないところがあるでしょう。(「親の会」でも話されました)。そして、思いつめてしまって「未来も、今までと同じようにうまく行かないに違いない、苦しいに違いない」と思うのも人間故のことでしょう。
人間の想像力
人間は動物と違って、先のことを想像する力があります。
前にも書きましたが、日照りが続くことを予想して、そのための準備をすることができます。でも悪い方ばかり想像して、不安におびえ、意欲をなくしてしまうこともあります。良い想像をして「~したい」「~になりたい」という希望を持ち、「できそうだ」と思って、意欲が出て、それに向かうこともできるし、絶望して「これからの自分はダメだ。何もできない」と想像すれば意欲も出ません。人間は良いほうにも悪い方にも想像する、想像力がある故にやっかいな動物と言えるかもしれません。
新しい年に「今年は何かできそうだ、いい年になりそうだ」と期待を、意識してでも持ってほしいと思います。肯定的に、プラスの方向に考えれば、脳の働きも活発になり、意欲も出るし、一方否定的にばかり考えれば、脳の働きは鈍くなり、ますますネガティブになり、うつにもなります。(脳の仕組みについて書かれた本は沢山出ています)
また、今の生き辛さ、思うように動けない、なども、無意識に過去の体験の記憶に捕われていることがあり、それを良い体験の記憶に変える心理療法もあります。SAT療法――「おきてしまったいやな体験を自分の力で乗り越える」と言うことをイメージする、そのイメージが実際の体験の記憶と入れ変わるというものです。想像力の力が生かされるのです。) 新しい年への期待
そこで、道草の家でも新しいことをしたいと思います。(9頁にあるような)「不登校クラス開設」は理事の渡部美佐子さんの発案ですが、道草の家に来ている青年の多くが、不登校を経験しており、学校に行けなくなった時、十分なケアがあったら、引きこもりまでにはならなかったのでは、とかねがね思っていました。(渡部さんは、千葉市、市原市の適応指導教室で指導員を10年ほどしています)
「生きいき生きるためのカウンセリング講座」は、私が以前にカウンセラー養成講座の講師をしていた体験から、カウンセラーにならなくてもカウンセリングマインドを身につけることで、生きやすくなり、人間関係もよくなる、と思っていましたので、啓蒙活動とPR活動の意味もあり、実施したいと思います。(協同募金助成金の申請もしてます)
「パソコン修理室開設」は青年が「パソコン関係の仕事をしたいと思っても、短時間で週3、4日の仕事はなかなか見つからない。パソコンの修理は、自宅で自分のペースで出来る、と聞いたので、道草の家でやってくれないか」という要望があり、他の青年も「人が大勢いる所では、緊張して働けないので、道草の家でのパソコン修理だったら是非やりたい」と言いますので、開設できれば、と思います。ただし、それを担当する、運営してくれるボランティアの方がいれば、のことです。お知り合いの方でもいらっしゃらないでしょうか。見つかるまで呼びかけたいと思います。
働いている者にとっても話せる場を
昨年の暮れ、思いがけない青年が訪れました。5、6年前に数回青年の集いに参加した青年、お母さんからは、派遣の仕事で他の県に行っていると聞いてました。「覚えてますか」と聞かれてぼんやりした記憶でしたが、だんだんと名前と参加してた頃の彼を思い出しました。派遣切りに会った話は「青年の集い」(6頁)にまとめてありますが、考えされられたのは、「派遣の厳しさ、派遣切りのひどさ」と「働いている者にとっても、悩みを話せる場、聞いてくれる仲間が必要だ」ということです。具体的な解決に至らなくても。でも欲を言えば、仕事ができなくなった時の経済問題や、就労を一緒に考え、つきそってくれるボランティアの方がいれば、と強く思います。
和田ミトリ
今年も、それがどう変わるか、どう変えて行くのか、先の見通しのない年明けになりました。
社会の渦にひきこまれずに(無視するという意味でなく)、自分の生活を、青年たちやまわりの人々との関わりの中で、気持が明るくなるような、できるだけのこと、できることをして共に生きたいと思います。
若者もそうでない者もまだ発揮してない力があるはずです。その可能性を信じながら。
スタッフ一同
新しい年をむかえて
新しい年になりました。1月1日、今年はどんな年になるのでしょう。
本当に、社会の情勢のことを考えれば、不安と、私には何もできない無力感を感じます。でも私たちは社会情勢の中にいるものの、全てがそれに重なるわけではなく、個人の生活、精神的な生活、人と人との交わり、芸術や創造的なものを楽しむ生活、自然との交わりなど、人間として、根源的なもの、古来から受けついで来たものが、あるように思います。
そういう意味で、新しい年に、自分にとっても、まわりの人、気になっている人にとってもいい方向に向かう期待を胸に感じます。
苦しんでる人に苦しみがやわらぐように、絶望と諦めに陥っている人に「そんなに絶望しなくてもいい、みんなでお互いに支え合えばいいのだから」と言いたい気持ちです。(年の始めだから、気軽に言えるのでしょうが)
宮沢賢治の「雨にも負けず」を思い出します。こんなふうに悩んでる人、悲しんでる人に声をかけ、話を聴き、慰め、一緒に労働し(手伝って)困っている人を助けられたらどんなにいいでしょう。でも今の日本は非常に複雑になってしまって、心も複雑になってしまって、どういう言葉がいいのか、探さなければなりません。悩みが軽そうに見える場合も、他人にはなかなか理解できないところがあるでしょう。(「親の会」でも話されました)。そして、思いつめてしまって「未来も、今までと同じようにうまく行かないに違いない、苦しいに違いない」と思うのも人間故のことでしょう。
人間の想像力
人間は動物と違って、先のことを想像する力があります。
前にも書きましたが、日照りが続くことを予想して、そのための準備をすることができます。でも悪い方ばかり想像して、不安におびえ、意欲をなくしてしまうこともあります。良い想像をして「~したい」「~になりたい」という希望を持ち、「できそうだ」と思って、意欲が出て、それに向かうこともできるし、絶望して「これからの自分はダメだ。何もできない」と想像すれば意欲も出ません。人間は良いほうにも悪い方にも想像する、想像力がある故にやっかいな動物と言えるかもしれません。
新しい年に「今年は何かできそうだ、いい年になりそうだ」と期待を、意識してでも持ってほしいと思います。肯定的に、プラスの方向に考えれば、脳の働きも活発になり、意欲も出るし、一方否定的にばかり考えれば、脳の働きは鈍くなり、ますますネガティブになり、うつにもなります。(脳の仕組みについて書かれた本は沢山出ています)
また、今の生き辛さ、思うように動けない、なども、無意識に過去の体験の記憶に捕われていることがあり、それを良い体験の記憶に変える心理療法もあります。SAT療法――「おきてしまったいやな体験を自分の力で乗り越える」と言うことをイメージする、そのイメージが実際の体験の記憶と入れ変わるというものです。想像力の力が生かされるのです。) 新しい年への期待
そこで、道草の家でも新しいことをしたいと思います。(9頁にあるような)「不登校クラス開設」は理事の渡部美佐子さんの発案ですが、道草の家に来ている青年の多くが、不登校を経験しており、学校に行けなくなった時、十分なケアがあったら、引きこもりまでにはならなかったのでは、とかねがね思っていました。(渡部さんは、千葉市、市原市の適応指導教室で指導員を10年ほどしています)
「生きいき生きるためのカウンセリング講座」は、私が以前にカウンセラー養成講座の講師をしていた体験から、カウンセラーにならなくてもカウンセリングマインドを身につけることで、生きやすくなり、人間関係もよくなる、と思っていましたので、啓蒙活動とPR活動の意味もあり、実施したいと思います。(協同募金助成金の申請もしてます)
「パソコン修理室開設」は青年が「パソコン関係の仕事をしたいと思っても、短時間で週3、4日の仕事はなかなか見つからない。パソコンの修理は、自宅で自分のペースで出来る、と聞いたので、道草の家でやってくれないか」という要望があり、他の青年も「人が大勢いる所では、緊張して働けないので、道草の家でのパソコン修理だったら是非やりたい」と言いますので、開設できれば、と思います。ただし、それを担当する、運営してくれるボランティアの方がいれば、のことです。お知り合いの方でもいらっしゃらないでしょうか。見つかるまで呼びかけたいと思います。
働いている者にとっても話せる場を
昨年の暮れ、思いがけない青年が訪れました。5、6年前に数回青年の集いに参加した青年、お母さんからは、派遣の仕事で他の県に行っていると聞いてました。「覚えてますか」と聞かれてぼんやりした記憶でしたが、だんだんと名前と参加してた頃の彼を思い出しました。派遣切りに会った話は「青年の集い」(6頁)にまとめてありますが、考えされられたのは、「派遣の厳しさ、派遣切りのひどさ」と「働いている者にとっても、悩みを話せる場、聞いてくれる仲間が必要だ」ということです。具体的な解決に至らなくても。でも欲を言えば、仕事ができなくなった時の経済問題や、就労を一緒に考え、つきそってくれるボランティアの方がいれば、と強く思います。
和田ミトリ
2010/01/07
「道草の家」会報100号を迎えて
11月号を作っている時、青年から「12月でちょうど100号になりますよ。記念号にしたら?」と言われました。「あ、もう100号になるのだ、いつの間に!」毎月毎月、休まずにとにかく発行することだけを考えて来た8年4ヶ月です。
道草の家の活動を始めて1年たった時、(2001年9月)青年の集いに参加している青年から「たまにしか来られない青年や、こういう居場所に『行ってみたい』と思っている青年に、毎月のスケジュール表と、ちょっとした文、お誘いの文や感想などを載せたお便りを送ったら?」という提案があり、毎月お便りを出すことになりました。
しばらくは6頁でしたが3年ほど前から8頁になり、内容も豊富になりました。カットも最初はカット集からとっていましたが、イラストが描ける青年(女性が多い)が現れ、オリジナルなものになりました。内容とは特に関係なく描いてくれたものを、活字に打ち込まれた文や詩の間のスペースに組み入れて行くのが私の楽しみとなり、「これで今月号も出来た!」と心の中で叫びます。
とは言え、100号記念号としてどうしたらいいのか、十分考える余裕のないまま過ぎてしまい、ただ青年たち、特に仕事を始めたりして青年の集いにあまり来なくなった青年に呼びかけ、「私と道草の家」というようなテーマで書いて貰うように頼みました。親のかたにもお願いしました。数はそう多くはありませんが、嬉しい言葉を頂きました。
いいこともやなこともあった・・・
私の子どもより若い青年たちと日々接しているのですが、「自分の未来は考えられない」「自分は何もできない」「自分はこれから社会の中で生きられそうもない」「苦しみしか考えられない」など、絶望的になったり、諦めてしまっている青年がいます。
私の生きてきた年数の半分にも満たない、1/3にも満たない青年たちがこんなふうに思う…どんな言葉をかけたらいいのか、青年の心に響くような言葉は何か。思い悩みます。
わたしは思春期頃から、人と話すことに、判断することにコンプレックスを抱いてきました。色々と悩んで来ました。この頃になってやっと青年たちと話せる、親御さんとも話せるようになった(勿論、十分ではありませんが)と感じ、やっと成長したな、と思います。今だに大勢の前で話すのは苦手ですが。
青年たちの多くは、私の若い頃より表現力があるように思います。感性も知性も豊か…なのに絶望し、諦めてしまって「これからも同じ」「社会に出れば同じ苦しみを味わうことになる」と思ってしまう。・・・それだけ辛い、苦しい経験をした――ということかもしれませんが。
でもちょっとでも楽しいこと、嬉しいことはなかったでしょうか。私は失敗も多くし、苦い経験も沢山しました。挫折も何回となくしました。でもいいことも楽しいこともあったと思います。本が好きだったり映画が好きだったり、絵が好きだったり(観ることが中心)自然にひかれたり、好きなことが色々あったからかもしれません。
青年たちが、少しでも自分が好きなことして、これから楽しいことを嬉しいことを見つけて行かれるのではないかと思うのですが。
そして、人間色々の生き方があっていいはず。一般的な生き方でなくても人と比べないで、“楽しさ”を、小さなものでも、大事にしながら、自分の生き方を見つけてほしい、と思います。
(でも、簡単にそうは思えない――という青年の声が聞こえて来そうです。)
ただ、人は一生かけて成長するのではないでしょうか。社会に出ている人も、“成長した人”というわけではなく、色々と未熟な面があります。例えば感情が育ってない人が多いのを感じます。
本来の自分
人と交わりを避けている自分、人とうまく交われない自分、働いていない自分、働いていても思うようでない…をダメな人間として自分を責めている青年が多くいます。今の自分を受け入れられない…「ありのままの自分を受け入れることから動き出せる」とよく言われます。でも、ありのままの自分、ダメなところがあるのを受け入れられればいいですが、“もっとよく生きたい!もっと違う自分になりたい!”と思うのも自然です。精神的に落ちこんで動けなくなった時、そういう自分を責めていれば、ますます落ちこみ、動きがとれなくなってしまいます。悪循環。
人間には、色々な面があります。落ちこんでいる自分も自分の一部かもしれませんが、自分の生きいきした面が隠されてしまっているのだと思います。人間、生まれたばかりの赤ちゃんは、自分をダメな人間とは勿論思いませんし、自分の欲求のまま快、不快で、喜んだり、泣いたりします。赤ちゃん、幼児は生き生きと笑い泣き、怒り、そして自分で楽しいことを見つけて、遊びます。・・本来は人間はこのようではなかったのでしは?でも、文明が発達すればするほど、無邪気にすごす、ということは難しくなります。或いは、その国による社会風土、社会状況によっても。日本は精神的に生き辛さを感じる若者が多くなってるように思います。
本来の自分を取り戻してほしい!!
SAT療法に「未来自己イメージ法」「宇宙自己イメージ法」という本来の自分を感じる心理療法があります。SAT未来自己イメージ法は、大まかに言いますと、強力なスポンサーがいて、支援してもらえると仮定して、自分がやってみたい「愉しいこと、リラックスすること、幸せなこと、元気が出ること」をイメージしてみる。十分イメージして満足したら、自分に自信がつけるように、何かチャレンジするか、学習することをイメージする。自信がついた自分が十分イメージできた時、「フッと浮かぶ自己像(表情や服装や人柄など)が、“本来の自分”――というものです。
もっと自分でも、肯定できるような本来の自分、本当の自分がいるはずです。一緒に見つけませんか。
道草の家の活動を始めて1年たった時、(2001年9月)青年の集いに参加している青年から「たまにしか来られない青年や、こういう居場所に『行ってみたい』と思っている青年に、毎月のスケジュール表と、ちょっとした文、お誘いの文や感想などを載せたお便りを送ったら?」という提案があり、毎月お便りを出すことになりました。
しばらくは6頁でしたが3年ほど前から8頁になり、内容も豊富になりました。カットも最初はカット集からとっていましたが、イラストが描ける青年(女性が多い)が現れ、オリジナルなものになりました。内容とは特に関係なく描いてくれたものを、活字に打ち込まれた文や詩の間のスペースに組み入れて行くのが私の楽しみとなり、「これで今月号も出来た!」と心の中で叫びます。
とは言え、100号記念号としてどうしたらいいのか、十分考える余裕のないまま過ぎてしまい、ただ青年たち、特に仕事を始めたりして青年の集いにあまり来なくなった青年に呼びかけ、「私と道草の家」というようなテーマで書いて貰うように頼みました。親のかたにもお願いしました。数はそう多くはありませんが、嬉しい言葉を頂きました。
いいこともやなこともあった・・・
私の子どもより若い青年たちと日々接しているのですが、「自分の未来は考えられない」「自分は何もできない」「自分はこれから社会の中で生きられそうもない」「苦しみしか考えられない」など、絶望的になったり、諦めてしまっている青年がいます。
私の生きてきた年数の半分にも満たない、1/3にも満たない青年たちがこんなふうに思う…どんな言葉をかけたらいいのか、青年の心に響くような言葉は何か。思い悩みます。
わたしは思春期頃から、人と話すことに、判断することにコンプレックスを抱いてきました。色々と悩んで来ました。この頃になってやっと青年たちと話せる、親御さんとも話せるようになった(勿論、十分ではありませんが)と感じ、やっと成長したな、と思います。今だに大勢の前で話すのは苦手ですが。
青年たちの多くは、私の若い頃より表現力があるように思います。感性も知性も豊か…なのに絶望し、諦めてしまって「これからも同じ」「社会に出れば同じ苦しみを味わうことになる」と思ってしまう。・・・それだけ辛い、苦しい経験をした――ということかもしれませんが。
でもちょっとでも楽しいこと、嬉しいことはなかったでしょうか。私は失敗も多くし、苦い経験も沢山しました。挫折も何回となくしました。でもいいことも楽しいこともあったと思います。本が好きだったり映画が好きだったり、絵が好きだったり(観ることが中心)自然にひかれたり、好きなことが色々あったからかもしれません。
青年たちが、少しでも自分が好きなことして、これから楽しいことを嬉しいことを見つけて行かれるのではないかと思うのですが。
そして、人間色々の生き方があっていいはず。一般的な生き方でなくても人と比べないで、“楽しさ”を、小さなものでも、大事にしながら、自分の生き方を見つけてほしい、と思います。
(でも、簡単にそうは思えない――という青年の声が聞こえて来そうです。)
ただ、人は一生かけて成長するのではないでしょうか。社会に出ている人も、“成長した人”というわけではなく、色々と未熟な面があります。例えば感情が育ってない人が多いのを感じます。
本来の自分
人と交わりを避けている自分、人とうまく交われない自分、働いていない自分、働いていても思うようでない…をダメな人間として自分を責めている青年が多くいます。今の自分を受け入れられない…「ありのままの自分を受け入れることから動き出せる」とよく言われます。でも、ありのままの自分、ダメなところがあるのを受け入れられればいいですが、“もっとよく生きたい!もっと違う自分になりたい!”と思うのも自然です。精神的に落ちこんで動けなくなった時、そういう自分を責めていれば、ますます落ちこみ、動きがとれなくなってしまいます。悪循環。
人間には、色々な面があります。落ちこんでいる自分も自分の一部かもしれませんが、自分の生きいきした面が隠されてしまっているのだと思います。人間、生まれたばかりの赤ちゃんは、自分をダメな人間とは勿論思いませんし、自分の欲求のまま快、不快で、喜んだり、泣いたりします。赤ちゃん、幼児は生き生きと笑い泣き、怒り、そして自分で楽しいことを見つけて、遊びます。・・本来は人間はこのようではなかったのでしは?でも、文明が発達すればするほど、無邪気にすごす、ということは難しくなります。或いは、その国による社会風土、社会状況によっても。日本は精神的に生き辛さを感じる若者が多くなってるように思います。
本来の自分を取り戻してほしい!!
SAT療法に「未来自己イメージ法」「宇宙自己イメージ法」という本来の自分を感じる心理療法があります。SAT未来自己イメージ法は、大まかに言いますと、強力なスポンサーがいて、支援してもらえると仮定して、自分がやってみたい「愉しいこと、リラックスすること、幸せなこと、元気が出ること」をイメージしてみる。十分イメージして満足したら、自分に自信がつけるように、何かチャレンジするか、学習することをイメージする。自信がついた自分が十分イメージできた時、「フッと浮かぶ自己像(表情や服装や人柄など)が、“本来の自分”――というものです。
もっと自分でも、肯定できるような本来の自分、本当の自分がいるはずです。一緒に見つけませんか。
2009/11/16
秋、社会、青年
ひざの上に上がって心地よさそうにまるまっている猫、その暖かさ、手ざわりが嬉しい季節になりました。早や1ヶ月が過ぎ、もう11月、秋が深まって来ました。各地の紅葉のニュースを見ると、心が騒ぎます。
でも、社会は慌ただしく動いており、政権が変わって、みんなの期待の方向に進むというわけではなく、絶えず、ぶつかり合い、拒絶などの場面を見ると気が重くなります。
経済支援が貧困に苦しむ人々をすくい上げてくれること期待しましたが、そう簡単ではなく、将来の見通し、安心して過ごせる見通しはあやふやなもので、不安を感じてしまいます。
道草の家に時々来たり、電話で関わっている青年、母子家庭で母親は余り働けず、彼が何とか働かなければならない、精神的な不安定さを抱えながら必死に働いているのですが、やはり将来の不安はぬぐいようもありません。時給の安い職場で、年金も払う余裕もないまま、将来年金ももらえるわけではなく、でも「先のことを考えると不安でたまらない、でも考えても仕方ない。一日一日できることをやるしかない。できることで働くしかない」と言っています。私はせめて彼の話を聞くしかないのですが。
日本は経済的に豊かな先進国の上位にありながら、貧困家庭が増え、病院に行かれず、学校の保健室で治療してもらう子供たち、食事も給食一食でしかとれない子供たちのニュースを聞くにつれ、社会の矛盾を感じます。
スウェーデンなど北欧の国々は、教育費、医療費が無料で、老後のことも保障されています。それは、給料の多い人が税金の率も高く、給料の少ない人の分を補う形で保障は皆平等に受けられる――ということのようです。
微妙な心
「どこで間違ったのだろう」・・・と自分の生き辛さは、思うように働いて十分な収入を得て、安心して生活できる、とは程遠い今の生活、職場などでの人づき合いも、いつも自信がなく、気軽に話せる友だちがいない、今・・・「どこで、方向が違ってしまったのだろう」と思う青年がいます。
また、精神的に不安定で辛く、自由に外出もできない状態を「自分が悪いのだ、過去にもっと人と関わる生活をしていたら」と人を、家族を、社会を責めることなく、耐えている青年もいます。
道草の家に参加する青年たちは心の苦しさを抱えています。その程度、症状はそれぞれですし波があります。でも広い意味で社会に出ている青年たちは自信を持ち、心豊かに生きているかと思うと、そういう人は少いように思います。国際的な青年意識調査が時々あり、何年か前にそれを読んだことがありますが、正確には覚えていませんが、「自分に満足している」「将来に夢がある」「人の役立ちたいと思う」などにYESと答えた日本の青年は、他の国に比べて、非常に低かった!経済的にも文化的にも発展している日本なのに!と思います。
子供の頃から、「それでいいのよ」「よくやってるね」というような、その子を肯定するような言葉かけが、親や教師やまわりから少かったのでは?そして、子供の気持を大人の方からたずねることも少かったのでは、と思います。おとなしい子はおとなしいなりに、学力が遅れてる子はそれなりに、受けとめ、「一緒に遊ぼう」「一緒に学ぼう」という雰囲気がなかったのでは?経済成長重視と同じように、子どもたちにも「努力」「頑張る」「競争」「効果」を重視して来たように思います。
父親は“仕事一筋”が評価され、家族、子供と交わる余裕がなく、母親はそれを支えるのに精一杯、子どもの微妙な心、繊細さを理解できなかった――ということもあったのでは。
心豊かに過ごしたい
青年たちは、心の苦しさを抱え、波もありますが、青年の集いの時はなごやかに話をしています自分の悩みを聞いてほしい時もあり、嬉しかったことを話したり、好きな音楽を話したり。そして自分の好きな曲のMDなどを持って来てみんなで聴いています。
私など音楽にうとい方なので「こんな曲もあるのだ」と、世相を反映したり(社会の矛盾を訴えたり)、人生の不条理を訴えるような曲だったり…癒される感じのもの、元気づけられるもの、「共に生きよう」というメッセージを感じるもの…様々で、心が豊かになります。
そして、青年(今は女性ですが)たちに誘われて美術館や画廊めぐりをすることも楽しいひと時です。9月はディズニー映画の原画を描いたメアリーブレアの原画展を見に行きました。10月は銀座のポーラミュージアムで、世界の大画家の絵を見に行きました。(ゴッホ、ピカソ、モネ、セザンヌ、シャガールなど数は少ないですが、無料で見られ、得をした感じでした)そして銀座を歩いていた時に個展の看板があり、「面白そうね」と入ってみたものも、結構面白いものでした。
家にずーっといて、道草の家に来始めて2年位になる青年、映画館に行ったことも美術館に行ったこともなかったが、この頃、そういう所にも行きたい気持になった、――と言います。世の中には、面白いもの、楽しいもの、美しいものがあることに目覚める機会になれば、と思います。
和田ミトリ
でも、社会は慌ただしく動いており、政権が変わって、みんなの期待の方向に進むというわけではなく、絶えず、ぶつかり合い、拒絶などの場面を見ると気が重くなります。
経済支援が貧困に苦しむ人々をすくい上げてくれること期待しましたが、そう簡単ではなく、将来の見通し、安心して過ごせる見通しはあやふやなもので、不安を感じてしまいます。
道草の家に時々来たり、電話で関わっている青年、母子家庭で母親は余り働けず、彼が何とか働かなければならない、精神的な不安定さを抱えながら必死に働いているのですが、やはり将来の不安はぬぐいようもありません。時給の安い職場で、年金も払う余裕もないまま、将来年金ももらえるわけではなく、でも「先のことを考えると不安でたまらない、でも考えても仕方ない。一日一日できることをやるしかない。できることで働くしかない」と言っています。私はせめて彼の話を聞くしかないのですが。
日本は経済的に豊かな先進国の上位にありながら、貧困家庭が増え、病院に行かれず、学校の保健室で治療してもらう子供たち、食事も給食一食でしかとれない子供たちのニュースを聞くにつれ、社会の矛盾を感じます。
スウェーデンなど北欧の国々は、教育費、医療費が無料で、老後のことも保障されています。それは、給料の多い人が税金の率も高く、給料の少ない人の分を補う形で保障は皆平等に受けられる――ということのようです。
微妙な心
「どこで間違ったのだろう」・・・と自分の生き辛さは、思うように働いて十分な収入を得て、安心して生活できる、とは程遠い今の生活、職場などでの人づき合いも、いつも自信がなく、気軽に話せる友だちがいない、今・・・「どこで、方向が違ってしまったのだろう」と思う青年がいます。
また、精神的に不安定で辛く、自由に外出もできない状態を「自分が悪いのだ、過去にもっと人と関わる生活をしていたら」と人を、家族を、社会を責めることなく、耐えている青年もいます。
道草の家に参加する青年たちは心の苦しさを抱えています。その程度、症状はそれぞれですし波があります。でも広い意味で社会に出ている青年たちは自信を持ち、心豊かに生きているかと思うと、そういう人は少いように思います。国際的な青年意識調査が時々あり、何年か前にそれを読んだことがありますが、正確には覚えていませんが、「自分に満足している」「将来に夢がある」「人の役立ちたいと思う」などにYESと答えた日本の青年は、他の国に比べて、非常に低かった!経済的にも文化的にも発展している日本なのに!と思います。
子供の頃から、「それでいいのよ」「よくやってるね」というような、その子を肯定するような言葉かけが、親や教師やまわりから少かったのでは?そして、子供の気持を大人の方からたずねることも少かったのでは、と思います。おとなしい子はおとなしいなりに、学力が遅れてる子はそれなりに、受けとめ、「一緒に遊ぼう」「一緒に学ぼう」という雰囲気がなかったのでは?経済成長重視と同じように、子どもたちにも「努力」「頑張る」「競争」「効果」を重視して来たように思います。
父親は“仕事一筋”が評価され、家族、子供と交わる余裕がなく、母親はそれを支えるのに精一杯、子どもの微妙な心、繊細さを理解できなかった――ということもあったのでは。
心豊かに過ごしたい
青年たちは、心の苦しさを抱え、波もありますが、青年の集いの時はなごやかに話をしています自分の悩みを聞いてほしい時もあり、嬉しかったことを話したり、好きな音楽を話したり。そして自分の好きな曲のMDなどを持って来てみんなで聴いています。
私など音楽にうとい方なので「こんな曲もあるのだ」と、世相を反映したり(社会の矛盾を訴えたり)、人生の不条理を訴えるような曲だったり…癒される感じのもの、元気づけられるもの、「共に生きよう」というメッセージを感じるもの…様々で、心が豊かになります。
そして、青年(今は女性ですが)たちに誘われて美術館や画廊めぐりをすることも楽しいひと時です。9月はディズニー映画の原画を描いたメアリーブレアの原画展を見に行きました。10月は銀座のポーラミュージアムで、世界の大画家の絵を見に行きました。(ゴッホ、ピカソ、モネ、セザンヌ、シャガールなど数は少ないですが、無料で見られ、得をした感じでした)そして銀座を歩いていた時に個展の看板があり、「面白そうね」と入ってみたものも、結構面白いものでした。
家にずーっといて、道草の家に来始めて2年位になる青年、映画館に行ったことも美術館に行ったこともなかったが、この頃、そういう所にも行きたい気持になった、――と言います。世の中には、面白いもの、楽しいもの、美しいものがあることに目覚める機会になれば、と思います。
和田ミトリ
2009/10/01
エコをめぐって
地球温暖化、CO2削減、そしてエコのひっぱく性が叫ばれています。
戦前に生まれ、70年も生きていると、身のまわり、日本社会が目まぐるしく変わり、こうなるのも当然という気がします。
貧しい終戦前後から、高度成長期に移り、生産性を高めGNPを高め、物質的豊かさ、便利さが唯一の目標かのように突っ走ってしまいました。でも、高度成長の初期も、公害の問題が指摘されていました。海が埋めたてられ、工場がどんどん立ち、煤煙がむくむくと上げていて、「豊かになって行くだろうな」という思いと、このまま進むとどうなるのだろうという思いがありました。
私の子供の頃(終戦前から昭和30年頃)は今の便利なもの、電化製品などは、何もなく、よく過ごせたな、と今は思いますが、当時は、別に不便だとは思いませんでした。井戸水をポンプでくんだり、つるべでくんだり、手伝いもしましたが、そんなに苦になりませんでした。(大人は大変だったかも)
そして、おもちゃなど、既製品は少なく、その分工夫して遊びました。紙で作った着せ替え人形や、おままごとも、びんやかんのふた、茶わんのかけら、木の葉などで遊びました。小学校高学年になるとおままごとはしなくなりましたが6年生までままごとの道具をとっていて、友だちに「まだとってあるの」と笑われたことを思い出します。小学生の頃は、学校から帰った後、晩ごはんまで、友だちの家に行ったり、思いっきり遊べたと思います。田舎にいた頃は、バナナは高価なものでしたが、野いちご、ぐみ、桑の実をつみとって、その場でたべました。
私の子供たちの子供の頃は、ままごとセットやリカちゃんなども出て来ており、有り合せでなくてもよくなりました。まだ学習塾もそんなになく、よく遊んでいたと思います。姉弟で、また友だちとままごとをしたり、外でも鬼ごっこや、崖すべりなどしたりまだゲームもそんなに普及してなかったので、友だちとよく遊んでました。今の子どもたちは外で何をして遊ぶのでしょう。
千葉に移ってから、都心に向かう電車から見える乱立した高いビル群、このビルは永久に堅固に立っているわけではなく、劣化し、弱体化して行く、その時、どうなるのだろう、と恐怖を感じる時があります(その実例がニューヨーク貿易センタービルの崩壊でしたが)。ITも高度になり(私はついて行かれませんが)、物が豊かになり、非常に便利になりましたが、私たちの心は豊かになったでしょうか、<青年の思い>の所でも書きましたが「ゆっくりがいい」という仕事はないものでしょうか。“競争”にあわないゆっくりとした人や、上手く人づき合いが出来ない人など、流れに乗れない人たちを残して、突っ走ったのが今の社会の状況ではないかと思います。
私にできることはすでに道草の家の屋根に太陽光発電パネルをとりつけてますし、新しいものを買わない、ということぐらいしかないように思います。でも、私の勝手な希望ですが、日本は森林の占める割合が大きい、でも、手入れされずに放ってある森林が多い、間伐材を取り除いたりして、新しい木を植えたりして森林をよみがえさせればCO2削減につながる、でもそれをする人がとても少ない。青年たち、若者たちが、森を守り、森を育てる働きをしてくれたら!と思います。
感動する・・・
茂木健一郎氏の「感動する脳PHP文庫)が目にとまりました。そう言えば私はこの頃、「感動したい!」と意識しなくなったな、と思いました。私は結構“感動”を求めてた人間だった…疲れた時、虚しい時など感動的な映画を見たい、と思ったり、様々な絵画、静かなものから激しいもの、オーストラリアやアメリカなどの原住民の素朴で力強い絵を見に行ったりします。そこから今の生活、仕事のために学ぶわけではなく、映画も癒されるような穏やかな美しいものばかりではなく、過酷な生活をしている、必死に生きている子供たちの映画も見たりします。そういう映画は一層疲れるのに――私は感動を求めていたんだ、と思いました。
美しい!きれい!なども感動の言葉ですが、そうした言葉にはならないものを胸に感じる時、生きていることを肯定できる感じがします。私はそれを求めていたんだ、生きてることを肯定的に感じたい、そしてエネルギーがほしいんだ、と思います。私も含め、旅をしたい!と思う人も、新しいもの、美しいもの雄大なものに感動を求めているのだと思います。
茂木氏も言っています。「意欲を引き出すためにも、エネルギーを生み出すためにも、『感動する』ということが重要なファクターになる」感動する対象は、何も映画や絵画などの芸術、或いは雄大な風景だけではありません。身のまわりに沢山あります。
市川房枝さんだったと思いますが、100才位になっても「毎日10こ感動するものを見つける」と言っていました。道を歩いていても、道端に「こんな花が咲いている」とか「あの緑のはっぱの色はすてき」「あの雲は面白い形をしている」など新しい発見も一つの感動です。そう思えば、毎日新しいことに出会います。そこにささやかかもしれませんが感動が生まれます。昨日と違った何かを発見して「あ、きれい」「あ、いいな」「あ、面白いな」など、意識することで生まれるようにおもいます。
「美しいものに触れて感動する。新しい経験や発見に出会って感動する。その一瞬一瞬の積み重ねが人生を豊かにする」わけです。そして脳のメカニズムから見ても感動は能を活性化します、また「感動する脳」とういうのは鍛えれば鍛えるほどグレートアップするそうです。(年をとっても
さらに、何かに感動した時、まわりの人がそれを素晴らしいことだと後押ししてくれるか、否定されるかで、(その反応で)脳の働きは全く変わって来るそうです。映画館で同じ場面で涙を流したり、友だちと観て「あの場所は感動したね」などお互いに言い合うことで感動回路が強化され感動は何倍にもなることでしょう。
どんな小さな感動でもかまいません。ぜひまわりの人と共有してみませんか。
道草の家でも最近月1回「お好み焼きを食べよう」という会を作ってスタッフや青年が自分流のお好み焼きを作って、みんなで食べています。食べながら「おいしいね」と言い合ったりする時、ほんのささやかなものですが感動を分かち合って、ほんのちょっと生きるエネルギーを高めているように思います。
和田ミトリ
戦前に生まれ、70年も生きていると、身のまわり、日本社会が目まぐるしく変わり、こうなるのも当然という気がします。
貧しい終戦前後から、高度成長期に移り、生産性を高めGNPを高め、物質的豊かさ、便利さが唯一の目標かのように突っ走ってしまいました。でも、高度成長の初期も、公害の問題が指摘されていました。海が埋めたてられ、工場がどんどん立ち、煤煙がむくむくと上げていて、「豊かになって行くだろうな」という思いと、このまま進むとどうなるのだろうという思いがありました。
私の子供の頃(終戦前から昭和30年頃)は今の便利なもの、電化製品などは、何もなく、よく過ごせたな、と今は思いますが、当時は、別に不便だとは思いませんでした。井戸水をポンプでくんだり、つるべでくんだり、手伝いもしましたが、そんなに苦になりませんでした。(大人は大変だったかも)
そして、おもちゃなど、既製品は少なく、その分工夫して遊びました。紙で作った着せ替え人形や、おままごとも、びんやかんのふた、茶わんのかけら、木の葉などで遊びました。小学校高学年になるとおままごとはしなくなりましたが6年生までままごとの道具をとっていて、友だちに「まだとってあるの」と笑われたことを思い出します。小学生の頃は、学校から帰った後、晩ごはんまで、友だちの家に行ったり、思いっきり遊べたと思います。田舎にいた頃は、バナナは高価なものでしたが、野いちご、ぐみ、桑の実をつみとって、その場でたべました。
私の子供たちの子供の頃は、ままごとセットやリカちゃんなども出て来ており、有り合せでなくてもよくなりました。まだ学習塾もそんなになく、よく遊んでいたと思います。姉弟で、また友だちとままごとをしたり、外でも鬼ごっこや、崖すべりなどしたりまだゲームもそんなに普及してなかったので、友だちとよく遊んでました。今の子どもたちは外で何をして遊ぶのでしょう。
千葉に移ってから、都心に向かう電車から見える乱立した高いビル群、このビルは永久に堅固に立っているわけではなく、劣化し、弱体化して行く、その時、どうなるのだろう、と恐怖を感じる時があります(その実例がニューヨーク貿易センタービルの崩壊でしたが)。ITも高度になり(私はついて行かれませんが)、物が豊かになり、非常に便利になりましたが、私たちの心は豊かになったでしょうか、<青年の思い>の所でも書きましたが「ゆっくりがいい」という仕事はないものでしょうか。“競争”にあわないゆっくりとした人や、上手く人づき合いが出来ない人など、流れに乗れない人たちを残して、突っ走ったのが今の社会の状況ではないかと思います。
私にできることはすでに道草の家の屋根に太陽光発電パネルをとりつけてますし、新しいものを買わない、ということぐらいしかないように思います。でも、私の勝手な希望ですが、日本は森林の占める割合が大きい、でも、手入れされずに放ってある森林が多い、間伐材を取り除いたりして、新しい木を植えたりして森林をよみがえさせればCO2削減につながる、でもそれをする人がとても少ない。青年たち、若者たちが、森を守り、森を育てる働きをしてくれたら!と思います。
感動する・・・
茂木健一郎氏の「感動する脳PHP文庫)が目にとまりました。そう言えば私はこの頃、「感動したい!」と意識しなくなったな、と思いました。私は結構“感動”を求めてた人間だった…疲れた時、虚しい時など感動的な映画を見たい、と思ったり、様々な絵画、静かなものから激しいもの、オーストラリアやアメリカなどの原住民の素朴で力強い絵を見に行ったりします。そこから今の生活、仕事のために学ぶわけではなく、映画も癒されるような穏やかな美しいものばかりではなく、過酷な生活をしている、必死に生きている子供たちの映画も見たりします。そういう映画は一層疲れるのに――私は感動を求めていたんだ、と思いました。
美しい!きれい!なども感動の言葉ですが、そうした言葉にはならないものを胸に感じる時、生きていることを肯定できる感じがします。私はそれを求めていたんだ、生きてることを肯定的に感じたい、そしてエネルギーがほしいんだ、と思います。私も含め、旅をしたい!と思う人も、新しいもの、美しいもの雄大なものに感動を求めているのだと思います。
茂木氏も言っています。「意欲を引き出すためにも、エネルギーを生み出すためにも、『感動する』ということが重要なファクターになる」感動する対象は、何も映画や絵画などの芸術、或いは雄大な風景だけではありません。身のまわりに沢山あります。
市川房枝さんだったと思いますが、100才位になっても「毎日10こ感動するものを見つける」と言っていました。道を歩いていても、道端に「こんな花が咲いている」とか「あの緑のはっぱの色はすてき」「あの雲は面白い形をしている」など新しい発見も一つの感動です。そう思えば、毎日新しいことに出会います。そこにささやかかもしれませんが感動が生まれます。昨日と違った何かを発見して「あ、きれい」「あ、いいな」「あ、面白いな」など、意識することで生まれるようにおもいます。
「美しいものに触れて感動する。新しい経験や発見に出会って感動する。その一瞬一瞬の積み重ねが人生を豊かにする」わけです。そして脳のメカニズムから見ても感動は能を活性化します、また「感動する脳」とういうのは鍛えれば鍛えるほどグレートアップするそうです。(年をとっても
さらに、何かに感動した時、まわりの人がそれを素晴らしいことだと後押ししてくれるか、否定されるかで、(その反応で)脳の働きは全く変わって来るそうです。映画館で同じ場面で涙を流したり、友だちと観て「あの場所は感動したね」などお互いに言い合うことで感動回路が強化され感動は何倍にもなることでしょう。
どんな小さな感動でもかまいません。ぜひまわりの人と共有してみませんか。
道草の家でも最近月1回「お好み焼きを食べよう」という会を作ってスタッフや青年が自分流のお好み焼きを作って、みんなで食べています。食べながら「おいしいね」と言い合ったりする時、ほんのささやかなものですが感動を分かち合って、ほんのちょっと生きるエネルギーを高めているように思います。
和田ミトリ
青年(彼、彼女)たち、それぞれ
最近、青年の集いも少しずつ賑やかになって来ました。
3年位青年の集いから遠のいていた青年が(連絡はとっていましたが)また参加するようになったり、仕事の方が大丈夫だから――ということで、会報も送らずに3年位過ぎた青年がひょっこり現れて、毎月「お好み焼きを食べよう会」に参加し、7月は自分でもんじゃ焼きを作ってくれたり(自分で様々な具、材料を用意し、4種類のもんじゃを焼いてくれて、皆「こんなおいしいもんじゃ焼きを初めて食べた」と口々に言ったものでした)、或いは、アルバイトを始めたり、専門学校に行ったりして時々しか来なかった青年もいて、他の青年とはすれ違いで、2、3年ぶりに会ったということで、「久しぶりだね」と挨拶しながら「変わったね」「成長したね」とお互いに言う場面もあり(私もそれを強く感じます)、道草の家の役割と青年たちの成長を感じ、嬉しくなります。
でも一方では一時青年の集いに参加していたのが精神的不安定さが強くなり、道草の家に来なくなった青年また親の方の相談だけで、本人とは直接会ってませんが、非常に難しさを感じる青年がいます。
暴言、暴力がひどくなって、疲れきったお母さんに、その辛さは感じるのですが、具体的なことは何も言えず、申し訳ない気持になったりします。(後で「お子さんとは少し距離をとって自分の生活を大切にする時間をとって下さい」というような手紙を書きました)また、そんなに不安定ではなく比較的静かに過ごしていても親としてどう関わっていいか分からないまま、時間が過ぎて行く・・・という親の方の相談も受けます。他の親の会の話し合いでも、このような悩みはよく聞きますし、こういう形のひきこもっている青年は結構多いのではないかと思います。親がだんだん理解して来て、何とか話し合いたいと思っても、避けられてしまい、手がかりがない。――非常に難しさを感じます。このような家庭では、家族の会話も少い場合が多いようで、私は「今は、子供の自立とか働く、ということは横においといて、親も自分の人生を楽しんだりしながら家族がもっと気楽に話ができるような雰囲気を作ることを心がけては?それが先ではないか?」と言ったりするのですが、これもまた難しいことかも知れません。
感情、優しさ、について
体が不自由になって介護が必要になった方が、自分がかねがね行ってみたいと思っていた所、旅行などに連れて行ってもらった時とても喜ぶと同時にその後リハビリにも熱心になり、笑顔も多くなった、とよく聞きます。それはきっと、行きたかった所へ行ってそこで見た風景などに感動するから、感動によって生きる意欲エネルギーが出たからだと思います。
先月にひき続き、感動、そして感情について、感動と感情の関係について考えたいと思います。(茂木健一郎著「感動する脳」にそいながら)
感動は、感情の高まりから生まれて来るものですが、喜怒哀楽などの一つだけで生まれてくるものではなく、様々な感情が複雑にからみ合い、それが再び集約されて生まれてくるものと言えます。「一言では表現できないような複雑な感情」なのです。そして、それは人間らしい心の動きであり、人生に意欲をもたらし、人生を豊かにするものと言えるでしょう。感動を生み出すためには様々な感情を意識して感じること、自分の心の多様な動きを意識することが大切だと思われます。
優しさは基本的には人と人との関係の中から生まれてくるものであり、一方通行だったり、押しつけになっては、生まれない、まずは相手の気持を理解することから始めることになります。勝手な思いこみでなく、相手のありのままを理解し、受けとめること、相手を思いやる気持、――相手がただ喜ぶだろうから、と勝手に押しつけるような気の使い方とは違います。
他の人の気持ちが分かる――人間は特性としてその能力を身につけており、それはまず、感情という共通回路を通して、感情が伝わることから始まります。
“感情”は、思考や感覚とは違って、人から人へ、脳という垣根をこえて、瞬時に伝わって行きます。相手が「悲しい」と言い、悲しい表情をすれば、「悲しいんだな」とすぐ感じます。人間はそうした感情の共感回路を脳の中に持っているわけです。自分の悲しい体験と照し合わせながら、瞬時に感じます。
でも、その共感回路がうまく動かないのはどうしてか・・
人間は、おうおうにして、心に抱いている感情と、表に出てくる顔の表情にくいちがいがある、ポーカーフェイスがある、ことで互いに気持ちが分かりあうことが難しくなる。分からないことによって誤解が生じたりします。まずこのポーカーフェイスの存在を認識し、他人の心というものは、見かけとは違うことを理解し、その心の状態を推測できる力を高めること。では、どうしたらそうした力を高めることができるか、そこには「感動する」こと、新しいものや美しいものに触れ感動することと同時に、人間関係の中での感動を味わうこと、人と心が通い合うことで、静かな感動を体験することが大切だと思います。
道草の家の青年の集いが、心の交流できること、分かり合える喜びを感じ、人の気持が分かる力をつけることが、少しでもできれば、と願っています。
和田ミトリ
3年位青年の集いから遠のいていた青年が(連絡はとっていましたが)また参加するようになったり、仕事の方が大丈夫だから――ということで、会報も送らずに3年位過ぎた青年がひょっこり現れて、毎月「お好み焼きを食べよう会」に参加し、7月は自分でもんじゃ焼きを作ってくれたり(自分で様々な具、材料を用意し、4種類のもんじゃを焼いてくれて、皆「こんなおいしいもんじゃ焼きを初めて食べた」と口々に言ったものでした)、或いは、アルバイトを始めたり、専門学校に行ったりして時々しか来なかった青年もいて、他の青年とはすれ違いで、2、3年ぶりに会ったということで、「久しぶりだね」と挨拶しながら「変わったね」「成長したね」とお互いに言う場面もあり(私もそれを強く感じます)、道草の家の役割と青年たちの成長を感じ、嬉しくなります。
でも一方では一時青年の集いに参加していたのが精神的不安定さが強くなり、道草の家に来なくなった青年また親の方の相談だけで、本人とは直接会ってませんが、非常に難しさを感じる青年がいます。
暴言、暴力がひどくなって、疲れきったお母さんに、その辛さは感じるのですが、具体的なことは何も言えず、申し訳ない気持になったりします。(後で「お子さんとは少し距離をとって自分の生活を大切にする時間をとって下さい」というような手紙を書きました)また、そんなに不安定ではなく比較的静かに過ごしていても親としてどう関わっていいか分からないまま、時間が過ぎて行く・・・という親の方の相談も受けます。他の親の会の話し合いでも、このような悩みはよく聞きますし、こういう形のひきこもっている青年は結構多いのではないかと思います。親がだんだん理解して来て、何とか話し合いたいと思っても、避けられてしまい、手がかりがない。――非常に難しさを感じます。このような家庭では、家族の会話も少い場合が多いようで、私は「今は、子供の自立とか働く、ということは横においといて、親も自分の人生を楽しんだりしながら家族がもっと気楽に話ができるような雰囲気を作ることを心がけては?それが先ではないか?」と言ったりするのですが、これもまた難しいことかも知れません。
感情、優しさ、について
体が不自由になって介護が必要になった方が、自分がかねがね行ってみたいと思っていた所、旅行などに連れて行ってもらった時とても喜ぶと同時にその後リハビリにも熱心になり、笑顔も多くなった、とよく聞きます。それはきっと、行きたかった所へ行ってそこで見た風景などに感動するから、感動によって生きる意欲エネルギーが出たからだと思います。
先月にひき続き、感動、そして感情について、感動と感情の関係について考えたいと思います。(茂木健一郎著「感動する脳」にそいながら)
感動は、感情の高まりから生まれて来るものですが、喜怒哀楽などの一つだけで生まれてくるものではなく、様々な感情が複雑にからみ合い、それが再び集約されて生まれてくるものと言えます。「一言では表現できないような複雑な感情」なのです。そして、それは人間らしい心の動きであり、人生に意欲をもたらし、人生を豊かにするものと言えるでしょう。感動を生み出すためには様々な感情を意識して感じること、自分の心の多様な動きを意識することが大切だと思われます。
優しさは基本的には人と人との関係の中から生まれてくるものであり、一方通行だったり、押しつけになっては、生まれない、まずは相手の気持を理解することから始めることになります。勝手な思いこみでなく、相手のありのままを理解し、受けとめること、相手を思いやる気持、――相手がただ喜ぶだろうから、と勝手に押しつけるような気の使い方とは違います。
他の人の気持ちが分かる――人間は特性としてその能力を身につけており、それはまず、感情という共通回路を通して、感情が伝わることから始まります。
“感情”は、思考や感覚とは違って、人から人へ、脳という垣根をこえて、瞬時に伝わって行きます。相手が「悲しい」と言い、悲しい表情をすれば、「悲しいんだな」とすぐ感じます。人間はそうした感情の共感回路を脳の中に持っているわけです。自分の悲しい体験と照し合わせながら、瞬時に感じます。
でも、その共感回路がうまく動かないのはどうしてか・・
人間は、おうおうにして、心に抱いている感情と、表に出てくる顔の表情にくいちがいがある、ポーカーフェイスがある、ことで互いに気持ちが分かりあうことが難しくなる。分からないことによって誤解が生じたりします。まずこのポーカーフェイスの存在を認識し、他人の心というものは、見かけとは違うことを理解し、その心の状態を推測できる力を高めること。では、どうしたらそうした力を高めることができるか、そこには「感動する」こと、新しいものや美しいものに触れ感動することと同時に、人間関係の中での感動を味わうこと、人と心が通い合うことで、静かな感動を体験することが大切だと思います。
道草の家の青年の集いが、心の交流できること、分かり合える喜びを感じ、人の気持が分かる力をつけることが、少しでもできれば、と願っています。
和田ミトリ
道草の家の青年(彼、彼女)たち
8月は総選挙や、芸能人の事件、そして将来の見通しの立たない社会状況が、連日報道され、私も何かしら気ぜわしさを感じて過ごしました。早や8月も終わりに近づき、会報のことが気になりながら、なかなかペンを取れずにおりました。気になり心に占めるものは何か…やはり青年たちのことです。
なぜ、そんなに悩み苦しまなければならないのか。
家を出られなくなった青年、人と交われなくなった青年――育つ過程の問題(家庭、学校、地域などの環境)や気質の問題(繊細、過敏、几帳面、完ぺき主義など)そして社会の問題が重なってのことでしょう。
社会がもっとゆるやかであったら!多様な個性、生き方が受け入れられるものであったら!と思わずにはいられません。不登校だったこと、長くひきこもっていたこと、長く無職であったことをどうしても引け目に感じて、なかなか社会に出るイメージが湧かない、勇気が出ない…それは“真面目に考えるから”――ということも大きいかと思います。
生きる価値、働く意味、人との交わり方、本当の自分、など考え、でも納得いく言葉が出ない…。
また、ここ数ヶ月、気分が落ちこんで外へ出る気力、道草の家へ行く意欲がなかなか湧かない、でも道草の家に来てしまうと、「色々話ができて楽しいし、自分のことを分かってくれて気が楽になる」と言う青年もいます。或いは、積極的に自分の悩み、問題をみんな(グループ)の前に出し、みんなで考えて、気づきを得ようとしている青年もいます。
道草の家の目標を改めて考えさせられます。それは「生きることの土台づくり」です。
仲間との交流、スタッフとの交わりの中でコミュニケーションの力を培う。また共通な部分で共感したり、違いを認め合ったりしながら、お互いに信頼できること、人間信頼を取り戻したり、また創造的なことをしたり、「自分らしく生きていいんだな」ということを感じたり、そして何より自分を表現したり、話し合うことに楽しさを感じる時間があって、生きる意欲が出て来ることを、願っています。
同時に、道草の家に来ている青年の多くは通院しており、またそうでない青年も皆、心に心理的葛藤があり、それを解きほぐすことも大切であり、心理療法的なことを青年の集いに取り入れています。(認知行動療法、アサーション、気質、アダルトチルドレンなど)心理療法も一対一でやる良さ、必要性もありますが、グループでやる良さもあります。他の人が発した悩みも、自分の中にも似たようなことがあるなと思ったり、一緒に考えることで、自分の問題についても考えたり、他の参加者の発言に気づきが得られる――という効果があります。雑談の中に悩みが出されて、皆で考えることもよくあります。
また自分の興味あることについても話題が出ます。先日は村上春樹が話題になりました。皆が加われるわけではありませんが村上春樹だったら加われる、という青年もいます。聞いているだけでも「こういう作家がいるんだな<ノルウェイの森>が映画化されるそうだが、見てみたい気もする」と思ったりするようです。
先日はインドカレーを食べに行って道草の家に戻って来て、好きな食べ物の話題になりました。それには皆が加われ、盛り上がりました。そして、一人の青年が、「健康診断で尿酸値が少し高めになったので、母親と一緒にヘルシーな料理を考えて作った、図書館で料理の本を借りたが、コピーしてもきれいな色が出ない。それで自分で色鉛筆で写した」と言い、ケータイに撮ったその絵を見せてくれました。小さい写真ですが、きれいに描かれているのが分かり、みんなで感心しました。
感情、感動について
7月号で「感情、感動、優しさ」について書きましたが、青年の集いで、「自分の感情についてどう思うか」尋ねました。
一人の青年は「自分の感情を余り意識したことがない。怒っている時とか不安な時、嬉しい時は、自分は怒ってる、不安だ、などと思うけど、それ以上に色々感情があることを意識してないし、言葉でも余り表現してない」と言いました。他の青年は「子供の頃から感情を余り表現してなかったように思う。思春期頃から辛くなって親にぶつけたけど、他の人とは感情を抑えたり、辛くなるので感じないようにした面もある」と話しました。スタッフも「子供の頃から、親は感情表現が豊かでなかったし、子供の気持、感情を聞いたりもしなかったので、自分も感情の表現が苦手になった」と言いました。
日本人は感情を率直に表現することを「はしたない」として抑えることを美徳とする伝統がありました。そして、男性は、職場(会社など)では、感情を入れないで、事柄だけで進めた方が、仕事がスムーズに行く――という時間を多く過ごしているため、感情を余り感じなくなってしまった、という面もあるように思います。父親が、母親よりずっと、子供の心の苦しさを共感できない、理解できない――という場面にしばしば出会いました。
心の問題、悩みなどは、「その通りだ」と事柄だけ同意されても自分の気持が出せて、その感情に共感して貰えないと、本当に解ってもらえたとは思えない(カウンセリングがそうですが)――という体験をしています。
意志とか簡単な決めること、そして決断も、思考、頭で理屈を考えるだけで、できるものではなく感情が伴ってはじめてできるものです。感情の病気、うつ病になると、意志が持てず、決めること(簡単なことでも)決断ができなくなります。
そして、青年たちに「感動することで、感情が豊かになるし、自分の中に起こる感情を意識し感じてゆくと、感動も豊かになる、そしてそれは生きるエネルギーになる」と話しました。
「小さな感動でもいいのですね」「今日は空がきれい、道端の小さな花がきれいだとか、風がさわやかだとか、カレーがおいしかったとか」
「映画を見て泣くのも?」「勿論!」
そんな話をしながら、5時になり集いの時間が終わる時に、「今の気持はどんなかしら。体の感じも、胸やお腹の辺りに注意を向けて、何か感じたら教えてください」という私の問いに「楽しい気持、胸の辺りが暖かな感じ」「話が出来て嬉しい気持、胸の辺りが軽くなった感じ」などの言葉が返ってきました。
和田ミトリ
なぜ、そんなに悩み苦しまなければならないのか。
家を出られなくなった青年、人と交われなくなった青年――育つ過程の問題(家庭、学校、地域などの環境)や気質の問題(繊細、過敏、几帳面、完ぺき主義など)そして社会の問題が重なってのことでしょう。
社会がもっとゆるやかであったら!多様な個性、生き方が受け入れられるものであったら!と思わずにはいられません。不登校だったこと、長くひきこもっていたこと、長く無職であったことをどうしても引け目に感じて、なかなか社会に出るイメージが湧かない、勇気が出ない…それは“真面目に考えるから”――ということも大きいかと思います。
生きる価値、働く意味、人との交わり方、本当の自分、など考え、でも納得いく言葉が出ない…。
また、ここ数ヶ月、気分が落ちこんで外へ出る気力、道草の家へ行く意欲がなかなか湧かない、でも道草の家に来てしまうと、「色々話ができて楽しいし、自分のことを分かってくれて気が楽になる」と言う青年もいます。或いは、積極的に自分の悩み、問題をみんな(グループ)の前に出し、みんなで考えて、気づきを得ようとしている青年もいます。
道草の家の目標を改めて考えさせられます。それは「生きることの土台づくり」です。
仲間との交流、スタッフとの交わりの中でコミュニケーションの力を培う。また共通な部分で共感したり、違いを認め合ったりしながら、お互いに信頼できること、人間信頼を取り戻したり、また創造的なことをしたり、「自分らしく生きていいんだな」ということを感じたり、そして何より自分を表現したり、話し合うことに楽しさを感じる時間があって、生きる意欲が出て来ることを、願っています。
同時に、道草の家に来ている青年の多くは通院しており、またそうでない青年も皆、心に心理的葛藤があり、それを解きほぐすことも大切であり、心理療法的なことを青年の集いに取り入れています。(認知行動療法、アサーション、気質、アダルトチルドレンなど)心理療法も一対一でやる良さ、必要性もありますが、グループでやる良さもあります。他の人が発した悩みも、自分の中にも似たようなことがあるなと思ったり、一緒に考えることで、自分の問題についても考えたり、他の参加者の発言に気づきが得られる――という効果があります。雑談の中に悩みが出されて、皆で考えることもよくあります。
また自分の興味あることについても話題が出ます。先日は村上春樹が話題になりました。皆が加われるわけではありませんが村上春樹だったら加われる、という青年もいます。聞いているだけでも「こういう作家がいるんだな<ノルウェイの森>が映画化されるそうだが、見てみたい気もする」と思ったりするようです。
先日はインドカレーを食べに行って道草の家に戻って来て、好きな食べ物の話題になりました。それには皆が加われ、盛り上がりました。そして、一人の青年が、「健康診断で尿酸値が少し高めになったので、母親と一緒にヘルシーな料理を考えて作った、図書館で料理の本を借りたが、コピーしてもきれいな色が出ない。それで自分で色鉛筆で写した」と言い、ケータイに撮ったその絵を見せてくれました。小さい写真ですが、きれいに描かれているのが分かり、みんなで感心しました。
感情、感動について
7月号で「感情、感動、優しさ」について書きましたが、青年の集いで、「自分の感情についてどう思うか」尋ねました。
一人の青年は「自分の感情を余り意識したことがない。怒っている時とか不安な時、嬉しい時は、自分は怒ってる、不安だ、などと思うけど、それ以上に色々感情があることを意識してないし、言葉でも余り表現してない」と言いました。他の青年は「子供の頃から感情を余り表現してなかったように思う。思春期頃から辛くなって親にぶつけたけど、他の人とは感情を抑えたり、辛くなるので感じないようにした面もある」と話しました。スタッフも「子供の頃から、親は感情表現が豊かでなかったし、子供の気持、感情を聞いたりもしなかったので、自分も感情の表現が苦手になった」と言いました。
日本人は感情を率直に表現することを「はしたない」として抑えることを美徳とする伝統がありました。そして、男性は、職場(会社など)では、感情を入れないで、事柄だけで進めた方が、仕事がスムーズに行く――という時間を多く過ごしているため、感情を余り感じなくなってしまった、という面もあるように思います。父親が、母親よりずっと、子供の心の苦しさを共感できない、理解できない――という場面にしばしば出会いました。
心の問題、悩みなどは、「その通りだ」と事柄だけ同意されても自分の気持が出せて、その感情に共感して貰えないと、本当に解ってもらえたとは思えない(カウンセリングがそうですが)――という体験をしています。
意志とか簡単な決めること、そして決断も、思考、頭で理屈を考えるだけで、できるものではなく感情が伴ってはじめてできるものです。感情の病気、うつ病になると、意志が持てず、決めること(簡単なことでも)決断ができなくなります。
そして、青年たちに「感動することで、感情が豊かになるし、自分の中に起こる感情を意識し感じてゆくと、感動も豊かになる、そしてそれは生きるエネルギーになる」と話しました。
「小さな感動でもいいのですね」「今日は空がきれい、道端の小さな花がきれいだとか、風がさわやかだとか、カレーがおいしかったとか」
「映画を見て泣くのも?」「勿論!」
そんな話をしながら、5時になり集いの時間が終わる時に、「今の気持はどんなかしら。体の感じも、胸やお腹の辺りに注意を向けて、何か感じたら教えてください」という私の問いに「楽しい気持、胸の辺りが暖かな感じ」「話が出来て嬉しい気持、胸の辺りが軽くなった感じ」などの言葉が返ってきました。
和田ミトリ
“ひきこもり”のイメージは?
皆さんは“ひきこもり”という言葉にどんなイメージを持つでしょうか。私は“ひきこもりの青年”という言葉より“ひきこもる青年”と言う言葉を使います。“ひきこもり”はひとくくりにしてしまいますが“ひきこもる”は状態を示すので、少しは巾があるように思うのです。でも一般には“ひきこもり”という言葉が使われており、そうした青年を身近かに知らない一般の方は一つの病名のように、一つの症状を持っている人をイメージしたり、家の中に、自分の中に閉じこもって、暗い顔をしているイメージを浮かべるのでは、と思います。
社会(学校、職場、地域)に出られない、という状態は同じですが、様々な生活状態、様々な精神状態がありますし、その苦しさ、生き辛さもそれぞれであり、複雑です。道草の家のような居場所に来れる青年、或いは街に出られる青年は、見かけは何も変わっていないので、働かないのは「甘えている」「勇気が足りない」とか「自分だって、誰だって働くのはしんどい。いやなことが多いけど頑張って働いている」と思われがちです。
好意的に見ている人も「自分も子どもの頃から悩みながら、生き辛さを感じながら社会生活を送って来た。ひきこもりの青年とは紙一重の違いだけ、だからひけ目を感じないで社会に出てほしい」と思ったりするようです。
家の中から殆んど出ないで、家族とも殆んど話さない状態の青年と、居場所に出て来て人と交われる青年、その間に、外に出るが人と接しない青年など、様々な状態の青年がいるわけです。そして、その親も悩み苦しんでいます。
青年たちの苦しみ
道草の家に来ている青年たちのことを私自身も十分に理解しているとは思いませんが、もっと理解し、青年たちが少しでも自信を持って自分を肯定できて、生き生き生きるようになってほしいと思いながら一緒に過ごしております。
<青年の思い>にも載せているように「道草の家に求めるもの」「落ちつく時」「きつい、辛い時」「コンプレックス」などについて自分を見つめながら、仲間のことも考えながら、自分の思いを表現豊かに語っています。そして明るい会話です。家にいる時も、音楽を聴いたり、本を読んだり、イラストを描いたり、或いは映画を見たり、美術館に行ったりなど一人でも趣味を持って過ごしています。でも多くの青年が落ちこみ不安定になって外へ出る意欲がなくなる時があり、波があります。
先月号でも書きましたが、精神的な病いを多くの青年が抱え、なかなか回復しない、という面もあります。なぜ、症状がでるようになったのでしょう。
子どもの頃から――小学生の頃からの場合もありますが、多くは中学生の頃から――生き辛さを感じて来たように思われます。気質的には繊細でまじめ、完璧主義なところがあり、家庭ではいい子であった場合が多く、中学生の頃、いじめなどに会い不登校になり、高校入学で心機一転、と思いながら、やはり同級生になじめず、すぐ不登校になってしまった、そしてそういう自分を責めることが、精神的な不安定さをもたらしたように思われます。「自分の人生は終わった」と思った青年もいます。でも多くの青年は、その後、通信制高校に行ったり、大検を取ったりして高卒の資格はあるわけですが、それだけ頑張ったにもかかわらずひけ目を、コンプレックスを強く感じています。そうした経過から、また他の経過をたどる場合も、色々重なり合い、他人の評価を気にしたり、失敗を怖れたり、傷つき易さ、対人恐怖などの心の苦しさが生じたのではないかと思います。
そうした中でも、少しずつ元気が出て来たり、コミュニケーションの力もついて来てアルバイトを考えるようになったり、少しずつ始める青年もいます。また、仲間との交流の中で、相手を思いやる気持も膨らみ、自己表現もでき成長して行くのを感じます。
精一杯生きており、知性も感性も豊かな青年たち、何とか社会に出られるようになりたいとの思いをどうしたらかなえられるか…能力はありながら…何が足りないのだろう…ひとつにまとめれば、「自分は自分でいいのだ」という「自己肯定感」が低いのではないか、と思います。では「自己肯定感」をどうしたら高められるのでしょう。それが、課題かと思います。青年たちと一緒に探って行くことなのでしょう。
心を閉ざす青年たち
一方では、心を閉ざし、親をも拒否している青年、そうした子供どもを持った親の方の苦しみを思うと、心が痛みます。親だけで相談に来られる方や他の勉強会などで聞いたりするのですが、私もどう答えたらいいか、非常に難しさを感じます。
親の接触を避けていて、たまに声をかけても「干渉するな」と言われ、メモを書いても「メモをするな」というメモが置かれたりして、取り付く島もない、こうなるのに何があったのかも教えてくれない。親も何が何だか分からない、という状態・・・という場合もあります。
お父さんの相談を受けて私が「話を聞くと、お子さんは大人しい方だから学校で何も言えずいじめに合ったのかも知れない」と言うと「ぼくの頃もいじめがあった、ぼくも大人しい方だったのでいじめられた。でも学校へは行った。何とか学校は続けたし、働いて来た。いったい何が違うのだろう」との言葉が返って来ます。「子供時代のまわりの環境、前は兄弟も多く、近所づき合い、親戚づき合いもあり、色々な人との交流があり、そこで人間関係や色々な生き方を学べた。でも今は、親子だけの関係になって、父親も家で過ごす時間が少く、社会性が身につけられなくなった」と言いますと、「それは大体分かる。でも、親はどうしたらいいのだろう、何をしてあげられたのだろう、まだ10代の終わりだけど、何もしなければ、このまま部屋に閉じこもったまま何年もたってしまうのではないか。何かしなければ、と思ってもどうしたら言いか分からない」と切実な言葉が。子どもから暴言暴力を受ける親も辛いけど、何も言ってくれない親もどんなに辛いことでしょう。
私も十分な答えはなく、「親は心配している」「親も理解してあげられなくて悪かった」「親がしてあげられることはないか、教えてほしい」などと伝え続けることでは?たとい返事がなくても、と言うしかなかったのですが・・・・
和田ミトリ
社会(学校、職場、地域)に出られない、という状態は同じですが、様々な生活状態、様々な精神状態がありますし、その苦しさ、生き辛さもそれぞれであり、複雑です。道草の家のような居場所に来れる青年、或いは街に出られる青年は、見かけは何も変わっていないので、働かないのは「甘えている」「勇気が足りない」とか「自分だって、誰だって働くのはしんどい。いやなことが多いけど頑張って働いている」と思われがちです。
好意的に見ている人も「自分も子どもの頃から悩みながら、生き辛さを感じながら社会生活を送って来た。ひきこもりの青年とは紙一重の違いだけ、だからひけ目を感じないで社会に出てほしい」と思ったりするようです。
家の中から殆んど出ないで、家族とも殆んど話さない状態の青年と、居場所に出て来て人と交われる青年、その間に、外に出るが人と接しない青年など、様々な状態の青年がいるわけです。そして、その親も悩み苦しんでいます。
青年たちの苦しみ
道草の家に来ている青年たちのことを私自身も十分に理解しているとは思いませんが、もっと理解し、青年たちが少しでも自信を持って自分を肯定できて、生き生き生きるようになってほしいと思いながら一緒に過ごしております。
<青年の思い>にも載せているように「道草の家に求めるもの」「落ちつく時」「きつい、辛い時」「コンプレックス」などについて自分を見つめながら、仲間のことも考えながら、自分の思いを表現豊かに語っています。そして明るい会話です。家にいる時も、音楽を聴いたり、本を読んだり、イラストを描いたり、或いは映画を見たり、美術館に行ったりなど一人でも趣味を持って過ごしています。でも多くの青年が落ちこみ不安定になって外へ出る意欲がなくなる時があり、波があります。
先月号でも書きましたが、精神的な病いを多くの青年が抱え、なかなか回復しない、という面もあります。なぜ、症状がでるようになったのでしょう。
子どもの頃から――小学生の頃からの場合もありますが、多くは中学生の頃から――生き辛さを感じて来たように思われます。気質的には繊細でまじめ、完璧主義なところがあり、家庭ではいい子であった場合が多く、中学生の頃、いじめなどに会い不登校になり、高校入学で心機一転、と思いながら、やはり同級生になじめず、すぐ不登校になってしまった、そしてそういう自分を責めることが、精神的な不安定さをもたらしたように思われます。「自分の人生は終わった」と思った青年もいます。でも多くの青年は、その後、通信制高校に行ったり、大検を取ったりして高卒の資格はあるわけですが、それだけ頑張ったにもかかわらずひけ目を、コンプレックスを強く感じています。そうした経過から、また他の経過をたどる場合も、色々重なり合い、他人の評価を気にしたり、失敗を怖れたり、傷つき易さ、対人恐怖などの心の苦しさが生じたのではないかと思います。
そうした中でも、少しずつ元気が出て来たり、コミュニケーションの力もついて来てアルバイトを考えるようになったり、少しずつ始める青年もいます。また、仲間との交流の中で、相手を思いやる気持も膨らみ、自己表現もでき成長して行くのを感じます。
精一杯生きており、知性も感性も豊かな青年たち、何とか社会に出られるようになりたいとの思いをどうしたらかなえられるか…能力はありながら…何が足りないのだろう…ひとつにまとめれば、「自分は自分でいいのだ」という「自己肯定感」が低いのではないか、と思います。では「自己肯定感」をどうしたら高められるのでしょう。それが、課題かと思います。青年たちと一緒に探って行くことなのでしょう。
心を閉ざす青年たち
一方では、心を閉ざし、親をも拒否している青年、そうした子供どもを持った親の方の苦しみを思うと、心が痛みます。親だけで相談に来られる方や他の勉強会などで聞いたりするのですが、私もどう答えたらいいか、非常に難しさを感じます。
親の接触を避けていて、たまに声をかけても「干渉するな」と言われ、メモを書いても「メモをするな」というメモが置かれたりして、取り付く島もない、こうなるのに何があったのかも教えてくれない。親も何が何だか分からない、という状態・・・という場合もあります。
お父さんの相談を受けて私が「話を聞くと、お子さんは大人しい方だから学校で何も言えずいじめに合ったのかも知れない」と言うと「ぼくの頃もいじめがあった、ぼくも大人しい方だったのでいじめられた。でも学校へは行った。何とか学校は続けたし、働いて来た。いったい何が違うのだろう」との言葉が返って来ます。「子供時代のまわりの環境、前は兄弟も多く、近所づき合い、親戚づき合いもあり、色々な人との交流があり、そこで人間関係や色々な生き方を学べた。でも今は、親子だけの関係になって、父親も家で過ごす時間が少く、社会性が身につけられなくなった」と言いますと、「それは大体分かる。でも、親はどうしたらいいのだろう、何をしてあげられたのだろう、まだ10代の終わりだけど、何もしなければ、このまま部屋に閉じこもったまま何年もたってしまうのではないか。何かしなければ、と思ってもどうしたら言いか分からない」と切実な言葉が。子どもから暴言暴力を受ける親も辛いけど、何も言ってくれない親もどんなに辛いことでしょう。
私も十分な答えはなく、「親は心配している」「親も理解してあげられなくて悪かった」「親がしてあげられることはないか、教えてほしい」などと伝え続けることでは?たとい返事がなくても、と言うしかなかったのですが・・・・
和田ミトリ
2009/06/01
緑の木々に思う。
6月は、緑が一段と鮮やかです。うすい緑から濃い緑まで、街路樹や家々の庭の木々。
緑が少なくなったとは言え、千葉は、歩けば緑が目にはいります。
でもまた、テレビで見る棚田の緑はとりわけ美しく感じます。
そして、森の木々も様々な緑の葉をしげらせています。そんな中で、若者が働いている姿が、また若い女性も楽しそうに田植えを手伝っている情景が映されています。
でも道草の家で関わっている青年たち(彼、彼女――いつも両方を言ってます)何人かはとても苦しい辛い日々を送っています。
大きな波の底の方に行ってしまったようでなかなか浮かび上がれず、苦しんでいる。・・・・
一方では自分のやりたい事を生き生きとしてやっている若者がいるのに、一方では悶々と苦しんでいる青年がいる・・・どこで方向が変わってしまったのでしょう。
私が出会っている青年たちは、本当に知性も感性も豊かなものを持っているのに
いつも感じていることなのですが「何で?」と思います。
色々なことが重なったのだろうとは思いますが。
生まれつきの気質(とても繊細で感受性が強い、深く考える)もあるのでしょう。 家庭や学校の環境もあるでしょう。(それはまた時代の影響を大きく受けています)
子育てと社会
「ちちんぷいぷい、痛い痛い飛んで行け!」という言葉は皆さんも聞いていることでしょう。
小さい子が転んだりして、ひざをすりむいたり手足を打った時、母親が自分のつばをつけたり、さすったりしながら、「ちちんぷいぷい…」と言った時、痛さも消えたように感じる――という情景を何かで見たり聞いたりします。
青年たちの心の痛みが、こんな感じで消えたらどんなにいいことでしょう。私自身は、親に「ちちんぷいぷい…」をしてもらった記憶はないし、自分の子どもにそうしたこともありません。いつの時代にそういうことがあったのでしょう。
人間社会が余りにも複雑になった――ことが、人々に精神的苦しみをもたらしたのではないかと思います。
先日、テレビで見たのですが、類人猿と人間の一番の違いは、親は子供が“自分で生きられる”まで子育てに専念する、(楽しみながら――のようです)それしか親(大人)の役割がないようで、特にそれ以外の文化はなく、それ以外の楽しみはない――という単純な生き方のようです。
私は子育て以外に自分のやりたいことをやって来ましたし、類人猿のような生活に戻ったらいいとは勿論思ってません。
ただ、親が子どもが本当に自立できるまで育て切ることが難しい社会になってしまった!――ということに心が痛みます。
親御さんからの相談も受けていますが、可愛くて、愛情こめて育てたつもりなのに、思春期頃から、或いは20代から精神的に不安定になってしまって、30才すぎても不安定さが消えない。
そして、「人がこわい、人とうまく交われない。自分はダメな人間だ」と悶々として、そこからなかなか抜け出せない、ということを聞き、親も子どもも苦しんでいる姿に私がどう手助けできるか、思い悩んでいます。
幼いころのイメージ
青年の思い」(会報)でまとめたように、青年たちに幼い頃の自分のイメージ最初に浮かぶものを聞きました。
大部分の青年が、みんなから離れて一人でいる姿を浮かべています。
(一人で楽しく遊んでいるイメージ、友達と楽しく遊んでいるイメージを浮かべる青年もいますが)
子供の頃から、みんなとなじめず、そういう自分を否定的に感じていた、それが大人になっても人と交わることが苦手、不安を感じてしまうことにつながるようにも思います。
気質的に「自閉気質」は「自分の世界を大切にする」ものですが、それはそれでいい悪いの問題ではなく、そういう気質を受け入れる寛容さがない社会になっていることが問題かと思います。
その子の特性である気質が生かされず、周りからの疎外感を感じ、否定感を感じてコンプレックスになってしまうのではないかと思います。
一人で遊ぶことを楽しめればいいのですが、楽しかった思い出はない、という青年もいます。
幼い頃のイメージが、さびしそうだ、辛いようだと思うのは、幼い自分(インナーチャイルド)が傷ついて、それが癒されないままになっているからだと思われます。
先月号でも延べましたが、本来幼い子どもは、自分の興味のまま、自分の気持のまま、好きなことに集中し、楽しむことができるのですから。
インナーチャイルドの癒し方、育て方をまだ十分勉強してないので、もっと勉強して青年たちが少しでも生き易くなるよう、一緒に考えて行きたいと思います。
和田ミトリ
緑が少なくなったとは言え、千葉は、歩けば緑が目にはいります。
でもまた、テレビで見る棚田の緑はとりわけ美しく感じます。
そして、森の木々も様々な緑の葉をしげらせています。そんな中で、若者が働いている姿が、また若い女性も楽しそうに田植えを手伝っている情景が映されています。
でも道草の家で関わっている青年たち(彼、彼女――いつも両方を言ってます)何人かはとても苦しい辛い日々を送っています。
大きな波の底の方に行ってしまったようでなかなか浮かび上がれず、苦しんでいる。・・・・
一方では自分のやりたい事を生き生きとしてやっている若者がいるのに、一方では悶々と苦しんでいる青年がいる・・・どこで方向が変わってしまったのでしょう。
私が出会っている青年たちは、本当に知性も感性も豊かなものを持っているのに
いつも感じていることなのですが「何で?」と思います。
色々なことが重なったのだろうとは思いますが。
生まれつきの気質(とても繊細で感受性が強い、深く考える)もあるのでしょう。 家庭や学校の環境もあるでしょう。(それはまた時代の影響を大きく受けています)
子育てと社会
「ちちんぷいぷい、痛い痛い飛んで行け!」という言葉は皆さんも聞いていることでしょう。
小さい子が転んだりして、ひざをすりむいたり手足を打った時、母親が自分のつばをつけたり、さすったりしながら、「ちちんぷいぷい…」と言った時、痛さも消えたように感じる――という情景を何かで見たり聞いたりします。
青年たちの心の痛みが、こんな感じで消えたらどんなにいいことでしょう。私自身は、親に「ちちんぷいぷい…」をしてもらった記憶はないし、自分の子どもにそうしたこともありません。いつの時代にそういうことがあったのでしょう。
人間社会が余りにも複雑になった――ことが、人々に精神的苦しみをもたらしたのではないかと思います。
先日、テレビで見たのですが、類人猿と人間の一番の違いは、親は子供が“自分で生きられる”まで子育てに専念する、(楽しみながら――のようです)それしか親(大人)の役割がないようで、特にそれ以外の文化はなく、それ以外の楽しみはない――という単純な生き方のようです。
私は子育て以外に自分のやりたいことをやって来ましたし、類人猿のような生活に戻ったらいいとは勿論思ってません。
ただ、親が子どもが本当に自立できるまで育て切ることが難しい社会になってしまった!――ということに心が痛みます。
親御さんからの相談も受けていますが、可愛くて、愛情こめて育てたつもりなのに、思春期頃から、或いは20代から精神的に不安定になってしまって、30才すぎても不安定さが消えない。
そして、「人がこわい、人とうまく交われない。自分はダメな人間だ」と悶々として、そこからなかなか抜け出せない、ということを聞き、親も子どもも苦しんでいる姿に私がどう手助けできるか、思い悩んでいます。
幼いころのイメージ
青年の思い」(会報)でまとめたように、青年たちに幼い頃の自分のイメージ最初に浮かぶものを聞きました。
大部分の青年が、みんなから離れて一人でいる姿を浮かべています。
(一人で楽しく遊んでいるイメージ、友達と楽しく遊んでいるイメージを浮かべる青年もいますが)
子供の頃から、みんなとなじめず、そういう自分を否定的に感じていた、それが大人になっても人と交わることが苦手、不安を感じてしまうことにつながるようにも思います。
気質的に「自閉気質」は「自分の世界を大切にする」ものですが、それはそれでいい悪いの問題ではなく、そういう気質を受け入れる寛容さがない社会になっていることが問題かと思います。
その子の特性である気質が生かされず、周りからの疎外感を感じ、否定感を感じてコンプレックスになってしまうのではないかと思います。
一人で遊ぶことを楽しめればいいのですが、楽しかった思い出はない、という青年もいます。
幼い頃のイメージが、さびしそうだ、辛いようだと思うのは、幼い自分(インナーチャイルド)が傷ついて、それが癒されないままになっているからだと思われます。
先月号でも延べましたが、本来幼い子どもは、自分の興味のまま、自分の気持のまま、好きなことに集中し、楽しむことができるのですから。
インナーチャイルドの癒し方、育て方をまだ十分勉強してないので、もっと勉強して青年たちが少しでも生き易くなるよう、一緒に考えて行きたいと思います。
和田ミトリ
2009/05/01
生きづらさについて(2)
生きづらさについて(2)
年会費ありがとうございました――これからも!
4月に年会費をお願いしたところ、多くの方から送金して頂き、本当にありがとうございました。
ただ、郵送費としてはまだ不十分ですし、充実した活動、運営のためにも、これからでも結構ですので送金して頂ければ大変助かります。
読者の皆さまよろしくお願い致します。
アダルトチルドレン
先月から、青年たちの生きづらさを考えているのですが、「人間関係がうまく行かない、しんどい」「気を使いすぎ、傷つき易い」などが多く、これは、、機能不全な家族で育った、いわゆるアダルトチルドレンの行きづらさでもあるようです。
機能不全とまででなくても、いつも“いい子”でなければならなかった、素直な自分を出せなかった、――親の価値観や育て方で――ということが、大人になっても人間関係がしんどく、自信がない(ありのままの自分を信じられない)につながるようです。
「アダルトチルドレンの癒し」について書かれた本のチェックリストには40ほどの項目がありますが、青年たちと関連のがあるものをあげると
•自分に自信がない
•自分に対して過酷な批判をする
•自分は生きている価値がないと思う
•人生を楽しむことが下手である
•他人から認められたいという気持が強い
•摂食障害を起こしている
•他人の目が気になる、被害妄想に陥りやすい
•抑うつ状態に陥る
私自身も生きづらさを感じて来ましたが、両親が仲が悪いというわけではなく、半分自分の意志で9才で養女になり、養父母との信頼関係が出来ないまま、思春期になり、大人になってしまった。
大家族から3人になり、寂しさを感じながら、それを素直に出せず、「帰りたい」とも言えず、子供心に諦めを感じてしまった。
大人になってもなかなか自己表現、自己主張ができず、自信がなく強い言葉にはひいてしまうような…そして時々うつ的になったり。
でも、私の子ども時代は、勉強はそんなに重視されず、時間もあって、よく遊んだこと、友だちと楽しく遊ぶことができて大人になっても楽しむことができます。好奇心もあり、好きなこと、したいこともあります。
ですが、青年たちの中には、子供の頃、楽しかった思い出がなかったり、今も好きなことも特になく、したいことも分からない、と言う青年もいます。
そして、青年たちは「他人から認められたい」という気持が強く、「人と同じようにできない自分」――「働いていない自分」とか、「年齢相応の社会性がない自分」を“ダメだ”と思ってしまう。人それぞれだから“ありのままの自分でいい”とは思えない。
「ありのままの自分では人に受け入れられない」(親にも人にも)という思いが心にしみついていると思われます。
そこには、親が自分の思い価値観通りに子どもを育てたい気持が強く、子どもの気質に合わせたり、子どもの気質を尊重することに気づかなかったりして(親と子の気質とか時代環境も違う)、愛情がなかったわけではないのに…ということもあります。
親が人に合わせること、協調することが苦にならないため、(性格的に外向的で、自己表現もできて)子どもにそれを求めるとか、母親が父親や祖父母に非常に気を使ってるのをみたり、聞いたりして、或いは両親の仲がとても悪く、中をとりもったりして、「母親のことが心配、支えなくては」との思いも起こり、我がままも言えず、「いやだ」とも言えない…そんな子ども時代を過ごしたことが想像されます。
インナーチャイルド
皆さんは自分の子どもの頃、小さかった頃を思い浮かべるとき、どんなイメージ、姿が思い浮かぶでしょうか。
笑っている小さい子、泣いてる子、怒ってる子、何か訴えてる子、或いは何も浮かばない方もいるかもしれません。
私は、笑ってる小さな子が浮かぶのですが、それを浮かべるとき、悲しい気持になります。小さな頃の悲しさがまだ癒されないのかもしれません。
多くのアダルトチルドレンは、子どもの時心に傷つき、その癒し方が分からなかったため、その傷あとが残ったまま大人になってしまったと言えます。
自分の心の中には、大きな傷のため成長が止まってしまっている子ども――それをインナーチャイルド(内なる子ども)と言います――が誰にも(大人になった本人にも)理解されず、認められず、愛されず、小さくなっておどおどしながら心の中にうずくまっているのです。
インナーチャイルドは本来はその人の気質、性格と、子どもとしての普遍的な天性を持ったもので、本当の自分と言えます。
生まれて間もない赤ちゃんから、育って行く赤ちゃんのイメージはどうでしょうか。
あどけなさでいっぱい!自分の興味のまま動き、自分の気持のまま泣いたり笑ったり、そして新しいことに挑戦し、学ぶ力、好きなことに集中する力があります。
でも、人と一緒に過ごす時、自分が好きなことだけを言ったり、したりして生きて行くわけには行かないのをだんだんと知って行きます。そして大人に近づくにつれ、様々な人と出会い、社会のルールに従うことも必要になって来ます。自分のインナーチャイルドと、大人として自制する部分とを折り合いをつけて生きて行くことになります。
ですが、アダルトチルドレンは、インナーチャイルドが傷つき、抑えられて、成長しないため、ありのままの自分を認められず、ありのままの自分を出せず、(自制することも言葉を選ぶことも必要ですが)自発性や個性が出せずにいつも本来の自分を生きていない不全感を感じている、それが生きづらさの主な要因ではないかと思います。そして青年たちだけでなくその親の方も、私も、多かれ少なかれアダルトチルドレンではないかと思われるのですが。
アダルトチルドレンから抜け出し、本来の自分をとり戻すには、インナーチャイルドを癒やし育てていく必要があると思います。どうしたらインナーチャイルドを癒し育てて行かれるか、関心のある方がいらしたら、一緒に学んでいきたいと思います。
(参考文献 「アダルトチルドレン癒しのワーク」
西尾和美著 学陽書店)
和田ミトリ
年会費ありがとうございました――これからも!
4月に年会費をお願いしたところ、多くの方から送金して頂き、本当にありがとうございました。
ただ、郵送費としてはまだ不十分ですし、充実した活動、運営のためにも、これからでも結構ですので送金して頂ければ大変助かります。
読者の皆さまよろしくお願い致します。
アダルトチルドレン
先月から、青年たちの生きづらさを考えているのですが、「人間関係がうまく行かない、しんどい」「気を使いすぎ、傷つき易い」などが多く、これは、、機能不全な家族で育った、いわゆるアダルトチルドレンの行きづらさでもあるようです。
機能不全とまででなくても、いつも“いい子”でなければならなかった、素直な自分を出せなかった、――親の価値観や育て方で――ということが、大人になっても人間関係がしんどく、自信がない(ありのままの自分を信じられない)につながるようです。
「アダルトチルドレンの癒し」について書かれた本のチェックリストには40ほどの項目がありますが、青年たちと関連のがあるものをあげると
•自分に自信がない
•自分に対して過酷な批判をする
•自分は生きている価値がないと思う
•人生を楽しむことが下手である
•他人から認められたいという気持が強い
•摂食障害を起こしている
•他人の目が気になる、被害妄想に陥りやすい
•抑うつ状態に陥る
私自身も生きづらさを感じて来ましたが、両親が仲が悪いというわけではなく、半分自分の意志で9才で養女になり、養父母との信頼関係が出来ないまま、思春期になり、大人になってしまった。
大家族から3人になり、寂しさを感じながら、それを素直に出せず、「帰りたい」とも言えず、子供心に諦めを感じてしまった。
大人になってもなかなか自己表現、自己主張ができず、自信がなく強い言葉にはひいてしまうような…そして時々うつ的になったり。
でも、私の子ども時代は、勉強はそんなに重視されず、時間もあって、よく遊んだこと、友だちと楽しく遊ぶことができて大人になっても楽しむことができます。好奇心もあり、好きなこと、したいこともあります。
ですが、青年たちの中には、子供の頃、楽しかった思い出がなかったり、今も好きなことも特になく、したいことも分からない、と言う青年もいます。
そして、青年たちは「他人から認められたい」という気持が強く、「人と同じようにできない自分」――「働いていない自分」とか、「年齢相応の社会性がない自分」を“ダメだ”と思ってしまう。人それぞれだから“ありのままの自分でいい”とは思えない。
「ありのままの自分では人に受け入れられない」(親にも人にも)という思いが心にしみついていると思われます。
そこには、親が自分の思い価値観通りに子どもを育てたい気持が強く、子どもの気質に合わせたり、子どもの気質を尊重することに気づかなかったりして(親と子の気質とか時代環境も違う)、愛情がなかったわけではないのに…ということもあります。
親が人に合わせること、協調することが苦にならないため、(性格的に外向的で、自己表現もできて)子どもにそれを求めるとか、母親が父親や祖父母に非常に気を使ってるのをみたり、聞いたりして、或いは両親の仲がとても悪く、中をとりもったりして、「母親のことが心配、支えなくては」との思いも起こり、我がままも言えず、「いやだ」とも言えない…そんな子ども時代を過ごしたことが想像されます。
インナーチャイルド
皆さんは自分の子どもの頃、小さかった頃を思い浮かべるとき、どんなイメージ、姿が思い浮かぶでしょうか。
笑っている小さい子、泣いてる子、怒ってる子、何か訴えてる子、或いは何も浮かばない方もいるかもしれません。
私は、笑ってる小さな子が浮かぶのですが、それを浮かべるとき、悲しい気持になります。小さな頃の悲しさがまだ癒されないのかもしれません。
多くのアダルトチルドレンは、子どもの時心に傷つき、その癒し方が分からなかったため、その傷あとが残ったまま大人になってしまったと言えます。
自分の心の中には、大きな傷のため成長が止まってしまっている子ども――それをインナーチャイルド(内なる子ども)と言います――が誰にも(大人になった本人にも)理解されず、認められず、愛されず、小さくなっておどおどしながら心の中にうずくまっているのです。
インナーチャイルドは本来はその人の気質、性格と、子どもとしての普遍的な天性を持ったもので、本当の自分と言えます。
生まれて間もない赤ちゃんから、育って行く赤ちゃんのイメージはどうでしょうか。
あどけなさでいっぱい!自分の興味のまま動き、自分の気持のまま泣いたり笑ったり、そして新しいことに挑戦し、学ぶ力、好きなことに集中する力があります。
でも、人と一緒に過ごす時、自分が好きなことだけを言ったり、したりして生きて行くわけには行かないのをだんだんと知って行きます。そして大人に近づくにつれ、様々な人と出会い、社会のルールに従うことも必要になって来ます。自分のインナーチャイルドと、大人として自制する部分とを折り合いをつけて生きて行くことになります。
ですが、アダルトチルドレンは、インナーチャイルドが傷つき、抑えられて、成長しないため、ありのままの自分を認められず、ありのままの自分を出せず、(自制することも言葉を選ぶことも必要ですが)自発性や個性が出せずにいつも本来の自分を生きていない不全感を感じている、それが生きづらさの主な要因ではないかと思います。そして青年たちだけでなくその親の方も、私も、多かれ少なかれアダルトチルドレンではないかと思われるのですが。
アダルトチルドレンから抜け出し、本来の自分をとり戻すには、インナーチャイルドを癒やし育てていく必要があると思います。どうしたらインナーチャイルドを癒し育てて行かれるか、関心のある方がいらしたら、一緒に学んでいきたいと思います。
(参考文献 「アダルトチルドレン癒しのワーク」
西尾和美著 学陽書店)
和田ミトリ
2009/04/01
生きづらさ
冬に逆戻りのような日々はありましたが、春は確実にやって来るのを感じます。桜の開花は早いのに満開は遅い、自然は一直線には移って行かない、人間の思い通りには進まない。でも、日本は四季の変化が豊かで、自然を身近に感じられます。
月末が近づくと会報を書かねばならないことを考え、「できるかな」という不安がよぎります。でもこうして1ヶ月を振り返りながら、感じることに集中してまとめて行くことは、私にとっていい機会が与えられている、“恵まれている”のを改めて感じます。そういう機会がないと1ヶ月、2ヵ月、漠然と過ごしてしまいます。
青年の集いに参加している青年、訪問や電話で関わっている青年たちのことを思うと、青年たちは非常に生きづらさを感じており、心が痛みます。社会に出ている人も勿論生きづらさを感じている人は多いですが、青年たちは、そのため、なかなか前に進めない、そして、それぞれ生きづらさは少しずつ違うわけで、それを少しでも和らげていくのが道草の家の役目かなと思います。
私自身、どちらかと言うと、生きづらさを感じて来ました。思春期頃からコンプレックスが強く、話すことが苦手、不全感を感じて、でも――だからでしょうか――社会と関わることをしたい、充実感を感じるようなことをして、身心を精一杯動かすようなことをしたいと思い、性格的に(てきぱき活動的でないので)合わないのにリーダーシップをとるようなこともしたりして、生きづらさを感じる日々を送って来ました。でもそうしたことを何もしないのも生きづらいのかもしれません。人間は単純ではなく相反する性格や思いを持つものでしょう。文明が発達し、社会が複雑になればなるほど、一層そうなって、生きづらくなるように思います。
生きづらさと人間関係
青年たちの生きづらさの多くは人間関係の問題のようです。「人間関係がきつい」「人間関係の作り方がわからない」「自信がない」「緊張する」など。
「相手はどう思うだろうか。自分の言葉で相手が不快に思ったり、傷つくのではないか」「自分はこういう場(職場、人がいる場)で適切な言葉を発しているだろうか、年齢相応の話、言葉使いをしているだろうか」などとても気を使っています。気を使えないのではなく気を使いすぎています。(私は、ぼーっとした性格で母に「気が利かない」とよく言われました)。でもあまりにも、相手のことを考え、自分の気持を素直に出せないでいる、それがもやもやしたり、苦しかったりします。
「相手を傷つけることは非常に悪いこと」という観念が強いように思います。それは自分が傷ついた体験を持ち、その辛さが分かるからでしょう。(繊細だったり、いじめを受けたりして)。人間はそれぞれ違うように、その人その人の思いがあって、傷つけるつもりでないことにも傷ついてしまうこともある、(単に考え方が違うだけでも)ということを子供の頃から認識する体験がなかったからかもしれません。その人の問題で傷ついてしまったのに、傷つけるほうが悪い――と一方的に思う人もいるわけで、傷つけたり、不快にさせることを全く避けては人間関係は築けないでしょうが、あまりに繊細だったり非常に辛い体験をしているとなかなかそうは思えないようです。また日本人は体質的に傷つきやすいということも聞いています。
自己肯定感を得るには
どうしたら、「少々人を傷つけるのは仕方がない」と思える、或いは深く傷つかないような自己肯定感、自己信頼感が得られるでしょうか。
一つには「人の役に立っている」感謝され「ありがとう」と言われる体験を多く持つことかと思います。家庭の中で親や家族から「ありがとう」と言われる体験やボランティア体験をすることなど。
そして、自分も意識して「ありがとう」と言う体験も大事では、と思います。昔から、ごはんを食べる時、「いただきます」と言いますが、稲を育てたお百姓さん、精米して、お店まで運ぶ人、お店で売るお米屋さん、そしてそれを買って来てごはんを炊いたお母さん(そのために必要なおかまやお茶わんを作った人も)…など沢山の人、八十八の手を経て食べられるようになったことを感謝する意味があって、「いただきます」「ごちそうさま」を言うのだと教わりました。
その他、お金で色々物を買ってますが、そこには沢山の手が加えられているのですね。(お金さえあれば、好きな物が買える、好きなことができる、と思いがちですが、目の前には見えない沢山の人の手があってこそ、可能になるのだと思います。)
心の不自由さを外したい?
「心の自由、不自由」をもう一度考えてみますと、「したいことができない不自由さ」を第一の不自由とし、第二の不自由として「できるはずなのに」「誰でもできることを、できない自分はだめ」と自分を責めることなのですが、この第二の不自由さを感じなければ、心はそんなに不自由にならない、楽になると思います。
つまり「うまくいかないこともある」「失敗したとしても、失敗することは本当に悪いことではない、完璧などありえない」「失敗するから何もしない――よりも、失敗するかもしれないけど、行動する方がいい」とは思えないでしょうか。
日本人の風潮として「失敗は悪いこと」と言われ、(私の母もそう言ってました)自己責任ばかり追及されがちですが、もっと寛容になってほしいと思います。契約社会と言われ、責任も重視されるアメリカですが、失敗してもそれを回復しようと努力する人には応援支援する国民性があると聞きました。
それから人間には先のことを考える想像力があって、先のことをマイナスに想像してしまう心の不自由さもあるわけですが、また先のことをプラスに想像する力もあるわけです。
「自分はこういうことをしたい。こういうことをしたら自分はこうなるだろう」とか、「こういう自分になりたい」「こういう自分になりたいからこんなことをしたい」など、プラスのこと明るいイメージを抱く、それは脳を活性化させ、また脳の記憶の場所にそういうイメージが記憶されます。(SAT療法でよく言われます)。そしてエネルギーが出ます。そして明るいイメージの方に近づくことができる…可能性があります。
人の心は不自由な面がありますが、視点を変えれば自由になることもあるのではないでしょうか。
和田ミトリ
月末が近づくと会報を書かねばならないことを考え、「できるかな」という不安がよぎります。でもこうして1ヶ月を振り返りながら、感じることに集中してまとめて行くことは、私にとっていい機会が与えられている、“恵まれている”のを改めて感じます。そういう機会がないと1ヶ月、2ヵ月、漠然と過ごしてしまいます。
青年の集いに参加している青年、訪問や電話で関わっている青年たちのことを思うと、青年たちは非常に生きづらさを感じており、心が痛みます。社会に出ている人も勿論生きづらさを感じている人は多いですが、青年たちは、そのため、なかなか前に進めない、そして、それぞれ生きづらさは少しずつ違うわけで、それを少しでも和らげていくのが道草の家の役目かなと思います。
私自身、どちらかと言うと、生きづらさを感じて来ました。思春期頃からコンプレックスが強く、話すことが苦手、不全感を感じて、でも――だからでしょうか――社会と関わることをしたい、充実感を感じるようなことをして、身心を精一杯動かすようなことをしたいと思い、性格的に(てきぱき活動的でないので)合わないのにリーダーシップをとるようなこともしたりして、生きづらさを感じる日々を送って来ました。でもそうしたことを何もしないのも生きづらいのかもしれません。人間は単純ではなく相反する性格や思いを持つものでしょう。文明が発達し、社会が複雑になればなるほど、一層そうなって、生きづらくなるように思います。
生きづらさと人間関係
青年たちの生きづらさの多くは人間関係の問題のようです。「人間関係がきつい」「人間関係の作り方がわからない」「自信がない」「緊張する」など。
「相手はどう思うだろうか。自分の言葉で相手が不快に思ったり、傷つくのではないか」「自分はこういう場(職場、人がいる場)で適切な言葉を発しているだろうか、年齢相応の話、言葉使いをしているだろうか」などとても気を使っています。気を使えないのではなく気を使いすぎています。(私は、ぼーっとした性格で母に「気が利かない」とよく言われました)。でもあまりにも、相手のことを考え、自分の気持を素直に出せないでいる、それがもやもやしたり、苦しかったりします。
「相手を傷つけることは非常に悪いこと」という観念が強いように思います。それは自分が傷ついた体験を持ち、その辛さが分かるからでしょう。(繊細だったり、いじめを受けたりして)。人間はそれぞれ違うように、その人その人の思いがあって、傷つけるつもりでないことにも傷ついてしまうこともある、(単に考え方が違うだけでも)ということを子供の頃から認識する体験がなかったからかもしれません。その人の問題で傷ついてしまったのに、傷つけるほうが悪い――と一方的に思う人もいるわけで、傷つけたり、不快にさせることを全く避けては人間関係は築けないでしょうが、あまりに繊細だったり非常に辛い体験をしているとなかなかそうは思えないようです。また日本人は体質的に傷つきやすいということも聞いています。
自己肯定感を得るには
どうしたら、「少々人を傷つけるのは仕方がない」と思える、或いは深く傷つかないような自己肯定感、自己信頼感が得られるでしょうか。
一つには「人の役に立っている」感謝され「ありがとう」と言われる体験を多く持つことかと思います。家庭の中で親や家族から「ありがとう」と言われる体験やボランティア体験をすることなど。
そして、自分も意識して「ありがとう」と言う体験も大事では、と思います。昔から、ごはんを食べる時、「いただきます」と言いますが、稲を育てたお百姓さん、精米して、お店まで運ぶ人、お店で売るお米屋さん、そしてそれを買って来てごはんを炊いたお母さん(そのために必要なおかまやお茶わんを作った人も)…など沢山の人、八十八の手を経て食べられるようになったことを感謝する意味があって、「いただきます」「ごちそうさま」を言うのだと教わりました。
その他、お金で色々物を買ってますが、そこには沢山の手が加えられているのですね。(お金さえあれば、好きな物が買える、好きなことができる、と思いがちですが、目の前には見えない沢山の人の手があってこそ、可能になるのだと思います。)
心の不自由さを外したい?
「心の自由、不自由」をもう一度考えてみますと、「したいことができない不自由さ」を第一の不自由とし、第二の不自由として「できるはずなのに」「誰でもできることを、できない自分はだめ」と自分を責めることなのですが、この第二の不自由さを感じなければ、心はそんなに不自由にならない、楽になると思います。
つまり「うまくいかないこともある」「失敗したとしても、失敗することは本当に悪いことではない、完璧などありえない」「失敗するから何もしない――よりも、失敗するかもしれないけど、行動する方がいい」とは思えないでしょうか。
日本人の風潮として「失敗は悪いこと」と言われ、(私の母もそう言ってました)自己責任ばかり追及されがちですが、もっと寛容になってほしいと思います。契約社会と言われ、責任も重視されるアメリカですが、失敗してもそれを回復しようと努力する人には応援支援する国民性があると聞きました。
それから人間には先のことを考える想像力があって、先のことをマイナスに想像してしまう心の不自由さもあるわけですが、また先のことをプラスに想像する力もあるわけです。
「自分はこういうことをしたい。こういうことをしたら自分はこうなるだろう」とか、「こういう自分になりたい」「こういう自分になりたいからこんなことをしたい」など、プラスのこと明るいイメージを抱く、それは脳を活性化させ、また脳の記憶の場所にそういうイメージが記憶されます。(SAT療法でよく言われます)。そしてエネルギーが出ます。そして明るいイメージの方に近づくことができる…可能性があります。
人の心は不自由な面がありますが、視点を変えれば自由になることもあるのではないでしょうか。
和田ミトリ
2009/03/01
ひとりごと
人と関わる私を見て「優しいだけでなく、強さも必要だ」という言葉を受けることがある。私は強い人、強い言葉にたじろぐ弱さを持っている。人に対し強いことは言えない。でも人と関わることが好きで、心の交流を求めてカウンセラーの道を選んだ(色々な活動、仕事を経て 私の心の根本にある感情は何だろう。10年位前は「悲しい」という言葉がよく浮かんだ。今は殆んど意識されないが、今、ふと心の奥にある感情をみつめると、“悲しい”という言葉も浮かぶ。でも多くを占めているわけではない。
そう、少し悲しく、少し不安で(時には大きくなるが)、少しユウウツで(時には大きくなるが)、少しさびしく、少し明るく、少し暖かく、そして少し諦めの気持があり、すこし何か未来への期待があり…それが“自分”なんだという気持ちがある。若い頃は非常に自信がなく、悲観主義が強かった。今は「人間って、みにくい存在だ」と思う面もあるが、「人間ってやっぱりいいもんだ」との思いもあり、それが自分を支えて来たのだろう。
また気質的に完ぺき主義ではなく、思いつめないところがあり悲観的な気持、ユウウツ感にとらわれることがあっても、好きなこと楽しいことをしたい気持も残っており、(映画、読書、テレビドラマ、美術館めぐりなど)、話ができる友だちがいた――ということが、今まで何とか活動を続けられた理由かもしれない。
カウンセリングだけの仕事であれば、私のカウンセリングに合う人が続けて行くことでいいけれど、「道草の家」という所で大勢の青年や親の方、支援者などと関わる場合、できるだけ多くの人が、参加することで得るものがある――ことの考慮も!
「私でいいのかな」とふと思うこともあるけど、スタッフに支えられ、青年たちから元気をもらいながら、(青年たちと話すのも好き)できるだけのことをやるしかない――よね、とひとりごと。自分の弱さを自覚しているからこそ、弱い人の気持になっている人、弱い立場の人、辛い気持になっている人の気持を理解し易い――ということもあるだろうし。でも十分に理解し、十分な対応ができないことも勿論あって、「許してほしい」と言う気持も・・・・
心の自由・不自由
自分の気持ちはいつも自由だ――と思える人は少ないでしょう。生活が豊かになったのに、なぜこんなに悩むことが多いのか――と思う人が多いのでは。
人間以外の生物、ある昆虫などは土の中、木(幹)の中に何年もじっとしていても悩まない。人間は知恵が発達し、明日のこと、さらにその先のことを考えるようになり、植物を育てたりして先の備えもできるようになった、でも一方、飢饉で食べられなくなるのではないか、という先のことを考えての不安の感情も生じて来ます。(以下、「心はなぜ不自由か」(PHP新書)を読んで共感したところをまとめてみます。)
昔の人の生活は自然に支配されることが多く、選択肢が少ない一生でした。でも文明が進むにつれ多様になり、選択肢が多くなって来ます。目の前の対象を手に入れる自由が多くなればなるほど、手に入れられない不自由も多くなります。この自由とは「しようとしてできること」で、不自由とは「しようとしてできないこと」と言えますが、それを第一の不自由とすれば、できないと分かった上で、当初したいと思った、その思いそのものを、自分でコントロールできない――という第二の不自由が起こって来ます。
多くの人がやっていることだから「できるはず」「かんばればできるはず」・・・でもがんばってもうまくいかないこと(第二の不自由)そして悩み苦しむ――ということは非常に多いのではないでしょうか。
青年たちや親の方、今の日本社会を見るにつけ(自分も含めて)、第二の不自由に振りまわされ、辛い思いをしてる人が多いのを感じます。「多くの人が働いているように、なぜ自分は(子どもは)働けないのだろう」「なぜ、普通の、社会一般の人と同じようにコミュニケーションができないのだろう」「自分と同じくらいの年の人は結婚しているのに、自分はできない…」など、特に日本人は「他人からどう見られているか」「普通が大事」という観念があるので、多くの人(普通)からはみ出たことを恥しいと思いがちです。
でも、しようとしてできないことは誰でもあると思います。素質、気質、それまでの辛い体験、そして体験不足などで。
はっきりした障害があれば、それを自然の壁(人為ではどうしようもない)として、断念して、ありのままをひき受けて、それなりの生き方を考えて行こう、という思いに、切り変えられます。でも長くひきこもっている青年やいじめ、不登校を経験している青少年は、自立の力がついていないこと、目に見えない力不足もありますし、対人恐怖が強かったり、それ以上に強いコンプレックスという“第二の不自由”で自分を縛ってしまい、動きをとれなくしていると思います。目に見えた障害があるわけではないので、人は「がんばればできるはず」と思っているに違いない――という思いにとらわれて苦しんでいます。
東南アジアの子どもたち
<青年の思い>の方でも語られていますが、フィリピンなど東南アジアの貧しい生活をしている子どもたちが、生き生きした目をしている――というのはなぜでしょう。一つには、今述べた心の不自由を感じていないからでは、と思います。一日一日を精一杯生きることで、他の選択肢がないことは、「もっと他のことをしたいのにできない」とか「できない自分はダメだ」と思うこともないからだと思います。できること(マンゴを売ったり、ゴミの山から売れるものを探したり)をやっているし、家族や友達と助け合って生きている実感があるからではないでしょうか。人とくらべることがなく意識しないでしょうが、お互いに認め認められ自己肯定があるでしょう。
若いお母さんなど子育てに不安を感じ、神経過敏になっているのを聞きます。砂場で遊ばせるのも、猫や犬のふんがあるから不潔で病気になっては困るの――と言って遊ばせない――とかなど
そして、他の子に遅れをとらないよう、1才から塾につれて行ったり、先の先のことを考えているようです。自分も人も信頼できなし、先のことを考え、不安になる、まわりとくらべて遅れないか、ふつうでないとどう思われるだろう。――と他を気にするから不安になる。親自身が不安であれば子どもが不安になる、日本の子どもたちは他の国にくらべ自己肯定感を持てない子どもが多い。そのままの自分を受け入れられない不自由を感じているし、それには、自分を肯定できない気持もあるでしょう。
私たちが万葉の時代、万葉集の歌・防人の歌などに憧れ癒されるのも選択肢のない中で他とくらべることなく素直な自分の思いを、ひたむきな思いを歌っているからではないか、と思います。
和田ミトリ
そう、少し悲しく、少し不安で(時には大きくなるが)、少しユウウツで(時には大きくなるが)、少しさびしく、少し明るく、少し暖かく、そして少し諦めの気持があり、すこし何か未来への期待があり…それが“自分”なんだという気持ちがある。若い頃は非常に自信がなく、悲観主義が強かった。今は「人間って、みにくい存在だ」と思う面もあるが、「人間ってやっぱりいいもんだ」との思いもあり、それが自分を支えて来たのだろう。
また気質的に完ぺき主義ではなく、思いつめないところがあり悲観的な気持、ユウウツ感にとらわれることがあっても、好きなこと楽しいことをしたい気持も残っており、(映画、読書、テレビドラマ、美術館めぐりなど)、話ができる友だちがいた――ということが、今まで何とか活動を続けられた理由かもしれない。
カウンセリングだけの仕事であれば、私のカウンセリングに合う人が続けて行くことでいいけれど、「道草の家」という所で大勢の青年や親の方、支援者などと関わる場合、できるだけ多くの人が、参加することで得るものがある――ことの考慮も!
「私でいいのかな」とふと思うこともあるけど、スタッフに支えられ、青年たちから元気をもらいながら、(青年たちと話すのも好き)できるだけのことをやるしかない――よね、とひとりごと。自分の弱さを自覚しているからこそ、弱い人の気持になっている人、弱い立場の人、辛い気持になっている人の気持を理解し易い――ということもあるだろうし。でも十分に理解し、十分な対応ができないことも勿論あって、「許してほしい」と言う気持も・・・・
心の自由・不自由
自分の気持ちはいつも自由だ――と思える人は少ないでしょう。生活が豊かになったのに、なぜこんなに悩むことが多いのか――と思う人が多いのでは。
人間以外の生物、ある昆虫などは土の中、木(幹)の中に何年もじっとしていても悩まない。人間は知恵が発達し、明日のこと、さらにその先のことを考えるようになり、植物を育てたりして先の備えもできるようになった、でも一方、飢饉で食べられなくなるのではないか、という先のことを考えての不安の感情も生じて来ます。(以下、「心はなぜ不自由か」(PHP新書)を読んで共感したところをまとめてみます。)
昔の人の生活は自然に支配されることが多く、選択肢が少ない一生でした。でも文明が進むにつれ多様になり、選択肢が多くなって来ます。目の前の対象を手に入れる自由が多くなればなるほど、手に入れられない不自由も多くなります。この自由とは「しようとしてできること」で、不自由とは「しようとしてできないこと」と言えますが、それを第一の不自由とすれば、できないと分かった上で、当初したいと思った、その思いそのものを、自分でコントロールできない――という第二の不自由が起こって来ます。
多くの人がやっていることだから「できるはず」「かんばればできるはず」・・・でもがんばってもうまくいかないこと(第二の不自由)そして悩み苦しむ――ということは非常に多いのではないでしょうか。
青年たちや親の方、今の日本社会を見るにつけ(自分も含めて)、第二の不自由に振りまわされ、辛い思いをしてる人が多いのを感じます。「多くの人が働いているように、なぜ自分は(子どもは)働けないのだろう」「なぜ、普通の、社会一般の人と同じようにコミュニケーションができないのだろう」「自分と同じくらいの年の人は結婚しているのに、自分はできない…」など、特に日本人は「他人からどう見られているか」「普通が大事」という観念があるので、多くの人(普通)からはみ出たことを恥しいと思いがちです。
でも、しようとしてできないことは誰でもあると思います。素質、気質、それまでの辛い体験、そして体験不足などで。
はっきりした障害があれば、それを自然の壁(人為ではどうしようもない)として、断念して、ありのままをひき受けて、それなりの生き方を考えて行こう、という思いに、切り変えられます。でも長くひきこもっている青年やいじめ、不登校を経験している青少年は、自立の力がついていないこと、目に見えない力不足もありますし、対人恐怖が強かったり、それ以上に強いコンプレックスという“第二の不自由”で自分を縛ってしまい、動きをとれなくしていると思います。目に見えた障害があるわけではないので、人は「がんばればできるはず」と思っているに違いない――という思いにとらわれて苦しんでいます。
東南アジアの子どもたち
<青年の思い>の方でも語られていますが、フィリピンなど東南アジアの貧しい生活をしている子どもたちが、生き生きした目をしている――というのはなぜでしょう。一つには、今述べた心の不自由を感じていないからでは、と思います。一日一日を精一杯生きることで、他の選択肢がないことは、「もっと他のことをしたいのにできない」とか「できない自分はダメだ」と思うこともないからだと思います。できること(マンゴを売ったり、ゴミの山から売れるものを探したり)をやっているし、家族や友達と助け合って生きている実感があるからではないでしょうか。人とくらべることがなく意識しないでしょうが、お互いに認め認められ自己肯定があるでしょう。
若いお母さんなど子育てに不安を感じ、神経過敏になっているのを聞きます。砂場で遊ばせるのも、猫や犬のふんがあるから不潔で病気になっては困るの――と言って遊ばせない――とかなど
そして、他の子に遅れをとらないよう、1才から塾につれて行ったり、先の先のことを考えているようです。自分も人も信頼できなし、先のことを考え、不安になる、まわりとくらべて遅れないか、ふつうでないとどう思われるだろう。――と他を気にするから不安になる。親自身が不安であれば子どもが不安になる、日本の子どもたちは他の国にくらべ自己肯定感を持てない子どもが多い。そのままの自分を受け入れられない不自由を感じているし、それには、自分を肯定できない気持もあるでしょう。
私たちが万葉の時代、万葉集の歌・防人の歌などに憧れ癒されるのも選択肢のない中で他とくらべることなく素直な自分の思いを、ひたむきな思いを歌っているからではないか、と思います。
和田ミトリ