先日、一泊旅行で長野の方に行って来ました。久しぶりに自然いっぱいの中を、戸隠、飯綱、黒姫の辺りを歩きました。戸隠神社の奥社に行く参道は両側に太さ、高さとも初めて見る、大きい杉の並木、何百年も変らずここに立っているのだという思い、また太い幹の皮は縦にすじが沢山はいっていて、はがれている所もあり、年々変っているのだと思い、そしてこの道を何百年も前から人々が通っているのだという思い、が浮かびました。木のにおい、緑の葉の風にすれる音、せせらぎの音、友だちは、「マイナスイオンがいっぱい」と言っていました。後半は、何百段?の石段、ここも、多くの人が登った所、息を切らしながら登り切りました。昔から、少し苦労して、たどりついたということに祈りを聞き入れてくれそうだと、感じたのではないか、と思いました。私も特に神社信仰はないのですが、お賽銭をあげて、お祈りをしました。「私が幸せでありますように」「生きとし生けるものが幸せでありますように」という言葉が浮かびました。(これは、本来は、神仏に祈る言葉ではなく自分の心に向けてのものですが)
翌日は、一茶記念館を訪ねました。一茶には多少興味を持ってました。今は夏で、千葉と余り変らない気候ですが、冬は雪深く、記念館も12月~3月まで閉館です。一茶の一生と俳句に関するものが、展示されていましたが、子供の頃に知った「やれ打つな蝿が手をする足をする」という句もありました。また近くには墓と句碑があり、「是がまあつひの栖か雪五尺」の句碑を見て、晩年はこういうくらしと心境だったのだと感じました。そして「目出度さもちう位也おらが春」は、一茶の特徴、あるがままを尊重している、そして庶民的な感情「哀しい、楽しい、心屈したとき、心高揚したときの気持ち」を率直に表現しているようで好きな句です。200年位前の(1763~1827年)一茶の小さな動物や植物、子供たち、弱い者に気持ちを注ぐ人生と人々の生活がしのばれます。私たちが失ったものが、ここに生きていたのだと、痛感させられました。
和田 ミトリ
ひきこもり、うつ等精神疾患、発達障害の方の出会いと憩いの場所。 他不登校児支援。社会福祉士による行政支援および生活の困り事に対しての解決に向けての相談。心理カウンセラーによるカウンセリングも行っております。
2008/09/01
生きづらさ”をめぐって
一茶が生きた時代、一茶の世界、小さき者、弱き者への愛を思うとき、今の日本社会の生き辛さを改めて感じます。多くの人、殆んどの人がますます生き辛くなって来ていることを感じているのではないでしょうか。特に若い人は、自分たちがそうした訳ではないのに、いつの間にか、生き辛い世の中に放り出されているのを感じ、無力感を感じてしまうのではないか、と思います。生きる意味とか生きがい、生きる価値などを見出せないまま、漂ったり、よどんでいる感じを抱く若者たち…意識する人もしない人もいるでしょうが、意識している人は「大人、団塊の世代が今の社会を作った、僕たちのせいではない」と言ったりします。
ニート、ひきこもる青年たちが、働く場所、そんなに辛い思いをしないで働ける場所は簡単に見つからない。「青年の思い」でもとりあげましたが、人間関係に慣れていない、“人が恐い”ということもありますが、世の中全体が余裕なく、そういう若者を受け入れたり支援する雰囲気ではないように感じます。
高度経済成長、資本主義の影響が、それが、成長が殆ど止まった現在も大きく影響しているように思います。そしてたえまない発展の中に私たちはいる。文明の発展は続いていますが、どれだけの人がそれを享受しているでしょう。確かに非常に便利にはなりましたが、そのデメリットも大きい。
若者も子供たちも全体に元気がなくなっているように思います。漠然とした不安やもの足りなさを感じ、生きている実感を感じられない…そんな中でいじめも起きているのでしょう。
「悩む力」(姜尚中著 集英社新書)を読んでいて、その疑問に答えるような文に出会いました。「人が自然の摂理に即した暮らしをしているときは、有機的な輪廻のようなものの中で、生きるために必要なことをほぼ学んで、人生に満足して死ぬことができます。しかし、絶え間ない発展の途上に生きている人は、その時しか価値を持たない一時的なものしか学べず、けっして満足することなく死ぬことになります…」
私流に解釈すると、昔は、生きるために、生活するために、子供なりに家の手伝いをしながら、体験的に徐々に生きる術を学んで行く、知識として学校で教えてもらうのではなく。季節、季節ごとに工夫をする生活や行事、子どもの手伝い(畑や家事、生活に必要なもの、遊び道具などの物を作るなど)も必要で、子供自身も家族のために役立っているのを感じる…。今は、社会に出た時、本当に役に立つのか分からないような高度な知識も覚えなければならない。(中学生以上になると、数学などついて行かれない生徒が多くなり、コンプレックスばかり大きくなる)でも本来、自分で体験して、(物を作ったり、野菜を育てたり、お祭りなどの行事に参加したり)達成感、役に立つ喜びなどと共に生きる術を学び、生きる実感を感じるものではないでしょうか、そして大人になるにつれ、難しいこともできるようになり、また、子供たちに伝えて行く役割もできる。
自然、植物が生まれて(芽が出て)大きくなって、枯れていくように人間も自然の一部として、生まれ、死んでいく、そして何かに生まれ変る。それが自然の摂理であり、そこに生きる意味も感じられる。人と競争したり、焦ることはない生活があったでしょう。そこまで、戻ることは出来ませんが、少しでも意識して、競争しない、ゆったりと生きることの大切さを感じることはできるかもしれません。
また、新聞でに掲載されてたのですが、「青少年の体験活動と自立に関する実態調査」によると、小学生ですが、自然体験が多い方が自己肯定感が高い傾向にある…とありました。
青年になってしまうと、簡単ではないかもしれませんが、自然体験、キャンプなどが体験できれば、と思います。ただそういうことにも余り対人恐怖が強かったり、エネルギーが低い場合は、それをある程度回復する必要があります。仲間と語らいの中で話すことの抵抗を弱めたり、何らかの形で自己表現ができるようにと思ってます。(箱庭、パステル画などで表現が豊かになって行く青年もいます)
和田 ミトリ
ニート、ひきこもる青年たちが、働く場所、そんなに辛い思いをしないで働ける場所は簡単に見つからない。「青年の思い」でもとりあげましたが、人間関係に慣れていない、“人が恐い”ということもありますが、世の中全体が余裕なく、そういう若者を受け入れたり支援する雰囲気ではないように感じます。
高度経済成長、資本主義の影響が、それが、成長が殆ど止まった現在も大きく影響しているように思います。そしてたえまない発展の中に私たちはいる。文明の発展は続いていますが、どれだけの人がそれを享受しているでしょう。確かに非常に便利にはなりましたが、そのデメリットも大きい。
若者も子供たちも全体に元気がなくなっているように思います。漠然とした不安やもの足りなさを感じ、生きている実感を感じられない…そんな中でいじめも起きているのでしょう。
「悩む力」(姜尚中著 集英社新書)を読んでいて、その疑問に答えるような文に出会いました。「人が自然の摂理に即した暮らしをしているときは、有機的な輪廻のようなものの中で、生きるために必要なことをほぼ学んで、人生に満足して死ぬことができます。しかし、絶え間ない発展の途上に生きている人は、その時しか価値を持たない一時的なものしか学べず、けっして満足することなく死ぬことになります…」
私流に解釈すると、昔は、生きるために、生活するために、子供なりに家の手伝いをしながら、体験的に徐々に生きる術を学んで行く、知識として学校で教えてもらうのではなく。季節、季節ごとに工夫をする生活や行事、子どもの手伝い(畑や家事、生活に必要なもの、遊び道具などの物を作るなど)も必要で、子供自身も家族のために役立っているのを感じる…。今は、社会に出た時、本当に役に立つのか分からないような高度な知識も覚えなければならない。(中学生以上になると、数学などついて行かれない生徒が多くなり、コンプレックスばかり大きくなる)でも本来、自分で体験して、(物を作ったり、野菜を育てたり、お祭りなどの行事に参加したり)達成感、役に立つ喜びなどと共に生きる術を学び、生きる実感を感じるものではないでしょうか、そして大人になるにつれ、難しいこともできるようになり、また、子供たちに伝えて行く役割もできる。
自然、植物が生まれて(芽が出て)大きくなって、枯れていくように人間も自然の一部として、生まれ、死んでいく、そして何かに生まれ変る。それが自然の摂理であり、そこに生きる意味も感じられる。人と競争したり、焦ることはない生活があったでしょう。そこまで、戻ることは出来ませんが、少しでも意識して、競争しない、ゆったりと生きることの大切さを感じることはできるかもしれません。
また、新聞でに掲載されてたのですが、「青少年の体験活動と自立に関する実態調査」によると、小学生ですが、自然体験が多い方が自己肯定感が高い傾向にある…とありました。
青年になってしまうと、簡単ではないかもしれませんが、自然体験、キャンプなどが体験できれば、と思います。ただそういうことにも余り対人恐怖が強かったり、エネルギーが低い場合は、それをある程度回復する必要があります。仲間と語らいの中で話すことの抵抗を弱めたり、何らかの形で自己表現ができるようにと思ってます。(箱庭、パステル画などで表現が豊かになって行く青年もいます)
和田 ミトリ
2008/08/01
生を肯定できる時
先日、これからのことを考えると、しんどいこともあるし、期限までにやらなければならないことが沢山あるし、「やれるだろうか」と不安になって、ふーっとゆううつな気分になりました。生きることを否定的に感じてしまうような。
そんな時、「あの音楽を聴こう、『銀河鉄道の夜』を聴こう。これを聴けることだけでも、生きていることを肯定できる」と思いました。そのCDは、千葉市に新しくできたプラネタリウムを見に行った青年が、星空が上映されている間流れていた音楽が気に入って、買って来て道草の家に持って来たものでした。
その音楽を聴いているうちに心が安らぎました。宮沢賢治の童話(銀河鉄道の夜)は大好きで、寝る前に毎晩読んだ時期もありました。ゆったりした曲は、童話の雰囲気を思い出させ、広い宇宙を感じさせ、そして、純粋で夢見がちな子供の頃の懐かしさで胸がふくらみました。
若い頃、仲間に裏切られて(と思って)人間不信に陥った時がありましたが、でも「昔から人間は美しいものを創って来た、絵画や彫刻や伝統工芸的な物、或いは建物などを。そういうことができる人間の一面は信頼できる」と思ったものでした。
それから統合失調症の人が殆んどの時間を気分がもやもやして、生きているのを辛く感じながら過ごしていたのが、ある時、気分がすっきりした時があって、ちょうどその時、窓から夕日の沈むのが見えて「こんなにきれいな夕日を見ることができて、それだけでも生きている意味があると思った」と、ある本で読んだのを思い出します。
私も自然の中にいる時、雄大な自然を見たりした時、(道草の家の行事で山歩きをした時、房総の山なみを眺めて、2、300mの高さの山でしたが、幾重にも連なっている山なみの雄大さに心が広がる感じでした)生きていることの、喜びを感じます。皆さんは?
青年たちに聞いてみましたが、人との関わりの中で感じるものと、自然によって、また人間の創ったものによって「生きていることはいいことだ」と感じるのと両方があると思います。人との関わりの中で感じることは生きることを積極的にさせると思いますが、なかなかそればかりも得られないことも。直接でないもの、芸術的なものや自然の中でも感じられたら(感動したり、安らいだり)生きる力になるのではないでしょうか。
和田 ミトリ
そんな時、「あの音楽を聴こう、『銀河鉄道の夜』を聴こう。これを聴けることだけでも、生きていることを肯定できる」と思いました。そのCDは、千葉市に新しくできたプラネタリウムを見に行った青年が、星空が上映されている間流れていた音楽が気に入って、買って来て道草の家に持って来たものでした。
その音楽を聴いているうちに心が安らぎました。宮沢賢治の童話(銀河鉄道の夜)は大好きで、寝る前に毎晩読んだ時期もありました。ゆったりした曲は、童話の雰囲気を思い出させ、広い宇宙を感じさせ、そして、純粋で夢見がちな子供の頃の懐かしさで胸がふくらみました。
若い頃、仲間に裏切られて(と思って)人間不信に陥った時がありましたが、でも「昔から人間は美しいものを創って来た、絵画や彫刻や伝統工芸的な物、或いは建物などを。そういうことができる人間の一面は信頼できる」と思ったものでした。
それから統合失調症の人が殆んどの時間を気分がもやもやして、生きているのを辛く感じながら過ごしていたのが、ある時、気分がすっきりした時があって、ちょうどその時、窓から夕日の沈むのが見えて「こんなにきれいな夕日を見ることができて、それだけでも生きている意味があると思った」と、ある本で読んだのを思い出します。
私も自然の中にいる時、雄大な自然を見たりした時、(道草の家の行事で山歩きをした時、房総の山なみを眺めて、2、300mの高さの山でしたが、幾重にも連なっている山なみの雄大さに心が広がる感じでした)生きていることの、喜びを感じます。皆さんは?
青年たちに聞いてみましたが、人との関わりの中で感じるものと、自然によって、また人間の創ったものによって「生きていることはいいことだ」と感じるのと両方があると思います。人との関わりの中で感じることは生きることを積極的にさせると思いますが、なかなかそればかりも得られないことも。直接でないもの、芸術的なものや自然の中でも感じられたら(感動したり、安らいだり)生きる力になるのではないでしょうか。
和田 ミトリ
相互承認
20代から30代にかけての青年による無差別殺人事件があいついで起きています。背景は、それぞれ違う面、似た面があるかと思いますが、「誰でもよかった」「自分は誰にも必要とされない」「親は分かってくれない」「親は相談にのってくれない」「死にたいけど一人では死ねない」などの言葉が気になります。
共通するのは話をする仲間、悩みを話す友だちがいない、ということかと思います。でも「世間を騒がせたかった」「親を困らせたかった」という言葉は、本当は親とのつながりを求め、社会とのつながりを求めていた、でも得られない、分かってほしいのに分かってくれない、そういう鬱積がたまって爆発したのではないかと思います。現在の職場の体制は、特に派遣という形は、人を育てる、大事にするのではなく、使い捨て、であり、様々な性格の青年を受け入れるものではなく、よほど外交的な性格でないと疎外感、孤立感、そして将来の不安を感じさせるものだとおもいます。
でもまた、青年たちは一方的に相手に求めているように感じます。勿論、それが問題であり、青年たちの責任だと言ってるのではないのですが。「誰も自分を必要としてくれない」「誰も分かってくれない」などと相手に求めている。必要とされるには自分も相手を必要としなければ成り立たないし、自分を分かってほしいなら、自分も相手も分かろうとし、又、どういうところが分かってほしいのか、など表現しなければならないと思います。そして全面的に分かってもらうことは不可能だという自覚も必要だと思います。
一方的に求めることが多い、それは育ち方にようると思います。「相互承認」という言葉を「悩む力」(姜尚中著、集英社新書)の中で読んで「これだ」と思いました。まず、親は子供を認める、そして子供はそういう親を認める、という親子関係が基準になるのに、そういう相互の関係が希薄です。勉強ができなくても、行動が遅くても、その子の個性としてありのままを認められたら!学校でも、大人しい子、活発でない子は認められない雰囲気もあり、(競争主義、成績中心で)お互いに認め合う関係を身につけないまま育った、と言えるでしょう。ゆったりしたおおらかな雰囲気の中でお互いに違いを認めながら、完全でなくても認め合う力が育っていればと思いますが、認めてほしい気持ちが満たされないまま、求める気持ちが大きくなったのではと思います。
また「悩む力」の中で「私は、自我というものは他者との『相互承認』の産物だと言いたいです。そしてもっと重要なことは、承認してもらうためには、自分を他者に対して投げ出す必要がある」と言っています。やはり自我も一人では育たない、お互いに自分を出し向き合い、認め合う中で育つのでしょう。
職場でも他の場所でも、「自分も役に立ちたい」「教えてもらいたい」という積極性があれば、積極的に関わってくれて、お互いに「必要だ」という感覚になるのでは、と思います。
もう一つ、20代から30代の青年が育った時代はちょうどファミコンがはやっていて、ゲームの世界で過ごすことが多かった。生身の人間との関係ではなく、左脳ばかりを使っては想像力、情緒も育たない。生身の人間の中で喜びや悲しみなどを感じる体験もなく、相手がどんな気持ちかが想像できないまま育った、という面もあると思います。無差別殺人も、それがどういうことなのか想像できないまま、受け身(被害者)の怒りのままに走ってしまった、とういことがあると思います。
和田 ミトリ
共通するのは話をする仲間、悩みを話す友だちがいない、ということかと思います。でも「世間を騒がせたかった」「親を困らせたかった」という言葉は、本当は親とのつながりを求め、社会とのつながりを求めていた、でも得られない、分かってほしいのに分かってくれない、そういう鬱積がたまって爆発したのではないかと思います。現在の職場の体制は、特に派遣という形は、人を育てる、大事にするのではなく、使い捨て、であり、様々な性格の青年を受け入れるものではなく、よほど外交的な性格でないと疎外感、孤立感、そして将来の不安を感じさせるものだとおもいます。
でもまた、青年たちは一方的に相手に求めているように感じます。勿論、それが問題であり、青年たちの責任だと言ってるのではないのですが。「誰も自分を必要としてくれない」「誰も分かってくれない」などと相手に求めている。必要とされるには自分も相手を必要としなければ成り立たないし、自分を分かってほしいなら、自分も相手も分かろうとし、又、どういうところが分かってほしいのか、など表現しなければならないと思います。そして全面的に分かってもらうことは不可能だという自覚も必要だと思います。
一方的に求めることが多い、それは育ち方にようると思います。「相互承認」という言葉を「悩む力」(姜尚中著、集英社新書)の中で読んで「これだ」と思いました。まず、親は子供を認める、そして子供はそういう親を認める、という親子関係が基準になるのに、そういう相互の関係が希薄です。勉強ができなくても、行動が遅くても、その子の個性としてありのままを認められたら!学校でも、大人しい子、活発でない子は認められない雰囲気もあり、(競争主義、成績中心で)お互いに認め合う関係を身につけないまま育った、と言えるでしょう。ゆったりしたおおらかな雰囲気の中でお互いに違いを認めながら、完全でなくても認め合う力が育っていればと思いますが、認めてほしい気持ちが満たされないまま、求める気持ちが大きくなったのではと思います。
また「悩む力」の中で「私は、自我というものは他者との『相互承認』の産物だと言いたいです。そしてもっと重要なことは、承認してもらうためには、自分を他者に対して投げ出す必要がある」と言っています。やはり自我も一人では育たない、お互いに自分を出し向き合い、認め合う中で育つのでしょう。
職場でも他の場所でも、「自分も役に立ちたい」「教えてもらいたい」という積極性があれば、積極的に関わってくれて、お互いに「必要だ」という感覚になるのでは、と思います。
もう一つ、20代から30代の青年が育った時代はちょうどファミコンがはやっていて、ゲームの世界で過ごすことが多かった。生身の人間との関係ではなく、左脳ばかりを使っては想像力、情緒も育たない。生身の人間の中で喜びや悲しみなどを感じる体験もなく、相手がどんな気持ちかが想像できないまま育った、という面もあると思います。無差別殺人も、それがどういうことなのか想像できないまま、受け身(被害者)の怒りのままに走ってしまった、とういことがあると思います。
和田 ミトリ
2008/07/01
定期総会を終えて
6月29日、道草の家がNPO法人になって始めての総会が開かれました。正会員になって下さった方々が集まって下さり、道草の家の方向性、NPOになった意味、NPOとしての積極的な今までとちがう活動(まわりに訴えていく)などについて、活発に話し合われました。
NPO法人格を取得した目的は「設立趣旨所」にも書きましたように、「任意団体よりも、社会的な信用を得て幅広い活動をし、幅広く寄付やボランティアを受け入れられる体制にしたい」ということです。具体的には、どんな活動をするか――ということになります。
まず、道草の家に居場所を求めて来る青年たちは、参加費が必要なため、でも経済的な余裕がなくて、来たいだけ来られなかったり、親に遠慮して、来なかったり――という場合がよくあります。助成金、寄付金を得ることで、参加費を少なくして青年たちが来やすくなるようにしたい――ということがあります。
それには、社会(地域)に訴え、理解してもらう必要があり、また地域の人たちに対しても、(人間関係などで生きづらさを感じている人もいます)心や人づき合いなどに関する講座を開くことで、啓蒙活動を行うことがいいのではないか、ということが話し合われました。
道草の家は就労に向けての技術的なことを指導するというより、その前段階の、「自分を人を肯定し、自己信頼、他者信頼を持てるように、自分の特性に自信が持てるように、そしてコミュニケーションの力をつける」ということを目標にしていますので、心理的なこと、カウンセリング的なことを大事にしながら、人(仲間)との交わりを深めて行っています。
出席された方の中にも、そのような活動をしてる方がおられて地域(公民館など)で人間関係やコミュニケーションに悩んでる方たちの講座を開き、同時に道草の家の活動を知ってもらうという活動をしてみよう、ということになりました。小さなものから始めて、継続的に行えたらと思います。
また、スタッフ(準スタッフ入れて4名)だけでは、今の活動で精一杯で、積極的に活動できないので、援助してくれる方がいたら、ということを話しましたら「具体的に言ってほしい」とのことで、それをここにまとめてみます。
1. 青年の集いに参加し、話し合いの仲間になったり、青年の悩みを受けとめながら聴く。(水曜)
2. 助成金や寄付金の情報を調べ、申請の手続きを手伝って下さる方。
3. 就労をしたいという青年につきそって、一緒に考えたり就労先を探して下さる方。
4. 職親を開拓して下さる方。
5. 雑務をして下さる方。
6. PRに協力して下さる方。(パンフレットを公民館などに置く)
和田 ミトリ
NPO法人格を取得した目的は「設立趣旨所」にも書きましたように、「任意団体よりも、社会的な信用を得て幅広い活動をし、幅広く寄付やボランティアを受け入れられる体制にしたい」ということです。具体的には、どんな活動をするか――ということになります。
まず、道草の家に居場所を求めて来る青年たちは、参加費が必要なため、でも経済的な余裕がなくて、来たいだけ来られなかったり、親に遠慮して、来なかったり――という場合がよくあります。助成金、寄付金を得ることで、参加費を少なくして青年たちが来やすくなるようにしたい――ということがあります。
それには、社会(地域)に訴え、理解してもらう必要があり、また地域の人たちに対しても、(人間関係などで生きづらさを感じている人もいます)心や人づき合いなどに関する講座を開くことで、啓蒙活動を行うことがいいのではないか、ということが話し合われました。
道草の家は就労に向けての技術的なことを指導するというより、その前段階の、「自分を人を肯定し、自己信頼、他者信頼を持てるように、自分の特性に自信が持てるように、そしてコミュニケーションの力をつける」ということを目標にしていますので、心理的なこと、カウンセリング的なことを大事にしながら、人(仲間)との交わりを深めて行っています。
出席された方の中にも、そのような活動をしてる方がおられて地域(公民館など)で人間関係やコミュニケーションに悩んでる方たちの講座を開き、同時に道草の家の活動を知ってもらうという活動をしてみよう、ということになりました。小さなものから始めて、継続的に行えたらと思います。
また、スタッフ(準スタッフ入れて4名)だけでは、今の活動で精一杯で、積極的に活動できないので、援助してくれる方がいたら、ということを話しましたら「具体的に言ってほしい」とのことで、それをここにまとめてみます。
1. 青年の集いに参加し、話し合いの仲間になったり、青年の悩みを受けとめながら聴く。(水曜)
2. 助成金や寄付金の情報を調べ、申請の手続きを手伝って下さる方。
3. 就労をしたいという青年につきそって、一緒に考えたり就労先を探して下さる方。
4. 職親を開拓して下さる方。
5. 雑務をして下さる方。
6. PRに協力して下さる方。(パンフレットを公民館などに置く)
和田 ミトリ
いつくしみの瞑想
先月号では、初期仏教についての対談集「希望のしくみ 」(A・スマナサーラ 養老孟司著、宝島社新書)に書かれていた「無常」、「全ては変って行く」という言葉が、私の気持ちを楽にしてくれたことを書きました。でも、まだまだこだわり、過去や未来への不安にとらわれてしまう自分を感じます。特に不安定な青年と関わる時に、もっと安定した気持ちで関わり、もっとしっかり支えて上げられれば、と思うことがあります。それには瞑想によって心を強くしたい、できるのでは、と思い、スマナサーラさんの「自分を変える気づきの瞑想法―やさしい!楽しい!今すぐできる!図解実践ヴィパッサナー瞑想法 」(サンガ)を買い求め、読みました。
ここでは瞑想は「こころのトレーニング法」であり、ストレスやトラブルに負けない「こころの力」を育てる方法だと言っています。生きることを楽にするこころのエネルギー、前向きに気持ちよく生きる力を育てる――。
そして、瞑想には「サマタ瞑想」と「ヴィパッサナー瞑想」の2つがあり、「サマタ」とは「落ちつく」という意味で、落ちついた静かなこころをつくる瞑想法です。「ヴィパッサナー」とは「明確に見る」という意味で、今自分の体に起こっていることをありのままに観察する瞑想法です(サマタ状態を前提とする瞑想)。体の感覚、動きに集中して、思考、雑念、妄想、感情ができるだけ起きないような、集中力をつけて心を育て強くする、それによって知恵、気づきがあらわれる――ただ、1回30分から1時間、2、3週間の瞑想の時間が必要ということで、余裕、或いは覚悟が必要のようです。
そうした、こころをゆっくり育てる余裕がなく、緊急な治療として苦しみを和らげるサマタ療法をまずやってみようと思いました。
他人に無制限にやさしいこころを育てる「いつくしみの瞑想」は、こころの中で願いをこめて言うのですが(声に出してもいいです)、まず自分が大事だということを認め、自分の幸せを願うことから始めます。そして、親しい人の幸せを願いながら(私は家族や青年たちを思い浮かべます)、生きとし生きるものへの(世界の飢餓や戦争で苦しんでる人、動物などを思い浮かべて)いつくしみの気持ちを言葉にしながら自分のこころの中にふくらまして行きます。
私も、思いつくと電車の中でこころの中で言ったり、寝る前や、目覚めた時に言ってみたりするのですが、そのせいか、難しい問題をかかえている時も、「ここに、こうしてちゃんと目覚めている自分がいるのだ」と思えて、余り不安にならなくなりました。全文を載せてみます。
私が幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとがかなえられますように
私に悟りの光があらわれますように
私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願いごとがかなえられますように
私の親しい人々に悟りの光があらわれますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとがかなえられますように
生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように
和田 ミトリ
ここでは瞑想は「こころのトレーニング法」であり、ストレスやトラブルに負けない「こころの力」を育てる方法だと言っています。生きることを楽にするこころのエネルギー、前向きに気持ちよく生きる力を育てる――。
そして、瞑想には「サマタ瞑想」と「ヴィパッサナー瞑想」の2つがあり、「サマタ」とは「落ちつく」という意味で、落ちついた静かなこころをつくる瞑想法です。「ヴィパッサナー」とは「明確に見る」という意味で、今自分の体に起こっていることをありのままに観察する瞑想法です(サマタ状態を前提とする瞑想)。体の感覚、動きに集中して、思考、雑念、妄想、感情ができるだけ起きないような、集中力をつけて心を育て強くする、それによって知恵、気づきがあらわれる――ただ、1回30分から1時間、2、3週間の瞑想の時間が必要ということで、余裕、或いは覚悟が必要のようです。
そうした、こころをゆっくり育てる余裕がなく、緊急な治療として苦しみを和らげるサマタ療法をまずやってみようと思いました。
他人に無制限にやさしいこころを育てる「いつくしみの瞑想」は、こころの中で願いをこめて言うのですが(声に出してもいいです)、まず自分が大事だということを認め、自分の幸せを願うことから始めます。そして、親しい人の幸せを願いながら(私は家族や青年たちを思い浮かべます)、生きとし生きるものへの(世界の飢餓や戦争で苦しんでる人、動物などを思い浮かべて)いつくしみの気持ちを言葉にしながら自分のこころの中にふくらまして行きます。
私も、思いつくと電車の中でこころの中で言ったり、寝る前や、目覚めた時に言ってみたりするのですが、そのせいか、難しい問題をかかえている時も、「ここに、こうしてちゃんと目覚めている自分がいるのだ」と思えて、余り不安にならなくなりました。全文を載せてみます。
私が幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとがかなえられますように
私に悟りの光があらわれますように
私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願いごとがかなえられますように
私の親しい人々に悟りの光があらわれますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとがかなえられますように
生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように
和田 ミトリ
2008/06/01
5月の道草の家
5月の会報に年会費についてお願いしましたら、多くの方から年会費をお送り頂きました。ありがとうございました。賛助会員という方が多かったのですが、会報を継続して読んで下さり、道草の家の活動を支援して下さること、嬉しく思います。またNPO法人化を祝って下さるお便りも頂きました。
5月もまたあっという間に過ぎました。道草の家の活動としては、特に大きな変化はなかったのですが、青年(男女の意味です、いつも)一人ひとりを見れば、変化はあったなと思います。
去年から参加している青年、最初は問いかけに少し返事をするだけでしたが、この頃はしっかり、長い言葉で返ってくるようになったり、5年前に親子で一度相談に来た青年が、やはり居場所に来ることで人になれたいと、参加するようになったり、調子が悪くなってなかなか外出できずにいたが、8ヶ月ぶりに来所した青年や、6年ぶりに電話があり、「また行って話をしたい」という青年、アルバイトはしているが、思いを話せる居場所がほしい、ということで参加するようになった青年、「生活の自立をしたい」と、家を出て一人暮らしを始めた青年、だんだんと落ちついて来たが、今年になって一層落ちついて来て、ボランティアを始めた青年、そして、3年以上続いたアルバイトをやめることになった、「自分に合う仕事を見つけるのは難しい、でも何とかなると思って、今まで何とかやって来たので、探すしかないと思う」と言う青年もいます。
でもまた、葛藤や不安が強く、対応が難しい青年もいます。私自身も余り動揺しないで、精神的な安定を保っていたいし、より良い関わり方を探るために、何冊か本を読みました。
その中でも、割と少ない言葉で生き方を示している本に出会いましたので、紹介したいと思います。「こんなふうになれたらいいな」という段階ですが。「希望のしくみ 」(宝島社新書)という本で、スリランカから来た初期仏教のお坊さんと養老孟司さんの対談です。
5月もまたあっという間に過ぎました。道草の家の活動としては、特に大きな変化はなかったのですが、青年(男女の意味です、いつも)一人ひとりを見れば、変化はあったなと思います。
去年から参加している青年、最初は問いかけに少し返事をするだけでしたが、この頃はしっかり、長い言葉で返ってくるようになったり、5年前に親子で一度相談に来た青年が、やはり居場所に来ることで人になれたいと、参加するようになったり、調子が悪くなってなかなか外出できずにいたが、8ヶ月ぶりに来所した青年や、6年ぶりに電話があり、「また行って話をしたい」という青年、アルバイトはしているが、思いを話せる居場所がほしい、ということで参加するようになった青年、「生活の自立をしたい」と、家を出て一人暮らしを始めた青年、だんだんと落ちついて来たが、今年になって一層落ちついて来て、ボランティアを始めた青年、そして、3年以上続いたアルバイトをやめることになった、「自分に合う仕事を見つけるのは難しい、でも何とかなると思って、今まで何とかやって来たので、探すしかないと思う」と言う青年もいます。
でもまた、葛藤や不安が強く、対応が難しい青年もいます。私自身も余り動揺しないで、精神的な安定を保っていたいし、より良い関わり方を探るために、何冊か本を読みました。
その中でも、割と少ない言葉で生き方を示している本に出会いましたので、紹介したいと思います。「こんなふうになれたらいいな」という段階ですが。「希望のしくみ 」(宝島社新書)という本で、スリランカから来た初期仏教のお坊さんと養老孟司さんの対談です。
無常ということ
まず釈迦の立場として<すべては無常。心もからだもその他の物質も、すべては固定したものではなく、瞬時に変わって流れている>が基本であり、<「しかし、ほとんどの人間は「自分も物も変わらないものだ」という前提に立って生きています。生き方も、ものの見方も、何もかもがすべてアベコベです>と書かれています。
そして<「我がないと私はない」は錯覚・・・変わるからこそ、無常だからこそ、私という存在が成り立つ。赤ちゃんの時から死ぬまで、体が変わっていく、思考、概念、知識などが変わっていく、好き嫌いも変わっていく、楽しみ苦しみが変わっていく、それが「生きている」ということ・・・>という言葉も意味深いです。本当に(本当は?)そうだと思います。赤ちゃんの時から今まで、体も心も変わって来ました。人間にとって「無常」が前提ではないでしょうか。
また<変化しつづける無常の世界では、自我に執着していては生きられない。「無我」でないとダメなんです・・・いま私は、ここに一人、勝手にいるわけではなくて、皆様があって、皆様の協力があって、いまこの場面が成り立っている。だから「私は」「私は」ということではまったくありません。ほんのちょっとで皆で救い上げましょう。自分も手を貸しましょう・・・>
それが<共同体として生きるための知恵、「慈悲」>だと言うのです。そんなに大げさに考えないで、<「生きとし生きるもの」という共同体を慈しみ、親切にすることが、生きる上での基本だ>というのですが。
確かに今の社会は不条理なことが多く、一般の庶民を苦しめることが多いのですが、一人で生きているわけではないわけで、自分ができることを「手を貸す」ことはできるのでは?。「無我」は全く自分がなくて、人の言うなりになっている、というのではなく、自分も人も変わっていくのだから、自分の思いだけにこだわらない、ということだと思います。
そして<内も外もたえず変わっていることを理解する人は、落ちついて生活できる・・・成功したからといって舞い上がることもなく、失敗したからといって落ちこむこともありません>・・・<「一切の概念をすてる・・・捨てて完全にものに執着しないという状態をつくる。・・・「後悔しない」というしっかりした気持をもつ>という言葉!
私は先のことを「うまくいかないのでは」と否定的に考え、前々から不安を感じることも多く、そしてうまくいかなかった時は「ああ、やっぱりダメだった」と落ちこんでしまします。「成功も失敗も自然の流れなのだ」と思えれば、どんなに気が楽でしょう。「これはこうあるべきだ」という思い込み(概念)にとらわれているから、こだわりがあるから、後悔もし、落ちこみ、辛い思いをするのだと思います。思い込みから抜けるのはとても難しいですが、そのしくみを意識するだけでもいいかと思います。
無常、無我――こだわりからの解放――そして慈悲につながって行くようです。
また、次の言葉はとても印象的です。
<「苦しみ」とは「現実をありのままに受け入れないこと」。だから現実を受け入れられたら「苦しみはない。「現実をありのまま受け入れるのが苦しいんだ」と勘違いしている>という言葉。
私も思うように行かない時「本当はこんな筈じゃなかった」と悶々とすることがしばしばです。また他と比較して、期待を持ち、それがかなえられそうもないと思って苦しむ。たとえば、バリバリ働いている友達や同世代の人達のことを見て、「自分もああいうふうに働きたい、働ける筈なのに、自分は働いていない、自分はダメだ」と思ってしまう。期待が苦しみをもたらすわけです。現実を受け入れ「今自分ができることはないか」ということから出発する――ことができればと思うのですが。
また<人は変わりたくないと、また変わるはずもないと、心の中で決めつけています>とも言っています。過去に非常に辛い体験(トラウマ)があると、一歩踏み出すことを怖れる。また同じような辛い体験をするのでは、と思ってしまう。「すべてのものは(人は)変わる」ものですから、「変わりたい」と思えば、変われると思います。過去のこだわり、トラウマをなくすことなどを一緒に考えてくれる人、助けがあれば。
そして<「すべては無常」という合理的な考えも、感情でそうは思えなくなった、「感情で至った結論は」「瞑想」という観方によって、すべて無常だと体験させることが必要だ>とも言っています。
スマナサーラさんが「自分を変える、気づきの瞑想法」という本を出しているので、それを読んで私自身も「瞑想」をやってみたいと思います。来月、そのことを伝えられたらと思います。もっと大らかに、生きいきと生きることができたら!
そして<「我がないと私はない」は錯覚・・・変わるからこそ、無常だからこそ、私という存在が成り立つ。赤ちゃんの時から死ぬまで、体が変わっていく、思考、概念、知識などが変わっていく、好き嫌いも変わっていく、楽しみ苦しみが変わっていく、それが「生きている」ということ・・・>という言葉も意味深いです。本当に(本当は?)そうだと思います。赤ちゃんの時から今まで、体も心も変わって来ました。人間にとって「無常」が前提ではないでしょうか。
また<変化しつづける無常の世界では、自我に執着していては生きられない。「無我」でないとダメなんです・・・いま私は、ここに一人、勝手にいるわけではなくて、皆様があって、皆様の協力があって、いまこの場面が成り立っている。だから「私は」「私は」ということではまったくありません。ほんのちょっとで皆で救い上げましょう。自分も手を貸しましょう・・・>
それが<共同体として生きるための知恵、「慈悲」>だと言うのです。そんなに大げさに考えないで、<「生きとし生きるもの」という共同体を慈しみ、親切にすることが、生きる上での基本だ>というのですが。
確かに今の社会は不条理なことが多く、一般の庶民を苦しめることが多いのですが、一人で生きているわけではないわけで、自分ができることを「手を貸す」ことはできるのでは?。「無我」は全く自分がなくて、人の言うなりになっている、というのではなく、自分も人も変わっていくのだから、自分の思いだけにこだわらない、ということだと思います。
そして<内も外もたえず変わっていることを理解する人は、落ちついて生活できる・・・成功したからといって舞い上がることもなく、失敗したからといって落ちこむこともありません>・・・<「一切の概念をすてる・・・捨てて完全にものに執着しないという状態をつくる。・・・「後悔しない」というしっかりした気持をもつ>という言葉!
私は先のことを「うまくいかないのでは」と否定的に考え、前々から不安を感じることも多く、そしてうまくいかなかった時は「ああ、やっぱりダメだった」と落ちこんでしまします。「成功も失敗も自然の流れなのだ」と思えれば、どんなに気が楽でしょう。「これはこうあるべきだ」という思い込み(概念)にとらわれているから、こだわりがあるから、後悔もし、落ちこみ、辛い思いをするのだと思います。思い込みから抜けるのはとても難しいですが、そのしくみを意識するだけでもいいかと思います。
無常、無我――こだわりからの解放――そして慈悲につながって行くようです。
また、次の言葉はとても印象的です。
<「苦しみ」とは「現実をありのままに受け入れないこと」。だから現実を受け入れられたら「苦しみはない。「現実をありのまま受け入れるのが苦しいんだ」と勘違いしている>という言葉。
私も思うように行かない時「本当はこんな筈じゃなかった」と悶々とすることがしばしばです。また他と比較して、期待を持ち、それがかなえられそうもないと思って苦しむ。たとえば、バリバリ働いている友達や同世代の人達のことを見て、「自分もああいうふうに働きたい、働ける筈なのに、自分は働いていない、自分はダメだ」と思ってしまう。期待が苦しみをもたらすわけです。現実を受け入れ「今自分ができることはないか」ということから出発する――ことができればと思うのですが。
また<人は変わりたくないと、また変わるはずもないと、心の中で決めつけています>とも言っています。過去に非常に辛い体験(トラウマ)があると、一歩踏み出すことを怖れる。また同じような辛い体験をするのでは、と思ってしまう。「すべてのものは(人は)変わる」ものですから、「変わりたい」と思えば、変われると思います。過去のこだわり、トラウマをなくすことなどを一緒に考えてくれる人、助けがあれば。
そして<「すべては無常」という合理的な考えも、感情でそうは思えなくなった、「感情で至った結論は」「瞑想」という観方によって、すべて無常だと体験させることが必要だ>とも言っています。
スマナサーラさんが「自分を変える、気づきの瞑想法」という本を出しているので、それを読んで私自身も「瞑想」をやってみたいと思います。来月、そのことを伝えられたらと思います。もっと大らかに、生きいきと生きることができたら!
お薦めの本
「希望のしくみ 」 アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司著 宝島社新書
「はじめてのひきこもり外来―専門医が示す回復への10ステップ 」 中垣内正和著 ハート出版
帯の言葉
「全国の引きこもり親の会」顧問の精神科医が豊富な臨床例から治療の道筋をわかり
やすくアドバイス
「人生はいつからでもスタート」希望はある
主な内容
ひきこもりからの回復――親の10ステップ
ひきこもりからの回復――若者の10ステップ
「夢、イメージ、成功、そして、自分を変えること 」 ジョイ石井著 インデックス・コミュニケーションズ発行
「「弱さ」のちから―ホスピタブルな光景 」鷲田清一著 講談社
「そこに居てくれることで救われるのは誰か?」
(どなたにとっても参考になる、得るものがある、というわけではありませんが、道草の家に置いてありますので、よろしかったら、手にとって見て下さい。)
「はじめてのひきこもり外来―専門医が示す回復への10ステップ 」 中垣内正和著 ハート出版
帯の言葉
「全国の引きこもり親の会」顧問の精神科医が豊富な臨床例から治療の道筋をわかり
やすくアドバイス
「人生はいつからでもスタート」希望はある
主な内容
ひきこもりからの回復――親の10ステップ
ひきこもりからの回復――若者の10ステップ
「夢、イメージ、成功、そして、自分を変えること 」 ジョイ石井著 インデックス・コミュニケーションズ発行
「「弱さ」のちから―ホスピタブルな光景 」鷲田清一著 講談社
「そこに居てくれることで救われるのは誰か?」
(どなたにとっても参考になる、得るものがある、というわけではありませんが、道草の家に置いてありますので、よろしかったら、手にとって見て下さい。)
2008/05/01
楽しむ気持ち
4月は結構雨が多く、木々の柔い、うす緑の若葉が、雨の中にほのかに輝いていて、ほっとする感じでした。5月になると、緑も濃くなって来て、日ざしも明るくなって来ます。どこか、自然の中に歩きたい気持ち。
でも、気持ちがなかなかその明るさについて行かれない青年もいます。生きることが辛い、いや苦しい(働いていて苦しい、働けなくて苦しい)そして楽しい思いをすることなく過ごしている青年たち・・・のことを考えると心が痛みます。
なぜそうなったのでしょう。「無理なことはしなくていい」という雰囲気がなく、親やまわりは「大人なんだから、働くのは当たり前」と言い、精神的に働く力がついてないのに、「働かない」ことを認めない。そして、働いていないと楽しんではいけないように思ってしまう青年もいます。外国では「人生はまず楽しむもの」という人生観があるのに対して、「日本では働くことは、厳しい、人生は厳しいもの」という人生観が最初にあります。
親自身が、楽しむことを優先する生活、貧しくても、質素でも、将来のこと、未来の裕福な生活のみを考えずに、今を楽しむ生活――お金を使わなくてもできる筈――をしていたら、そして、「人生は、生きることは楽しいんだ、楽しんでいいんだ(勿論、そうでない時間もありますが)」という姿を見せて、子供が楽しむことを大事にしていたら、青年たちは苦しいばかりの生活ではなかったのでは、と思います。楽しむことは生きるエネルギーになるはずなのに。
どうしたら苦しんでいる青年に手を差しのべられるでしょう。
和田 ミトリ
でも、気持ちがなかなかその明るさについて行かれない青年もいます。生きることが辛い、いや苦しい(働いていて苦しい、働けなくて苦しい)そして楽しい思いをすることなく過ごしている青年たち・・・のことを考えると心が痛みます。
なぜそうなったのでしょう。「無理なことはしなくていい」という雰囲気がなく、親やまわりは「大人なんだから、働くのは当たり前」と言い、精神的に働く力がついてないのに、「働かない」ことを認めない。そして、働いていないと楽しんではいけないように思ってしまう青年もいます。外国では「人生はまず楽しむもの」という人生観があるのに対して、「日本では働くことは、厳しい、人生は厳しいもの」という人生観が最初にあります。
親自身が、楽しむことを優先する生活、貧しくても、質素でも、将来のこと、未来の裕福な生活のみを考えずに、今を楽しむ生活――お金を使わなくてもできる筈――をしていたら、そして、「人生は、生きることは楽しいんだ、楽しんでいいんだ(勿論、そうでない時間もありますが)」という姿を見せて、子供が楽しむことを大事にしていたら、青年たちは苦しいばかりの生活ではなかったのでは、と思います。楽しむことは生きるエネルギーになるはずなのに。
どうしたら苦しんでいる青年に手を差しのべられるでしょう。
和田 ミトリ
生きる支え
<青年の思い>の中でも青年が言ってますが、皆さんにとって生きる支えになっているのは、どんなことでしょうか。今まで生きて来た、生きるエネルギーになった心の支えは何でしょうか。
心の支えがあれば、辛いことがあっても生きられる――と思いますが、そういうものが何もないために、自殺してしまう。自殺はしないけど、前に進めない・・・「心の支え」を自覚しないほど、生きるエネルギーがある人もいるでしょうが、意識してなくても、自覚してなくても、何かありそうです。エネルギーがない場合は、何らかな支えが必要かもしれません。
「働く」ことが現実的に(実行できると)は考えられなくなった青年、自分には親から心の支え、生きる意味を与えられなかった、子供の頃育つ過程に形成されなかった。そして今の社会は困っている人、悩んでる人、働けない人を“支えよう”とはしない社会だ――と思う青年。一方では“助け合う”ことが大切だと言われながら。
まず、親から与えられる、育まれる、生きるための心の支えは?“自分は生きていていい存在だ”と感じられること、それは親から、まわりから愛され、認められれば、或いは、生きることを肯定し、楽しさとか生きがいを感じている親の生きる姿を見て、“生きることはいいことだ”と感じることではないでしょうか。或いは、親の言葉で生きる意味を感じたり・・・
私の場合、思春期から親の過保護、過干渉に反発を感じながら、それを言えず、悶々とするうち、コンプレックスの塊になりました。でもその割には積極的に生きたと言えるかもしれません。それは、自分に合った仕事をして充実感を感じたい、という気持ちがあり、好奇心も強かったからかと思います。
親から無条件に愛された、という感覚はないのですが、(そのため、否定的なことを言われると動揺します。だいぶ軽くなりましたが)子供の頃楽しく遊んだ、ということで生きる楽しさも感じられて、人間を、人生を悲観的に考える面と、人生はいやなこと、辛いことばかりではない、と思う面がありました。何度も挫折しながら「もっと自分に合った仕事、活動がある」と思ってきました。諦められないものがあったようで、それがエネルギーになったかもしれません。
両親の仲が悪かったり、余りにも人に気を使ったり(自分を大切にしない)する親を見て、「生きることを肯定できない」感じになることもあるでしょう。
そして、日本の社会は、精神面の弱さ(と言っていいか、感受性が強く、考え、悩むタイプ)を認めない社会です。「働けない」人とか精神的な病気になる人を受け入れない、優しくない。思い悩み、進めない人に手を差しのべる雰囲気でない。「社会の人たちは、自分のような人間を認めない、拒否している」――“支えられてる”という感覚がないため、安易に自殺してしまうのではないでしょうか。
「自己責任」という言葉がはびこっています。ひきこもる青年を始め、ニート、ネット難民など多くの若者が先の見通しのないまま辛い思いですごしているのに、自己責任の名のもとに放っておくような。社会全体で“助けよう”という気運にはなっていないことを残念に思います。
和田 ミトリ
心の支えがあれば、辛いことがあっても生きられる――と思いますが、そういうものが何もないために、自殺してしまう。自殺はしないけど、前に進めない・・・「心の支え」を自覚しないほど、生きるエネルギーがある人もいるでしょうが、意識してなくても、自覚してなくても、何かありそうです。エネルギーがない場合は、何らかな支えが必要かもしれません。
「働く」ことが現実的に(実行できると)は考えられなくなった青年、自分には親から心の支え、生きる意味を与えられなかった、子供の頃育つ過程に形成されなかった。そして今の社会は困っている人、悩んでる人、働けない人を“支えよう”とはしない社会だ――と思う青年。一方では“助け合う”ことが大切だと言われながら。
まず、親から与えられる、育まれる、生きるための心の支えは?“自分は生きていていい存在だ”と感じられること、それは親から、まわりから愛され、認められれば、或いは、生きることを肯定し、楽しさとか生きがいを感じている親の生きる姿を見て、“生きることはいいことだ”と感じることではないでしょうか。或いは、親の言葉で生きる意味を感じたり・・・
私の場合、思春期から親の過保護、過干渉に反発を感じながら、それを言えず、悶々とするうち、コンプレックスの塊になりました。でもその割には積極的に生きたと言えるかもしれません。それは、自分に合った仕事をして充実感を感じたい、という気持ちがあり、好奇心も強かったからかと思います。
親から無条件に愛された、という感覚はないのですが、(そのため、否定的なことを言われると動揺します。だいぶ軽くなりましたが)子供の頃楽しく遊んだ、ということで生きる楽しさも感じられて、人間を、人生を悲観的に考える面と、人生はいやなこと、辛いことばかりではない、と思う面がありました。何度も挫折しながら「もっと自分に合った仕事、活動がある」と思ってきました。諦められないものがあったようで、それがエネルギーになったかもしれません。
両親の仲が悪かったり、余りにも人に気を使ったり(自分を大切にしない)する親を見て、「生きることを肯定できない」感じになることもあるでしょう。
そして、日本の社会は、精神面の弱さ(と言っていいか、感受性が強く、考え、悩むタイプ)を認めない社会です。「働けない」人とか精神的な病気になる人を受け入れない、優しくない。思い悩み、進めない人に手を差しのべる雰囲気でない。「社会の人たちは、自分のような人間を認めない、拒否している」――“支えられてる”という感覚がないため、安易に自殺してしまうのではないでしょうか。
「自己責任」という言葉がはびこっています。ひきこもる青年を始め、ニート、ネット難民など多くの若者が先の見通しのないまま辛い思いですごしているのに、自己責任の名のもとに放っておくような。社会全体で“助けよう”という気運にはなっていないことを残念に思います。
和田 ミトリ
2008/04/01
春、NPO法人として出発
春
道端の空地やコンクリートの小さな割れ目にも雑草が青々と繁り、道草の家の庭の雪柳もまっ白な花をまばゆく咲かせています。春ですね。まだ肌寒い日もありますが、暖かくなっていく春、嬉しく感じます。
でも、進学、就職の時期でもある3月4月は、青年にとっては動揺し、落ちこむ季節でもあります。「このままでいいのだろうか」「このまま1年が過ぎてしまっていいのだろうか」「年齢も若くないし」・・・などと思い、焦りを感じます。でも「実際に働く自信はない」「大学も通えそうもない」・・・落ちこんでしまう。そして、社会に出ている人たちと比較してしまい、自分には未来はないかのように思ってしまう・・・何とかこの時期を乗り越えるよう、本当に、身心にエネルギーが出て、自信も出てくる時が来ることを伝え、支え合いたいと思います。
NPO法人として
2月29日、千葉県から特定非営利活動法人(NPO法人)が認証され、3月11日に法人の登記も済みました。
NPO法人を願ったのは、任意団体としての活動では、個人の負担も大きく限界があるので社会的な信用を得て、幅広い活動をしたい、そして幅広く寄付やボランティアを受け入れる体制を整えたい、という思いからです。
“気をひきしめて”とは思いますが、急に“活発に”というわけにも行きません。ただ理事、監事の方が、知恵を出して下さり、支えて下さる――心強さも感じます。また、年会費を送って下さったり、有形、無形に応援して下さる皆様がいらっしゃることも、大きな支えです。(行政からは、特に助成はありませんので、今まで以上のご協力をお願いします)
先日、理事会を開き、今後の活動について話し合いました。パンフレットやホームページを新たにするのを機会に、道草の家の目的、目ざすものを、もっと明確にして、(ひきこもる青年の居場所は他にもあるので、その違いをはっきりさせて)居場所をもとめている人や関わりのある人に分かるようにした方がいいと話し合われました。
道草の家の活動の目的としては、「生きることの根幹、社会に生きるための土台作りに重点を置く」(その結果として、就労、学校復帰に進む――ことを望みますが)ということになりました。
具体的な活動目標としては、相互に関連がありますが、次の4つがあると考えます。
1. 自分への信頼(自信)と他者への信頼、人間信頼の回復。
青年たちは過去の様々な体験から自信を失くしています。スタッフや仲間からの肯定的な関わりの中で、自信がついたり、人に対する信頼も生まれてくると思われます。
2. 生きることの楽しさを感じる。楽しむことを見つける。
楽しむこと、好きなことをすることは、自分が好きになり、生きるエネルギー、前に進む意欲につながると思います。
3. コミュニケーション能力をつける。
人間関係には、社会で生きるにはコミュニケーションが必要です。仲間などの交流の中でそれぞれの表現のし方で、自分の思いを伝えたり、聞いたりコミュニケーションができるように。
4. 自分らしい生き方がある。
社会一般の人(普通の人)にはなれないのではないか、人と比較して自分を卑下しがちですが、自分の個性を大事にする生き方を見つけてほしいと思います。
成長、依存、失敗の保証
「大人側からみた思春期以前の子供の人権と尊厳を守ることは、成長の保証、依存の保証、反射的な行動の保証(失敗が許される)を大人が与えること」だという文を読み、本当にそうだと思いました。(「つらい子どもの心の本」赤沼侃史著、白日社)
子供は一人では生きられない存在ですから、依存は十分保証されて、先月号でも書きましたが、「人から認められない、愛されたい、大事にされたい」要求が満たされる必要があります。また、失敗しても、主体的に行動することで成長すると言えますから、失敗が許される保証も大事だと思います。親が期待する“いい子”になり、「失敗しないように」日本人の昔からの価値観でもある「人に迷惑をかけないように」という親の思いを受けとって、人に気配りし、自分を抑えたり我慢したり過ごして来て、いじめに合っても、親にも言わず我慢する。そして不登校になってしまった自分を“悪い子”と責めてすまう。大人になっても働けない自分を「許せない」と責めてしまう・・・。
失敗が許され、親やまわりから「大丈夫だよ」と言われて育っていれば、生きることに、行動することに、社会に出ることに、そんなに不安や怖れを抱かないでしょう。
今、社会に出られない青年たちも、思春期以前の子供としての人権を、同じように保証され、育ち直すことが必要な場合があるように思います。
和田 ミトリ
道端の空地やコンクリートの小さな割れ目にも雑草が青々と繁り、道草の家の庭の雪柳もまっ白な花をまばゆく咲かせています。春ですね。まだ肌寒い日もありますが、暖かくなっていく春、嬉しく感じます。
でも、進学、就職の時期でもある3月4月は、青年にとっては動揺し、落ちこむ季節でもあります。「このままでいいのだろうか」「このまま1年が過ぎてしまっていいのだろうか」「年齢も若くないし」・・・などと思い、焦りを感じます。でも「実際に働く自信はない」「大学も通えそうもない」・・・落ちこんでしまう。そして、社会に出ている人たちと比較してしまい、自分には未来はないかのように思ってしまう・・・何とかこの時期を乗り越えるよう、本当に、身心にエネルギーが出て、自信も出てくる時が来ることを伝え、支え合いたいと思います。
NPO法人として
2月29日、千葉県から特定非営利活動法人(NPO法人)が認証され、3月11日に法人の登記も済みました。
NPO法人を願ったのは、任意団体としての活動では、個人の負担も大きく限界があるので社会的な信用を得て、幅広い活動をしたい、そして幅広く寄付やボランティアを受け入れる体制を整えたい、という思いからです。
“気をひきしめて”とは思いますが、急に“活発に”というわけにも行きません。ただ理事、監事の方が、知恵を出して下さり、支えて下さる――心強さも感じます。また、年会費を送って下さったり、有形、無形に応援して下さる皆様がいらっしゃることも、大きな支えです。(行政からは、特に助成はありませんので、今まで以上のご協力をお願いします)
先日、理事会を開き、今後の活動について話し合いました。パンフレットやホームページを新たにするのを機会に、道草の家の目的、目ざすものを、もっと明確にして、(ひきこもる青年の居場所は他にもあるので、その違いをはっきりさせて)居場所をもとめている人や関わりのある人に分かるようにした方がいいと話し合われました。
道草の家の活動の目的としては、「生きることの根幹、社会に生きるための土台作りに重点を置く」(その結果として、就労、学校復帰に進む――ことを望みますが)ということになりました。
具体的な活動目標としては、相互に関連がありますが、次の4つがあると考えます。
1. 自分への信頼(自信)と他者への信頼、人間信頼の回復。
青年たちは過去の様々な体験から自信を失くしています。スタッフや仲間からの肯定的な関わりの中で、自信がついたり、人に対する信頼も生まれてくると思われます。
2. 生きることの楽しさを感じる。楽しむことを見つける。
楽しむこと、好きなことをすることは、自分が好きになり、生きるエネルギー、前に進む意欲につながると思います。
3. コミュニケーション能力をつける。
人間関係には、社会で生きるにはコミュニケーションが必要です。仲間などの交流の中でそれぞれの表現のし方で、自分の思いを伝えたり、聞いたりコミュニケーションができるように。
4. 自分らしい生き方がある。
社会一般の人(普通の人)にはなれないのではないか、人と比較して自分を卑下しがちですが、自分の個性を大事にする生き方を見つけてほしいと思います。
成長、依存、失敗の保証
「大人側からみた思春期以前の子供の人権と尊厳を守ることは、成長の保証、依存の保証、反射的な行動の保証(失敗が許される)を大人が与えること」だという文を読み、本当にそうだと思いました。(「つらい子どもの心の本」赤沼侃史著、白日社)
子供は一人では生きられない存在ですから、依存は十分保証されて、先月号でも書きましたが、「人から認められない、愛されたい、大事にされたい」要求が満たされる必要があります。また、失敗しても、主体的に行動することで成長すると言えますから、失敗が許される保証も大事だと思います。親が期待する“いい子”になり、「失敗しないように」日本人の昔からの価値観でもある「人に迷惑をかけないように」という親の思いを受けとって、人に気配りし、自分を抑えたり我慢したり過ごして来て、いじめに合っても、親にも言わず我慢する。そして不登校になってしまった自分を“悪い子”と責めてすまう。大人になっても働けない自分を「許せない」と責めてしまう・・・。
失敗が許され、親やまわりから「大丈夫だよ」と言われて育っていれば、生きることに、行動することに、社会に出ることに、そんなに不安や怖れを抱かないでしょう。
今、社会に出られない青年たちも、思春期以前の子供としての人権を、同じように保証され、育ち直すことが必要な場合があるように思います。
和田 ミトリ
2008/03/01
自己信頼に向けて
先日、親戚のおばあさん(94才、天寿をまっとうしたと思います)のお葬式があり参列しましたが、故人の孫夫婦が生まれて間もない(2ヶ月半)赤ちゃんを連れて来ていました。若い父、母が交替でだっこしながらでした。久しぶりに小さな赤ちゃんに出会いましたが、こちらに向ける純心な目、すやすやと眠る
寝顔、そして、あやすと、にっこりとする笑顔、本当に無垢な天使のようでした。
でも関わっている青年たち、不安や怒りや絶望感を抱いている青年たちを思い浮かべ、「だれでもこういう時があったのだ」と思うと涙がにじんで来ました。親も生まれた子を「可愛い、可愛い」と思ったでしょうし、そう思いながら育てたでしょうが、いつから、子供と親のずれが生じ、「可愛い」だけではなくなったのでしょう。そして、今の、子の苦しみ、親の苦しみになったのでしょう。
それぞれの親子の場合によって違うでしょうが、親の話を聞くと、思い当る所がある、という方もいるし、余り思い当ることがなく、「どうして?」「まさかこうなるとは?」と思ってる方もいます。子供が心のことを話さないため、なぜ、人の中にはいれないのか、なぜ働こうとしないのか、分からなく、どう子供と関わったらいいかどう声をかけていいか、そしてどう手助けしていいか分からない――という親の苦悩がある一方、親に激しい言葉で責める、怒りをぶつける、でも親としても理解し、受けとめるよう努力しても、どうしようもないことをぶつけられることが続く。或いは、親と子の気持ちが殆んど断絶し、お互いに憎しみを感じてしまう、という場合もあります。
子供が親に激しい怒りを感じたり、親に激しく当ったりする――という場合は、親が子供が幼い時(小学生位まで)親が非常に厳しかったり、父親が子供に暴言、暴力を振ったり(母親が助けてくれない)、の上に、学校でのいじめが加わった、ということがあるようです。まわりの大人は自分の苦しみを分かってくれない、誰も助けてくれない、強い人間不信が生じ、そして自分は、そうされるようなダメな人間なのだ、という自己否定感を抱きながら、大人になって行く。そういう強い対人恐怖、傷つき易さを感じながらでは、人との交わりや働く、という場には、出る勇気が持てないのだと思います。
苦しみを抱えながらも、頑張って生きて来た自分を、「もっと認めて上げてもいいのでは?」と言っても、「それはできない」と答えます。
心理学、心理療法では、まず『慈愛願望欲求』が満たされて始めて『自己信頼欲求』が満たされる、その上で『慈愛欲求』が満たされる、と言われます。
子供の頃に「人から認められたい、愛されたい、
大事にされたい」など『慈愛願望欲求』が満たされることが土台になって「自分を認めたい、愛したい、信じたい、好きになりたい、成長させたい」という『自己信頼欲求』が生じる、それが満たされて行く過程が精神的自立だと思います。土台がなければ「自分は自分」「自分が好き」というような精神的自立を形成されにくい。子供の頃、親が「無条件に愛する」ということは、みんながそんなに十分にはできないでしょうが、まわりの人たちが(近所の人、学校の仲間、教師など)補ったと思います。でも、そういう補いもないまま大人になってしまった、人間不信を何年も抱いてきた青年に対し、もう一度『慈愛願望欲求』を満たして上げるのは非常に難しいことだと思います。10代位まででしたら、親が理解し、受けとめて上げ、抱きしめることもできるでしょうが。
では、どうしたらいいのでしょう。一つには、自分にとって『師匠』である人を見つけることかと思います。その人の考え方、生き方に共感できるような人。身近かにはなかなか見つからないでしょうが、昔の人でもいいし、世界の偉人、本などで描かれているような人、或いはフィクション(小説、映画など)の中の人、ユニークな人など一人に「これだ!」というのでもなくても、複数の人でもいいと思います。その人が自分を認めてくれるような感覚、その人の生き方が自分も一部でもできそうだ、その人の考え方が自分を楽にしてくれる。と思えるような人に出会えれば、と思います。そして、価値観の多様性を感じることができれば、と思います。
私も、母が心配性で支配的であったので、親に無条件に受け入れてもらってなかったことから、コンプレックスが思春期から強く、今だに傷つき易く、動揺し易い面がありますが、何とか社会生活を送ることができたのは、社会がゆったりしていて、親しい友だち、信頼できる友だちができたから、そして、本を読むのが好きで、(小説、エッセイ、その他)その中で、共感したり癒されたりすることができたからか、と思います。(若い時は太宰治、中年は宮沢賢治、ここ数年では「老子」がそうでした)、また映画が好きなのも、色々な生き方をしている人に共感する、それは、その人たちから自分を認めてくれているような感じもして、癒されるからかもしれません。
どんな生き方をしてもいい、失敗してもいい、全部の人が自分を認めてくれる筈はないが、でも自分を認めてくれる人がいる(身近かに接する人がそうであれば一番いいですが、そうでない人でも)と思えれば、自分を自分で認められるようになるかもしれません。
もう一つは、好きなこと、楽しいことをできるだけやって行く。楽しいことをしている時は、自分を愛している気持ちと重なります。それをできるだけ多くやっていけば、楽しい時だけでなくても、自分を愛し、認める気持ちを感じることが少しずつでもできて行くように思います。
(参考文献 宗像恒次監修『SAT法を学ぶ 』金子書房 2007年)
和田 ミトリ
寝顔、そして、あやすと、にっこりとする笑顔、本当に無垢な天使のようでした。
でも関わっている青年たち、不安や怒りや絶望感を抱いている青年たちを思い浮かべ、「だれでもこういう時があったのだ」と思うと涙がにじんで来ました。親も生まれた子を「可愛い、可愛い」と思ったでしょうし、そう思いながら育てたでしょうが、いつから、子供と親のずれが生じ、「可愛い」だけではなくなったのでしょう。そして、今の、子の苦しみ、親の苦しみになったのでしょう。
それぞれの親子の場合によって違うでしょうが、親の話を聞くと、思い当る所がある、という方もいるし、余り思い当ることがなく、「どうして?」「まさかこうなるとは?」と思ってる方もいます。子供が心のことを話さないため、なぜ、人の中にはいれないのか、なぜ働こうとしないのか、分からなく、どう子供と関わったらいいかどう声をかけていいか、そしてどう手助けしていいか分からない――という親の苦悩がある一方、親に激しい言葉で責める、怒りをぶつける、でも親としても理解し、受けとめるよう努力しても、どうしようもないことをぶつけられることが続く。或いは、親と子の気持ちが殆んど断絶し、お互いに憎しみを感じてしまう、という場合もあります。
子供が親に激しい怒りを感じたり、親に激しく当ったりする――という場合は、親が子供が幼い時(小学生位まで)親が非常に厳しかったり、父親が子供に暴言、暴力を振ったり(母親が助けてくれない)、の上に、学校でのいじめが加わった、ということがあるようです。まわりの大人は自分の苦しみを分かってくれない、誰も助けてくれない、強い人間不信が生じ、そして自分は、そうされるようなダメな人間なのだ、という自己否定感を抱きながら、大人になって行く。そういう強い対人恐怖、傷つき易さを感じながらでは、人との交わりや働く、という場には、出る勇気が持てないのだと思います。
苦しみを抱えながらも、頑張って生きて来た自分を、「もっと認めて上げてもいいのでは?」と言っても、「それはできない」と答えます。
心理学、心理療法では、まず『慈愛願望欲求』が満たされて始めて『自己信頼欲求』が満たされる、その上で『慈愛欲求』が満たされる、と言われます。
子供の頃に「人から認められたい、愛されたい、
大事にされたい」など『慈愛願望欲求』が満たされることが土台になって「自分を認めたい、愛したい、信じたい、好きになりたい、成長させたい」という『自己信頼欲求』が生じる、それが満たされて行く過程が精神的自立だと思います。土台がなければ「自分は自分」「自分が好き」というような精神的自立を形成されにくい。子供の頃、親が「無条件に愛する」ということは、みんながそんなに十分にはできないでしょうが、まわりの人たちが(近所の人、学校の仲間、教師など)補ったと思います。でも、そういう補いもないまま大人になってしまった、人間不信を何年も抱いてきた青年に対し、もう一度『慈愛願望欲求』を満たして上げるのは非常に難しいことだと思います。10代位まででしたら、親が理解し、受けとめて上げ、抱きしめることもできるでしょうが。
では、どうしたらいいのでしょう。一つには、自分にとって『師匠』である人を見つけることかと思います。その人の考え方、生き方に共感できるような人。身近かにはなかなか見つからないでしょうが、昔の人でもいいし、世界の偉人、本などで描かれているような人、或いはフィクション(小説、映画など)の中の人、ユニークな人など一人に「これだ!」というのでもなくても、複数の人でもいいと思います。その人が自分を認めてくれるような感覚、その人の生き方が自分も一部でもできそうだ、その人の考え方が自分を楽にしてくれる。と思えるような人に出会えれば、と思います。そして、価値観の多様性を感じることができれば、と思います。
私も、母が心配性で支配的であったので、親に無条件に受け入れてもらってなかったことから、コンプレックスが思春期から強く、今だに傷つき易く、動揺し易い面がありますが、何とか社会生活を送ることができたのは、社会がゆったりしていて、親しい友だち、信頼できる友だちができたから、そして、本を読むのが好きで、(小説、エッセイ、その他)その中で、共感したり癒されたりすることができたからか、と思います。(若い時は太宰治、中年は宮沢賢治、ここ数年では「老子」がそうでした)、また映画が好きなのも、色々な生き方をしている人に共感する、それは、その人たちから自分を認めてくれているような感じもして、癒されるからかもしれません。
どんな生き方をしてもいい、失敗してもいい、全部の人が自分を認めてくれる筈はないが、でも自分を認めてくれる人がいる(身近かに接する人がそうであれば一番いいですが、そうでない人でも)と思えれば、自分を自分で認められるようになるかもしれません。
もう一つは、好きなこと、楽しいことをできるだけやって行く。楽しいことをしている時は、自分を愛している気持ちと重なります。それをできるだけ多くやっていけば、楽しい時だけでなくても、自分を愛し、認める気持ちを感じることが少しずつでもできて行くように思います。
(参考文献 宗像恒次監修『SAT法を学ぶ 』金子書房 2007年)
和田 ミトリ
2008/02/01
旅、開放感を求めて
一月はとても速く過ぎて、もう4週目、会報を作成する時がもう来てしまった、と驚きの気持ちです。1週目がお正月で活動がなかった、ということがあるからでしょうか。
1月末、寒さが一段と身にしみ、庭や道路沿いの木々も花はなく、葉を落としたままの木が多く、ちょっとさびしく感じます。でもよく見ると、梅が赤い小さな蕾をつけ始めました。また、道草の家に行く途中、葉がすっかりない木にざくろの実がいくつもぶらさがっているのを見て、子供の頃を思い出しました。
どんよりとした曇り空の多い1月、寒さと共に気持ちも沈む時があります。そんな時、ふっと、「自分はどんな時気持ちが開放的になるだろう」と思いました。浮かんだのは、“旅をしたい!”“世界の色んな国を訪ねてみたい”との思いです。時間に追われることなく、世界のあちこち、心ゆくまで、南も北も、西も東も旅ができたら、と思いました。
皆さんはいかがでしょうか。旅をしたい気持ちになるでしょうか。
SAT療法の勉強会で「未来自己イメージ法」をお互いやりましたが、「スポンサーがいて、お金を自由に使え、支援してくれるとしたら、あなたがこれからやってみたいこと、好きなこと楽しいこと幸せなこと、元気が出ることは何ですか」という問いに、私も相手も旅行のイメージを浮かべました。相手の方は、千葉県内、日本中、そして世界へ、と広がって行きました。また昨年、筑波大大学院生のWさんが、お母さんたちにした時も、多くの方が旅のイメージを浮かべました。
私は若い頃から、世界を気ままに旅したい、と夢想していました。その割には今まで、ネパールとフランスしか行ってませんが。
なぜ憧れるのでしょう。日常の生活から離れたい、という気持ちがあるからかと思います。日常は細々としたことが多く、また難しいことも起こったりして、ストレスを多く感じます。青年たちと話をしたり、心理療法などを勉強したり、本を読んだりする時間は充実感を感じるのですが。
私は、様々な国で様々な人が様々な生き方をしているのを見たい、感じたい、という気持ちが強いおうです。色々な生き方、人生がある、楽しく、そして一生懸命生きている姿を見たい気持ち(それは私が外国の映画が好きな理由と共通するのでしょう)。<人生は広い>と感じたい。又、世界の国々の遺跡を見るのも、<遠い昔にここで生きていた人がいた>という思いは、私自身も、遠い昔からのつながりがあるように思えて、その中で生きている自分、日常の細かいこと、わずらわしさから解放された感じにもなると想像します。大自然の中にいれば、人類よりももっともっと遠い昔から、自然の営みが続いている――という思い・・・世界を旅することは、私が多くの人や自然と、横にも縦にもつながってるのを感じ、心が広がり、解放されるのでは、と思います。日常の細々したこと、責任などからも解放されて・・・
「砂漠に行ってみたい」とある人に言ったら、「砂漠って何もないのに、どうして?」と言われました。見渡すかぎり砂、砂、砂――でも太陽の動きによって、風によって、砂も動くでしょうし、色あい、陰も変わるでしょう。じーっと眺めている時、自分を自分の人生をゆっくりと穏やかに考えることができるような気がするのです。
さて、SAT療法では実際に映像を浮かべます。旅している自分やまわりの様子を浮かべ、どんな気持ちになるか、満足するまで浮かべます。1ヶ月、2ヵ月、1年でも何年でも、春、夏、秋、冬、どこに行ってどう過ごすか、心ゆくまでイメージします。私は3回ほどやって貰いましたが、1回目は、行ってみたい国、四季に行ってみたい国を浮かべるだけでしたが、2回目はその国のその村の人と踊る、という場面が浮かびました。(映画で村の人が集まるとすぐ踊り出す場面を見ました)手をとり合って、くるくるまわったり・・・村の人々との交流を楽しむ自分がいました。3回目の時は、道草の家に来ている青年と一緒に世界の国々を旅行しているイメージが浮かびました。青年たちは、笑顔で生き生きしていました。最後に「十分満足した自分、フット浮かぶ自己像はどのようですか」という問いに「生き生きとして、おおらかで、積極的な自分」と答えました。「それが本当の自分ですよ。それを、その感覚を忘れないように、いつも思い浮かべるように」と言われました。日常に戻ると、色々捕われることが多く、十分続けられませんが、時々思い出すことで、気持ちを高めています。(実際はもっと丁寧な過程をたどります)
でも、青年たちに同じように説明しながら「未来にどんなことをしたいか」とたずねても、思い浮かべられない、と答える青年が多いです。「旅行などは?」と聞くと、「旅行してる時、どんなことが起こるか分からない、その時、自分がちゃんと対応できるか不安だ」と“不安”のイメージが浮かんでしまうこともあります。楽しく旅行をした経験がないということもあるのでしょう。未来のイメージが浮かばない人には「宇宙自己イメージ」を先にやるといいそうです。
昨年は、Wさんがお母さんたちや青年に、SAT療法をいくつかやりましたが、今年も希望の方に、ヘルスカウンセリング学会千葉支部、クリオネの家に所属しているカウンセラーが、引き続き、SAT療法を行います。
ご希望の方、もっとくわしく知りたい方は、ご連絡下さい。
和田 ミトリ
1月末、寒さが一段と身にしみ、庭や道路沿いの木々も花はなく、葉を落としたままの木が多く、ちょっとさびしく感じます。でもよく見ると、梅が赤い小さな蕾をつけ始めました。また、道草の家に行く途中、葉がすっかりない木にざくろの実がいくつもぶらさがっているのを見て、子供の頃を思い出しました。
どんよりとした曇り空の多い1月、寒さと共に気持ちも沈む時があります。そんな時、ふっと、「自分はどんな時気持ちが開放的になるだろう」と思いました。浮かんだのは、“旅をしたい!”“世界の色んな国を訪ねてみたい”との思いです。時間に追われることなく、世界のあちこち、心ゆくまで、南も北も、西も東も旅ができたら、と思いました。
皆さんはいかがでしょうか。旅をしたい気持ちになるでしょうか。
SAT療法の勉強会で「未来自己イメージ法」をお互いやりましたが、「スポンサーがいて、お金を自由に使え、支援してくれるとしたら、あなたがこれからやってみたいこと、好きなこと楽しいこと幸せなこと、元気が出ることは何ですか」という問いに、私も相手も旅行のイメージを浮かべました。相手の方は、千葉県内、日本中、そして世界へ、と広がって行きました。また昨年、筑波大大学院生のWさんが、お母さんたちにした時も、多くの方が旅のイメージを浮かべました。
私は若い頃から、世界を気ままに旅したい、と夢想していました。その割には今まで、ネパールとフランスしか行ってませんが。
なぜ憧れるのでしょう。日常の生活から離れたい、という気持ちがあるからかと思います。日常は細々としたことが多く、また難しいことも起こったりして、ストレスを多く感じます。青年たちと話をしたり、心理療法などを勉強したり、本を読んだりする時間は充実感を感じるのですが。
私は、様々な国で様々な人が様々な生き方をしているのを見たい、感じたい、という気持ちが強いおうです。色々な生き方、人生がある、楽しく、そして一生懸命生きている姿を見たい気持ち(それは私が外国の映画が好きな理由と共通するのでしょう)。<人生は広い>と感じたい。又、世界の国々の遺跡を見るのも、<遠い昔にここで生きていた人がいた>という思いは、私自身も、遠い昔からのつながりがあるように思えて、その中で生きている自分、日常の細かいこと、わずらわしさから解放された感じにもなると想像します。大自然の中にいれば、人類よりももっともっと遠い昔から、自然の営みが続いている――という思い・・・世界を旅することは、私が多くの人や自然と、横にも縦にもつながってるのを感じ、心が広がり、解放されるのでは、と思います。日常の細々したこと、責任などからも解放されて・・・
「砂漠に行ってみたい」とある人に言ったら、「砂漠って何もないのに、どうして?」と言われました。見渡すかぎり砂、砂、砂――でも太陽の動きによって、風によって、砂も動くでしょうし、色あい、陰も変わるでしょう。じーっと眺めている時、自分を自分の人生をゆっくりと穏やかに考えることができるような気がするのです。
さて、SAT療法では実際に映像を浮かべます。旅している自分やまわりの様子を浮かべ、どんな気持ちになるか、満足するまで浮かべます。1ヶ月、2ヵ月、1年でも何年でも、春、夏、秋、冬、どこに行ってどう過ごすか、心ゆくまでイメージします。私は3回ほどやって貰いましたが、1回目は、行ってみたい国、四季に行ってみたい国を浮かべるだけでしたが、2回目はその国のその村の人と踊る、という場面が浮かびました。(映画で村の人が集まるとすぐ踊り出す場面を見ました)手をとり合って、くるくるまわったり・・・村の人々との交流を楽しむ自分がいました。3回目の時は、道草の家に来ている青年と一緒に世界の国々を旅行しているイメージが浮かびました。青年たちは、笑顔で生き生きしていました。最後に「十分満足した自分、フット浮かぶ自己像はどのようですか」という問いに「生き生きとして、おおらかで、積極的な自分」と答えました。「それが本当の自分ですよ。それを、その感覚を忘れないように、いつも思い浮かべるように」と言われました。日常に戻ると、色々捕われることが多く、十分続けられませんが、時々思い出すことで、気持ちを高めています。(実際はもっと丁寧な過程をたどります)
でも、青年たちに同じように説明しながら「未来にどんなことをしたいか」とたずねても、思い浮かべられない、と答える青年が多いです。「旅行などは?」と聞くと、「旅行してる時、どんなことが起こるか分からない、その時、自分がちゃんと対応できるか不安だ」と“不安”のイメージが浮かんでしまうこともあります。楽しく旅行をした経験がないということもあるのでしょう。未来のイメージが浮かばない人には「宇宙自己イメージ」を先にやるといいそうです。
昨年は、Wさんがお母さんたちや青年に、SAT療法をいくつかやりましたが、今年も希望の方に、ヘルスカウンセリング学会千葉支部、クリオネの家に所属しているカウンセラーが、引き続き、SAT療法を行います。
ご希望の方、もっとくわしく知りたい方は、ご連絡下さい。
和田 ミトリ
2008/01/01
あけましておめでとうございます
「軽やかに歩いたり、スキップする自分になりたい。今は地べたをはってるような感じなので」とある青年は、私の問い「もし、どんな可能性もあるとしたら、どういう自分になりたいか」に答えました。
今の社会は、実に重いことばかりです。働く環境、生活する環境も閉ざされている感じです。
重い気持ちを持ちながら、必死に仕事をしたり、働くことに向けて頑張って生きようとしている青年たちが、少しでも軽やかな気持ちで過ごせるよう、今年も皆様と一緒に歩んでいきたいと願っています。
苦悩と闘っている青年たち、仕事をしながらも、「みんなと同じように思うように働けない、自分はダメなんだ」と自分を責めたり、「会社では楽な方の仕事をさせてもらってるのに、きつく感じるし、職場の人たちとも殆ど会話ができず、きっと変な人間だと思ってるだろう。でも自分には仕事するしかない。先の見通しがなく不安だ」と言う青年。或いは、うつがひどくてエネルギーがないのに「働かない自分は社会的に認められない」と面接に出かけたり、または親からの送金が後半年位でなくなる。それまでに自活できるようにしないと、でも、空白の期間があって、面接でそれを聞かれるのがこわい」と言い、就労活動に踏み切れない青年・・・。
そんな青年の苦悩を考えると、私の気持ちも地面の方に吸い込まれて行くような感じがします。青年の気持ちに共感するのはいいけど、同じような気持ちになり、それも何人かの気持ちを想像するあまり、自分の気持ちを落ちこませてしまっては何もならない、「私のできることをやるしかない」と頭では分かっているのですが・・・
明るい穏やかな気分であれば、プラスのことが考えられ、積極的な関わりができる、もともと、うつになり易い気質を、明るい気持ちで新しい年を過ごしたい・・・今、そうなれそうな3つのことを思い起こしました。
一つはSAT療法の宇宙自己イメージ法を受けた時の感覚です。ごく簡単に述べると、カウンセラーの言葉に導かれて、自分が原子、分子、素粒子になって宇宙に向かって行くイメージを、そして理想の宇宙のイメージ(宇宙のはじまり)を想い浮かべていく、「無数の星が輝き、粒子のあなたも輝いてますか」などの言葉かけに、だんだんと自分が粒子になって、まわりも同じような粒子がいて、様々な色の光を放ちながら、一緒に揺れているイメージが浮かびました。その時の気持ちは、明るく、開放的なものでした。そしてその時の自己イメージは「大らかで生き生きとした自分」でした。今もそのイメージを浮かべると心、胸の中がほのかに明るくなります。療法を受けた時ほど光いっぱいではありませんが。
二つ目は、「青年の思い」の所にも載せましたが、I君との会話です。「今の職場が短縮されて、収入も少なくなる、でも転職するにも、もうすぐ40才になる年令、なかなか見つからない。働いているのに、生活費に足りない分を借金して、借金が増えていく」と言いながら、自分も、まわりも、社会も責めない――彼と話をしているとほっとします。
辛い、苦しい時期(今もそんなに楽な精神状態ではありませんが)自分との闘いの時期、人と交わるのもしんどいと思いながらも、「交わらなければ何も変わらない」と思い、努力して交わりの場に出た、そうした中で、学ぶものに、自分を変える言葉に出会った――という言葉に感動しました。過酷な生育歴を持ちながらも、ただまわりのせいにするだけでなく、自分なりの努力、考え方を変えて行くことで乗りこえて来たのではないかと思います。
自分の体験、世の中の変化などをプラスに考える――ということができる。そして、自分を認められるようになった――という変化。一時は苦しさのみを訴える時もありましたが、精一杯、自分なりに働いて来た、他の人とくらべれば、働く量や収入は少ないけど、働き続けてきただけでも、自分を認めて上げたい――という気持ちが胸に響きます。
もう一つは、道草の家のクリスマス会に小学5年の女の子3人(不登校と不登校気味の子)が宮本さんに連れられて来た時感じたことです。
パステル画を描きたい、とのことで自由に描いてもらいましたが、色彩豊かな、のびのびとした明るい絵、写生とは違う絵で、内面から出る創造力、想像力の豊かさを感じました。そして楽しそうに話し合っていて、私たちにも話しかけて来ました。明るく元気です。
でも、学校には行ってない、行きにくい子どもたちです。宮本さんから話を聞くと個性や能力が強く、豊かで学校のクラスメートや先生などと合わない、コミュニケケーションがとれない、一斉の授業に合わないなどで学校に行くことが非常に辛いようなのです。学校にいる時とこのように自由に好きなことをしている時とは、全然違うそうです。大人しかったり、のんびりしていて集団行動がうまくできない、仲間にはいれない――などで不登校になる子も多いのですが、それとも違うタイプの場合もあるのだと感じました。
学校に行かなくてもいい、家で自由にしていいとなると、本を読んだり、絵を描いたり、折紙、手芸などをしたり、のびのびと過ごせるそうですが、やはり友だちを求めていて、一緒に過ごすと実に楽しそうで、生きいきとするのを感じて、このままの明るさ、元気さそして生きいきした自分を大人になっても保ち続けてほしいと願わないではいられません。
大人になるにつれ、萎縮してしまう人が殆どですが、自立、責任を伴う大人でも楽しく生きいき過ごせる筈――女の子たちから、明るさ元気さを貰いながら、彼女らしさをつぶさないで、生かして行かれるよう、どんな手助けをしたらよいのか、を探って行きたいと思います。
2008年元旦 和田ミトリ
今の社会は、実に重いことばかりです。働く環境、生活する環境も閉ざされている感じです。
重い気持ちを持ちながら、必死に仕事をしたり、働くことに向けて頑張って生きようとしている青年たちが、少しでも軽やかな気持ちで過ごせるよう、今年も皆様と一緒に歩んでいきたいと願っています。
苦悩と闘っている青年たち、仕事をしながらも、「みんなと同じように思うように働けない、自分はダメなんだ」と自分を責めたり、「会社では楽な方の仕事をさせてもらってるのに、きつく感じるし、職場の人たちとも殆ど会話ができず、きっと変な人間だと思ってるだろう。でも自分には仕事するしかない。先の見通しがなく不安だ」と言う青年。或いは、うつがひどくてエネルギーがないのに「働かない自分は社会的に認められない」と面接に出かけたり、または親からの送金が後半年位でなくなる。それまでに自活できるようにしないと、でも、空白の期間があって、面接でそれを聞かれるのがこわい」と言い、就労活動に踏み切れない青年・・・。
そんな青年の苦悩を考えると、私の気持ちも地面の方に吸い込まれて行くような感じがします。青年の気持ちに共感するのはいいけど、同じような気持ちになり、それも何人かの気持ちを想像するあまり、自分の気持ちを落ちこませてしまっては何もならない、「私のできることをやるしかない」と頭では分かっているのですが・・・
明るい穏やかな気分であれば、プラスのことが考えられ、積極的な関わりができる、もともと、うつになり易い気質を、明るい気持ちで新しい年を過ごしたい・・・今、そうなれそうな3つのことを思い起こしました。
一つはSAT療法の宇宙自己イメージ法を受けた時の感覚です。ごく簡単に述べると、カウンセラーの言葉に導かれて、自分が原子、分子、素粒子になって宇宙に向かって行くイメージを、そして理想の宇宙のイメージ(宇宙のはじまり)を想い浮かべていく、「無数の星が輝き、粒子のあなたも輝いてますか」などの言葉かけに、だんだんと自分が粒子になって、まわりも同じような粒子がいて、様々な色の光を放ちながら、一緒に揺れているイメージが浮かびました。その時の気持ちは、明るく、開放的なものでした。そしてその時の自己イメージは「大らかで生き生きとした自分」でした。今もそのイメージを浮かべると心、胸の中がほのかに明るくなります。療法を受けた時ほど光いっぱいではありませんが。
二つ目は、「青年の思い」の所にも載せましたが、I君との会話です。「今の職場が短縮されて、収入も少なくなる、でも転職するにも、もうすぐ40才になる年令、なかなか見つからない。働いているのに、生活費に足りない分を借金して、借金が増えていく」と言いながら、自分も、まわりも、社会も責めない――彼と話をしているとほっとします。
辛い、苦しい時期(今もそんなに楽な精神状態ではありませんが)自分との闘いの時期、人と交わるのもしんどいと思いながらも、「交わらなければ何も変わらない」と思い、努力して交わりの場に出た、そうした中で、学ぶものに、自分を変える言葉に出会った――という言葉に感動しました。過酷な生育歴を持ちながらも、ただまわりのせいにするだけでなく、自分なりの努力、考え方を変えて行くことで乗りこえて来たのではないかと思います。
自分の体験、世の中の変化などをプラスに考える――ということができる。そして、自分を認められるようになった――という変化。一時は苦しさのみを訴える時もありましたが、精一杯、自分なりに働いて来た、他の人とくらべれば、働く量や収入は少ないけど、働き続けてきただけでも、自分を認めて上げたい――という気持ちが胸に響きます。
もう一つは、道草の家のクリスマス会に小学5年の女の子3人(不登校と不登校気味の子)が宮本さんに連れられて来た時感じたことです。
パステル画を描きたい、とのことで自由に描いてもらいましたが、色彩豊かな、のびのびとした明るい絵、写生とは違う絵で、内面から出る創造力、想像力の豊かさを感じました。そして楽しそうに話し合っていて、私たちにも話しかけて来ました。明るく元気です。
でも、学校には行ってない、行きにくい子どもたちです。宮本さんから話を聞くと個性や能力が強く、豊かで学校のクラスメートや先生などと合わない、コミュニケケーションがとれない、一斉の授業に合わないなどで学校に行くことが非常に辛いようなのです。学校にいる時とこのように自由に好きなことをしている時とは、全然違うそうです。大人しかったり、のんびりしていて集団行動がうまくできない、仲間にはいれない――などで不登校になる子も多いのですが、それとも違うタイプの場合もあるのだと感じました。
学校に行かなくてもいい、家で自由にしていいとなると、本を読んだり、絵を描いたり、折紙、手芸などをしたり、のびのびと過ごせるそうですが、やはり友だちを求めていて、一緒に過ごすと実に楽しそうで、生きいきとするのを感じて、このままの明るさ、元気さそして生きいきした自分を大人になっても保ち続けてほしいと願わないではいられません。
大人になるにつれ、萎縮してしまう人が殆どですが、自立、責任を伴う大人でも楽しく生きいき過ごせる筈――女の子たちから、明るさ元気さを貰いながら、彼女らしさをつぶさないで、生かして行かれるよう、どんな手助けをしたらよいのか、を探って行きたいと思います。
2008年元旦 和田ミトリ
2007/12/01
自己成長を求めて
私たちは(私は)本当は、できればどのように生きたいのでしょう。
私は、もっと自分を認めて、自分を愛して、自分の気持ち(欲求や感情)にそって素直に、そして自由に生きられたら、と思います。
「人はどう思うだろう」ということが気になって自分を抑えてしまったり、自分の言動に対して、相手が否定したり、批判したりした時、動揺して、なかなか自分の思いを伝えられない、引いてしまうこともよくあります。思い切って言ったとしても、また反論されるのではないか、それに答えられないのではないか、と、と思ってしまう自分、諦めてしまう自分、そして後で悶々としてしまう自分がいます。以前に比べればかなり言えるようになったのですが。
先日、SAT療法の勉強会でこうした自分の行動を変えたいと思い、「行動変容支援カウンセリング」を仲間にしてもらいました。
その過程を大まかに書いてみたいと思います。
「思ったことが言いたいのになかなか言えない」――その時の気持ち、(言えなくさせている感情)は――<怒り系>の《相手への不満》であり、その時浮かぶ心の声は「何で分かってくれないの!」というつぶやきです。そして<悲しさ系>の《がっかり、諦め》の気持ちもあり、その時浮かぶ心の声は「しょうがない」でした。
さらに、「このような感情や心の声が時々起こる、それは一般的にどのような状況の時か」という質問に<分かってもらえない中で、我慢しなければならない時>だと思いました。
さらに、「このような状況を思い浮かべた時、ふっと浮かぶ過去の出来事やシーンは何ですか」と質問されて浮かんだのは小学、中学、高校の頃に母から怒られたシーンでした。母が私に対して怒る言葉に反発を感じ、言いたいことがあるのに、言えずに黙っている自分のイメージが浮かびました。一番幼い時のシーンは母に怒られて泣いているのに母は「こんなことで泣くんじゃない」と更に怒り、私は一層泣けて来たシーンでした。
「実際に起きてしまったけど、それが起きないためにまわりが無条件にどうしてくれたらよかったか」という質問に『母が大らかな性格だったら、そのためには母がその母親に大らかに育てられたら』と思いました。そしてそれをイメージしました。また「自分はどうだったら?」という問いには「活発で思ったことをどんどん言える子だったら」と思い、それをイメージしました。
次に「その光景が回避できなかった訳ですが、開き直って、自分の力でその危機を克服するにはどうすればよかったか」に対し、私は「母はそういう性格なのだからと、くよくよしないで、好きなこと楽しいことをする自分」がイメージされました。
そうした過去の問題と今、言いたいことが言えない、という問題を考えた時、私は“不条理なこと”(自分を分かってくれない)ことに我慢し、諦めて来た自分がいたことに改めて気づきました。
そして、「これから具体的にどのような自分になって行きたいかの」の問いに「諦めない自分」という言葉が浮かびました。――「相手が分かってくれるかは分からないけど“もう一言”だけでも言ってみよう」と思いました。実際に、ある話し合いの時に「言わなくても分かってくれてもいいのに」と思って、何も言わなかったことが、後でその話題になった時、相手は私がもっとよく説明してくれたら理解できて、批判的なことを言わなかった――と言ったこともありました。
また、思ったことを率直に言えない、否定、批判に弱い、動揺する――というのは、失敗したりまちがったり、思慮が足りないという、マイナス面を持つ自分を受け入れられない、ということであり、「完全な人間はいない」と思いながらも、ありのままの自分を認められない――それはまた、人に認められない自分は、自分でも認められない――ということであり、いつも人の評価を気にして、自分の思い、欲求を抑えてしまう、欲求を変えてしまう。それは、育つ過程で親から無条件に認められ、愛されなかった、そして親から愛されたいために親の望むものにまわりの期待に合わせて来たからでもあるのでしょう。それは不自由なことです。自分を出せない、自由に行動できない・・・自分の人生を十分に生きているとは言えないかもしれません。
どんな自分でも(完全でない自分でも)価値ある人間だと思えたら、自分を認め愛することができたら、人生は広く、深く、豊かに生きられるように思うのですが。そして、それが人間的成長、自己成長ではないでしょうか。カウンセリングの目ざすものも、そこだと思います。能力を高めること、秀でることが人間の成長ではなく、どんな自分をも認め、愛することができれば、人の評価はどうであれ、人(相手)をも、どんな状態の人をも認め愛することにつながると思います。
和田ミトリ
私は、もっと自分を認めて、自分を愛して、自分の気持ち(欲求や感情)にそって素直に、そして自由に生きられたら、と思います。
「人はどう思うだろう」ということが気になって自分を抑えてしまったり、自分の言動に対して、相手が否定したり、批判したりした時、動揺して、なかなか自分の思いを伝えられない、引いてしまうこともよくあります。思い切って言ったとしても、また反論されるのではないか、それに答えられないのではないか、と、と思ってしまう自分、諦めてしまう自分、そして後で悶々としてしまう自分がいます。以前に比べればかなり言えるようになったのですが。
先日、SAT療法の勉強会でこうした自分の行動を変えたいと思い、「行動変容支援カウンセリング」を仲間にしてもらいました。
その過程を大まかに書いてみたいと思います。
「思ったことが言いたいのになかなか言えない」――その時の気持ち、(言えなくさせている感情)は――<怒り系>の《相手への不満》であり、その時浮かぶ心の声は「何で分かってくれないの!」というつぶやきです。そして<悲しさ系>の《がっかり、諦め》の気持ちもあり、その時浮かぶ心の声は「しょうがない」でした。
さらに、「このような感情や心の声が時々起こる、それは一般的にどのような状況の時か」という質問に<分かってもらえない中で、我慢しなければならない時>だと思いました。
さらに、「このような状況を思い浮かべた時、ふっと浮かぶ過去の出来事やシーンは何ですか」と質問されて浮かんだのは小学、中学、高校の頃に母から怒られたシーンでした。母が私に対して怒る言葉に反発を感じ、言いたいことがあるのに、言えずに黙っている自分のイメージが浮かびました。一番幼い時のシーンは母に怒られて泣いているのに母は「こんなことで泣くんじゃない」と更に怒り、私は一層泣けて来たシーンでした。
「実際に起きてしまったけど、それが起きないためにまわりが無条件にどうしてくれたらよかったか」という質問に『母が大らかな性格だったら、そのためには母がその母親に大らかに育てられたら』と思いました。そしてそれをイメージしました。また「自分はどうだったら?」という問いには「活発で思ったことをどんどん言える子だったら」と思い、それをイメージしました。
次に「その光景が回避できなかった訳ですが、開き直って、自分の力でその危機を克服するにはどうすればよかったか」に対し、私は「母はそういう性格なのだからと、くよくよしないで、好きなこと楽しいことをする自分」がイメージされました。
そうした過去の問題と今、言いたいことが言えない、という問題を考えた時、私は“不条理なこと”(自分を分かってくれない)ことに我慢し、諦めて来た自分がいたことに改めて気づきました。
そして、「これから具体的にどのような自分になって行きたいかの」の問いに「諦めない自分」という言葉が浮かびました。――「相手が分かってくれるかは分からないけど“もう一言”だけでも言ってみよう」と思いました。実際に、ある話し合いの時に「言わなくても分かってくれてもいいのに」と思って、何も言わなかったことが、後でその話題になった時、相手は私がもっとよく説明してくれたら理解できて、批判的なことを言わなかった――と言ったこともありました。
また、思ったことを率直に言えない、否定、批判に弱い、動揺する――というのは、失敗したりまちがったり、思慮が足りないという、マイナス面を持つ自分を受け入れられない、ということであり、「完全な人間はいない」と思いながらも、ありのままの自分を認められない――それはまた、人に認められない自分は、自分でも認められない――ということであり、いつも人の評価を気にして、自分の思い、欲求を抑えてしまう、欲求を変えてしまう。それは、育つ過程で親から無条件に認められ、愛されなかった、そして親から愛されたいために親の望むものにまわりの期待に合わせて来たからでもあるのでしょう。それは不自由なことです。自分を出せない、自由に行動できない・・・自分の人生を十分に生きているとは言えないかもしれません。
どんな自分でも(完全でない自分でも)価値ある人間だと思えたら、自分を認め愛することができたら、人生は広く、深く、豊かに生きられるように思うのですが。そして、それが人間的成長、自己成長ではないでしょうか。カウンセリングの目ざすものも、そこだと思います。能力を高めること、秀でることが人間の成長ではなく、どんな自分をも認め、愛することができれば、人の評価はどうであれ、人(相手)をも、どんな状態の人をも認め愛することにつながると思います。
和田ミトリ
2007/11/06
気質のことなど(2)
暑くもなく、寒くもなく、秋、道草の家に通う道や、歩道橋から空を見上げる余裕がでてきました。雲一つない青空もいいですが、雲が様々な形をして浮かんでいるのを見るのも飽きません。さっき見た雲、昨日見た雲、同じものはありません。
また、青年の集いでパステル画の時がありますが、初めてバステルを持ったという青年、「面白かった」と興味を持ってくれて嬉しく思います。「自由に、好きなように、何かを見て描いても、見ないで手の動くままに描いてもいい」と言いますと、画用紙に曲線で、色々としきりをつけ、色々な色のパステルで塗りつぶしたり、「とにかく、どんな色か沢山の色を塗ってみよう」と言って、画用紙をたて横のますにしきって、一つ一つ違う色で塗った絵、何か明るい空気、光を発しているようで、ほっとした感じになります。それぞれの絵、それぞれの色、どれも美しく感じます。
でも、「青年の思い」の中で、ある青年が、「悩み、苦しみ、悲しみはなくならない」と言っています。それぞれ、違っていて、それぞれの色を放っているのですし、少しでも辛い思いが和らいでほしいと思います。今は「自分の人生を生きている気がしない」と言っている青年もいますが、心から“楽しい!”と感じてほしい。自分の人生を生きてほしいと思います。
先月号で、親と子の気質の違いから、親が子供のことをよく理解できずに、不登校やひきこもりを長びかせてしまうことが多いと述べましたが、もう少しくわしく述べたいと思います。
その人の考え方、感じ方、態度、行動にはそれぞれ、ある程度、一貫した特性(内的枠組)があり、生来の気質の上に、育つ過程で形成されるものを含めて、性格(パーソナリティ)と言います。普段、余り意識はしませんが、生来の気質が、その人の考え方、感じ方、態度、行動を機制している面が大きいと思われます。
気質の違いが、それぞれの考え方、感じ方、態度、行動の違いに影響している訳ですが、それを意識しないまま、親が子供に対し、自分の感じ方、考え方で判断したり、親の思いのままを期待したりして、子供を理解できなくなってしまうことが多いと思われます。親がよかれと思っても、子供にとってはそうではない、しんどい場合もあります。親ができたから、子供もできる筈だと考え、「頑張らないからだ。意志を強く持たなければ」と言ったり、子供が性格的に大人しいとは思っていても、頑張ればできると思ったり……。「学校へ行くのが辛い」とか「仕事が辛い」「人間関係が恐い」なども、親にはなかなか言えない……。
SAT療法で使われる6つの遺伝的気質(宗像恒次2006年)を参考にもう少し考えてみたいと思います。
例えば、親が<しゃべることが好き、社交的、活動的>などの循環気質で、子供が<自分の世界、自分の内面に関心が強い。マイペース、自分の中にズカズカはいってくるような人は苦手>というような自閉気質の場合、学校や職場などでいじ悪されたり、集団にはいれなかったりすることが、親は余り理解できず、子供の気持ちをフォローせずに「いやなことはいやと言ったら?」とか、「自分から積極的にならないと」など言いがちです。「親は分かってくれない」と親に話さなくなったりする場合もあります。
また友達の場合も、親しくなるにつれ、循環気質の人がどんどん解放的に自分のことを話しても、自閉気質の人はそんなに自分のことを気軽に話せない。双方の期待がずれて来て、気まずくなることもあるでしょう。
<心配性、神経症、思いこみ、妄想を持ち易い>などの不安気質を青年たちは皆持っています。そして、自閉気質と重なって、対人恐怖やこれからのことに強い不安を感じています。人に対して解放的になれず、傷つき易い、親に不安気質が余りない場合は、なかなか理解できないかもしれません。
また、<生真面目、責任感、完全主義、義務感が強い>という執着気質も、不安気質と重なると、うつになり易い。執着気質の親が子供に完璧を求めたり、青年自身が完璧を求め、失敗するのを怖れて、足を踏み出せない場合もあります。
家の中で、一見、穏やかに過ごしている青年も、心を閉ざしている青年も、不安感、対人恐怖が強いのだと思います。「何もしていない」と思い、そういう自分を否定ばかりしていると、意欲もエネルギーも出なくなる、引きこもっているのは今までの生育過程で大きな不安を感じたり、傷ついた体験があったり、などがありますが、気質の問題もあるかと思います。
自分と相手の気質の違いを知り、相手に期待できることと、できないことを知り、特に期待できないことを自覚することで、その人との関係が改善されるという気質コーティングも効果があるかと思います。
(ちなみに、もう二つの気質は、粘着気質<義理堅さ、融通が利かない、粘り強いが爆発する時がある、世話好き、など>と、新奇性追及気質<新奇なもの、異質なものに興味を持つ、探究心が強い>です。)
和田ミトリ
また、青年の集いでパステル画の時がありますが、初めてバステルを持ったという青年、「面白かった」と興味を持ってくれて嬉しく思います。「自由に、好きなように、何かを見て描いても、見ないで手の動くままに描いてもいい」と言いますと、画用紙に曲線で、色々としきりをつけ、色々な色のパステルで塗りつぶしたり、「とにかく、どんな色か沢山の色を塗ってみよう」と言って、画用紙をたて横のますにしきって、一つ一つ違う色で塗った絵、何か明るい空気、光を発しているようで、ほっとした感じになります。それぞれの絵、それぞれの色、どれも美しく感じます。
でも、「青年の思い」の中で、ある青年が、「悩み、苦しみ、悲しみはなくならない」と言っています。それぞれ、違っていて、それぞれの色を放っているのですし、少しでも辛い思いが和らいでほしいと思います。今は「自分の人生を生きている気がしない」と言っている青年もいますが、心から“楽しい!”と感じてほしい。自分の人生を生きてほしいと思います。
先月号で、親と子の気質の違いから、親が子供のことをよく理解できずに、不登校やひきこもりを長びかせてしまうことが多いと述べましたが、もう少しくわしく述べたいと思います。
その人の考え方、感じ方、態度、行動にはそれぞれ、ある程度、一貫した特性(内的枠組)があり、生来の気質の上に、育つ過程で形成されるものを含めて、性格(パーソナリティ)と言います。普段、余り意識はしませんが、生来の気質が、その人の考え方、感じ方、態度、行動を機制している面が大きいと思われます。
気質の違いが、それぞれの考え方、感じ方、態度、行動の違いに影響している訳ですが、それを意識しないまま、親が子供に対し、自分の感じ方、考え方で判断したり、親の思いのままを期待したりして、子供を理解できなくなってしまうことが多いと思われます。親がよかれと思っても、子供にとってはそうではない、しんどい場合もあります。親ができたから、子供もできる筈だと考え、「頑張らないからだ。意志を強く持たなければ」と言ったり、子供が性格的に大人しいとは思っていても、頑張ればできると思ったり……。「学校へ行くのが辛い」とか「仕事が辛い」「人間関係が恐い」なども、親にはなかなか言えない……。
SAT療法で使われる6つの遺伝的気質(宗像恒次2006年)を参考にもう少し考えてみたいと思います。
例えば、親が<しゃべることが好き、社交的、活動的>などの循環気質で、子供が<自分の世界、自分の内面に関心が強い。マイペース、自分の中にズカズカはいってくるような人は苦手>というような自閉気質の場合、学校や職場などでいじ悪されたり、集団にはいれなかったりすることが、親は余り理解できず、子供の気持ちをフォローせずに「いやなことはいやと言ったら?」とか、「自分から積極的にならないと」など言いがちです。「親は分かってくれない」と親に話さなくなったりする場合もあります。
また友達の場合も、親しくなるにつれ、循環気質の人がどんどん解放的に自分のことを話しても、自閉気質の人はそんなに自分のことを気軽に話せない。双方の期待がずれて来て、気まずくなることもあるでしょう。
<心配性、神経症、思いこみ、妄想を持ち易い>などの不安気質を青年たちは皆持っています。そして、自閉気質と重なって、対人恐怖やこれからのことに強い不安を感じています。人に対して解放的になれず、傷つき易い、親に不安気質が余りない場合は、なかなか理解できないかもしれません。
また、<生真面目、責任感、完全主義、義務感が強い>という執着気質も、不安気質と重なると、うつになり易い。執着気質の親が子供に完璧を求めたり、青年自身が完璧を求め、失敗するのを怖れて、足を踏み出せない場合もあります。
家の中で、一見、穏やかに過ごしている青年も、心を閉ざしている青年も、不安感、対人恐怖が強いのだと思います。「何もしていない」と思い、そういう自分を否定ばかりしていると、意欲もエネルギーも出なくなる、引きこもっているのは今までの生育過程で大きな不安を感じたり、傷ついた体験があったり、などがありますが、気質の問題もあるかと思います。
自分と相手の気質の違いを知り、相手に期待できることと、できないことを知り、特に期待できないことを自覚することで、その人との関係が改善されるという気質コーティングも効果があるかと思います。
(ちなみに、もう二つの気質は、粘着気質<義理堅さ、融通が利かない、粘り強いが爆発する時がある、世話好き、など>と、新奇性追及気質<新奇なもの、異質なものに興味を持つ、探究心が強い>です。)
和田ミトリ